20 消えたライラ
ライラが、消えた。
指輪を手にした瞬間、ふらりとライラがベッドに向けて倒れていく。慌ててアレクが手を差し伸べた先で――フッと、ライラの姿がかき消える。
そしてベッドの上には、小さな少女が寝転んでいた。
「……ライラ、なのか?」
少女はすやすやと眠っており、返事はない。しかし月の輝きを集めたような銀髪、ふっくらとした薄紅色の頬、恐ろしく整った顔立ちなど、ライラの面影を随所に感じる。
「な、なぜ急に子供に? いい一体、どういうことだ?」
激しく動揺したピスティスが裏返った声で言うので、アレクは少し冷静になる。そして、しばし思案した後……穏やかに眠る少女を抱き上げ、ピスティスに声をかけた。
「ピスさん、馬車を呼んできて」
「は、はい! 馬車、ですか?」
主からの指示に背筋を伸ばしたピスティスに、アレクは力強く頷く。
「そう、馬車。今すぐ帝都へ戻ろう」
この少女がライラであることを証明できそうな人物は、アレクが知る限り一人だけ。その人物に会うためには、帝都のカイロス公爵家の屋敷に戻る必要がある。
「なんて愛らしいんだ……地上に舞い降りた天使のようだね」
目的の人物――ライラの父である公爵は、少女を見ていつもの調子で褒めたたえる。
「うん、間違いなく幼い頃のライラだ」
誉め言葉ですでに察していたアレクは、苦笑しつつ「そうですか」と返す。
「やっぱり、子供になったってことですかね……」
調べてみると、少女の手には皇家の紋が入った指輪が握られていた。状況から見れば「指輪に触れたせいで子供になった」と考えるのが道理だ。しかし公爵は「いや」と首を横に振る。
「私に心当たりがある……恐らく、これは入れ替わりだ」
あまりに唐突な言葉に、アレクは「入れ替わり……ですか?」と繰り返す。つまり、十六歳のライラが幼いライラと入れ替わったとでも言うのか。公爵はアレクの疑問を肯定するように頷き、続ける。
「三歳の頃、ライラは“神隠し”にあったことがある」
「それは……行方不明になった、ってことですか?」
「そういうことだ。見つかったのが皇城近くだったこともあり、これまで皇室による誘拐ではないかと疑ってきたのだが……今回のことで、ようやく原因がはっきりしたよ」
「けど、過去の自分と入れ替わるなんて、そんなこと……」
「そんなこと、あり得ない――そう、思うかい? “時逆の力”を持つ、君が?」
馬車の中で交わした「ライラって俺のいとこだったのか」という言葉を思い出す。そう、ライラは皇族の血を色濃く引いている。“時を操る神秘の力”を持つ、高貴な一族の血を。
公爵は幼いライラの手から取り上げた指輪を、そのままアレクに差し出す。
「この指輪には、力を増幅させるような効果があるのではないかな?」
「それをライラが手にしたことで、入れ替わりが起こった……」
「そう考えるのが、私からしたら一番自然だがね」
指輪を受け取るが、なにも起こらない。アレクには反応しないのか、他に条件があるのか。どうやったらライラを元に戻せるのだろう……唇を噛んだアレクに、公爵は笑う。
「三歳のライラは数日で見つかった。つまり入れ替わりは、数日で解消されるはずだ」
「……けど、確実ではないですよね」
公爵は呑気に構えているが、指輪の効果は確定していない。念のため、この指輪について調べた方がいいのではないか……そう結論づけたアレクは、公爵をまっすぐに見る。
「皇帝陛下にお会いするには、どうすれば?」
アレクの言葉に片眉を上げた公爵は「こちらで手配しておこう」と不敵に笑った。




