19 皇家の紋章
「なあ、ついでに母さんの墓参りに行ってもいいか?」
そんなアレクの一言で、ライラ達は町のはずれにある公共墓地に向かった。
社交シーズン真っ只中ではあるが、急いで戻る用事もない。死人に口なし――話は聞けないが、墓ぐらい参ってやってもいいだろう……そう考えた慈悲深いライラが許可してやったのだった。
「こっちの方なんだけど……」
墓地を進むアレクについていくと、少し先の墓前に一人の男が立っている。その姿を見たアレクが「あっ」と小さく弾んだ声を上げ、駆け出していく。
「おーい、ヒポさん!」
「ん? ……おお! アレクじゃねえか!」
駆けてきたアレクを受け止めて、男はその頭をぐしゃぐしゃと撫でる。自分の髪が乱れるのも構わず、アレクは満面の笑みを返した。
「手紙、ちゃんと届いてた?」
「おうよ! だから、心配はしてなかったけどな……赤ん坊の頃から見てきたやんちゃ坊主が巣立つってのは、随分とさびしいもんだよ」
静かな声でつけ足した男は、今度はアレクの頭を優しく撫でる。アレクはそれに眉尻を下げたようだったが、近づいてくるライラたちに気づいて居住まいを正した。
ライラはふむと顎に手を当てる。
「……この男は?」
「俺と母さんが面倒を見てもらってた人なんだ」
「惚れた女のためにしたことだ。面倒なんてひとつもねえよ」
「また、そんなこと言って……母さんも、早く嫁さん見つけろって言ってただろ。俺だってヒポさんが一人だと心配だよ。ヒポさんには、ちゃんと幸せになって欲しいんだからさ」
諭すアレクを、男は「アレクは母さん似だなあ」と眩しそうに目を細めて見る。そんな男が不意にライラに目を向け……
「……げぇ!」
思いっっっ切り、顔をしかめた。
はじめて会う人間に見惚れられることはあっても、こんな失礼な反応をされたことはない。苛ついたライラが睨み返すと、男は怯えたように震える。そんな男を見て、アレクは首を傾げた。
「どうしたの? ヒポさん」
「いや……アンタ、お姉さんはいるかい?」
無礼な男に答える気にもならず、ライラは首だけ横に振る。すると男は「そうかい……いや、悪かったね」と頭をかいた。結局理由はわからず、アレクも首を傾げたままだった。
「たまに風は通してるけどよ、掃除まではできてないぜ」
そう言って男が鍵を開くと、アレクは「ありがとう」と扉を開けた。
家の中はこじんまりとしていて、ライラの衣装室よりも小さいくらいだ。椅子が二つ並んだ机の上にふうと息をかけると埃が舞い、その先にいたピスティスがゲホゲホと咳をした。
「やっぱ、ウチは落ち着くよなあ」
しみじみと言うアレクに、まったく共感できない。こんなあばら小屋では少しも落ち着かないし、高貴なるライラが滞在するにはまったくもって相応しくない。
早いこと立ち去ろうと室内を見回すが、目ぼしいものは見つからなかった。
「母親の遺品は?」
「ああ……こっちだよ」
アレクが奥の戸を開き、ライラたちを招き入れる。
そこはベッドルームのようで、二つの固そうなベッドが並んでいる。それぞれの脇には小さなチェストがついていて、片方には木版と石筆が無造作に投げ出されていた。
アレクは整頓されている方のチェストに近づき、一番上の引き出しを開ける。
「たしか、ここに色々入ってたと思うんだけど……」
アレクが引き出しの中身を漁って、チェストの上に取り出していく。刺繡のされた手巾、古びた手紙、安っぽいビーズを連ねたブレスレット……それに混じって、一つの指輪が転がり落ちる。
その古びた指輪に刻まれた紋章を見て、ライラだけでなくピスティスも息を飲んだ。
「なぜ最初からそれを持って、公爵家に来なかったの!」
「え、これのこと?」
突然ライラの叱責を受けたアレクは、指輪を摘まみ上げて首を傾げる。その横で指輪をじっと見つめていたピスティスが、ようやく確信を得たのか慎重に話し出した。
「少年……それは、クロノス皇家の紋章だ」
「え!? でも、帝国の紋章と違うけど」
目を見開いたアレクが、慌てて指輪の紋章を確認して言う。
帝国の紋章は、六つの鎌が車輪のように配置されたものだ。この指輪に刻まれているのは、ただ一つの太陽――それこそが、帝国の太陽たるクロノス皇家を表している。
「まったく、無知は罪ね……その二つは別ものよ。もっとも市民が皇家の紋章を目にすることは、滅多にないでしょうけど」
ライラの説明を聞いたアレクは「へえ……」と恐々と指輪を見つめる。
(こんなことなら、過去にでも行ってすべてを確認したいわね)
皇家の紋が刻まれている指輪なんて、滅多につくられるものではない。それを皇室に存在を知られていなかった庶子の母親が持っているなど、どういう経緯なのだろう。
「これ、どうすればいいんだ……あっ」
アレクが動いた拍子に、その手の上に乗っていた指輪が転がり落ちる。一番近くにいたライラは咄嗟に指輪に手を伸ばし、それを掴んだ――瞬間、視界がぐらりと揺れる。
「……ライラ!」
アレクの驚いたような声が、遠くに聞こえる。
指輪の冷たい感触を感じたのを最後に、ライラの意識は途切れた。




