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18  カイロス公爵領へ


「それで、なにしに行くんだ?」


 カイロス公爵領へ向かう馬車に揺られながら、正面にいるアレクが首を傾げた。


 公爵領は王都からほど近いが、すぐに着く距離でもない。多少はくだらない話につき合ってやってもいいだろう。ライラはゆったりと、扇をアレクの目の前に差し向ける。


「おまえの出自を調べにいくのよ」

「へ? 俺の?」


 アレクは自分を指さして間抜けな声を出す。ライラはそれを鼻で笑ってから、頬に手を当ててため息を吐いた。


「帝都へ行けば、なにかわかるだろうと思っていたのだけど……」

「あー……みんなびっくりしてて、なんも知らなそうだったな」

「ええ。まったく、役立たずばかり……頼みの綱のお父様でさえ『昔はアリシア姫しか目に入っていなかった』とおっしゃるものだから」

「その、アリシア姫って誰だ?」

「わたくしのお母様よ。先帝の末妹に当たるわ」

「えっ、じゃあ……ライラって、俺のいとこだったのか!」


 驚くアレクに「なにを今さら」と呆れる。自身の血族でもなければ、あんな小汚い子供を拾おうなんて思わない。父方はライラとも繋がる高貴な血筋だが、問題は母方だ。


「おまえの母親については、なにも情報がないのよ」

「ふーん……俺の母さん、ただの平民だと思うけどな」

「それで、実は敵国の血を引いていた……となれば、足元を掬われかねないわ」


 アレクが母親について話した、あの時――皇帝は「やはりそうか」と小さく呟いていた。恐らく皇帝は、アレクの母親について“なにか”を知っている。しかしあちらの真意がわからない以上は、のこのこ聞きに行くわけにはいかない。


「なんにせよ、手札が少ないのは由々しき事態よ」

「手札って……」

「情報戦は手札が命よ。おまえも命が大切なら覚えておきなさい」


 ライラが扇を突きつけると、アレクは渋々と言った様子で頷く。


「まあ……家を整理したいな、とは思ってたし」

「ちょうどいいじゃない、感謝なさいよ」

「別に、しねえよ」


 プイッと顔をそむける生意気なアレクに肩をすくめて、ライラも窓外へ目を向けた。





 領地に着いたライラたちは、馬車を乗り換えることにした。


 公爵家の紋がついていては、町に行っても目立ってしかたない。無駄なトラブルを引き寄せるだけだ。それに合わせて装いも改めようと、ライラは使用人に用意させた粗末なワンピースに着替えたが……


「いや、こんな庶民いねえよ」


 ライラが姿を見せた瞬間、小汚い服を着たアレクにケチをつけられる。


「なぜ? ちゃんと庶民の服を用意させたわよ」

「新品の服を着てるだけでも珍しいのに、着てる本人がな……」


 アレクは言葉を切って、ライラをしげしげと見つめてくる。絶世の美女であるライラに目を奪われてしまうのは自然なことだ。自身の罪深い美貌に、ライラはふうとため息を吐く。


「わたくしの高貴さは、隠し通せるものではないようね」


 アレクは「ああ、うん……そういうことでいいよ」と遠い目をした。


「アレク様、町についてお聞きしたいことが……」


 言いながら割り込んできた騎士――ピスティスを、ライラは「おまえ!」と指をさす。


「その『アレク様』というのはやめなさい」

「貴殿に呼び方を指図される覚えは……」

「己の主を危険にさらすつもり?」


 顎を上げて言うライラに、ピスティスがピクリと身体を震わせる。


「それは、どういうことだ」

「アレクが皇族に連なる者であることは、まだ公爵領では知られていない。不用意に知られて危険を呼び込まないために、こんなみすぼらしい恰好までしているのよ」


 ライラは悲劇的な顔をしてスカートを摘んだが、アレクが「いや、別にみすぼらしくはないけど」と合いの手を入れてくる。それを綺麗に無視して、ライラは続ける。


「そんなこともわからないなんて、おまえは本当にポンコツね」


 ライラの叱咤を受けたピスティスは、しなびた植物のようにしおしおと縮こまる。三角座りで落ち込むピスティスの肩を、アレクがポンポンと優しく叩いた。


「いいから、前みたいに“少年”って呼んでよ」

「しかし、主に対してそんな……」

「俺がいいって言ってんだから、いいんだよ」


 諭されたピスティスは悩むように顔をしかめ、重たい口調で「ご用命とあらば……そうしよう、少年」と返事をした。


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