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2  皇帝におなりなさい


 それは見すぼらしい生き物だった。


 擦り切れた布切れを纏い、黒い髪はほこりっぽく、肌は日に焼けて、腕と足は擦り傷だらけ。唯一、長い前髪の向こうの赤い目だけが美しく輝いていた。


「おまえ、歳はいくつ?」

「十三だよ」


 生意気な口調だが、市民はこんなものだろう。元より期待していないので、怒る気にもならない。そもそも生家であるカイロス公爵家の領民の浅学は、ライラ自身の責任でもある。


 それよりも重要なのは、子供の年齢だ。


 皇帝陛下は御歳、二十歳。つまり子供は陛下がまだ七歳だった頃に産まれたことになる。ちょうど皇太后である現皇帝の母が亡くなった時期なので、先帝が人肌恋しさに召使いに手を出したのかも知れない。


「母親はどこにいるの?」

「死んだよ、一週間前に」

「あら、事故にでも遭ったのかしら?」

「風邪だよ、ごく普通の。母さんは苦労してたから、身体が弱ってたんだ。王城から追い出されて慣れない仕事して、最期のときまで秘密を守って……」


 少年の声が涙を堪えるように途切れる。見かねた執事がハンカチを差し出したが、少年は首を振ってそれを断った。


(お涙ちょうだいの、陳腐な話だこと)


 使い古された悲劇なんて興味はない、知りたいのは少年の身元の真偽だ。しかし焦って偽物を掴むわけにはいかない。ライラは腕を組み、顎を上げて子供を見下す。


「おまえ、本当に先帝陛下のご落胤なのかしら? なにか身分を証明する物でもあるのなら、見せてみなさいよ」


 挑発してやると、少年はムッとした顔になる。証拠も見せずに信じてもらえると思っていたのだろうか。図々しいにもほどがある。


「分かった、やってやるよ」


 そう言って周囲を見回した少年は、テーブル上にあった手をつけていない紅茶のカップを手に取り、ひっくり返す。

 少年の凶行に周囲の使用人が慌てて駆け寄ったが……絨毯にこぼれるはずの紅茶は、ゆっくりゆっくりと宙を流れていく。まるでそこだけ、時間の流れが遅れているかのように。


「これは……“時逆(ときさか)の力”!」


 ライラの驚きの声に少年はフンッと鼻を鳴らし、宙を漂う紅茶をカップで受ける。チャプンと小さな音をさせて、紅茶がカップに戻った。


「これ、皇家だけに伝わる力なんだろ?」


 その通りだが、勝ち誇ったように顎を上げる少年が憎たらしい。


 帝国を統べるクロノス皇室には、まれに『時を操る力』を持つ者が生まれる。これはライラの生家たるカイロス公爵家と、一部の高位貴族、皇帝の最側近しか知らない秘密だ。恐らく、少年の母が先帝から教えられたのだろう。


「おまえが先帝陛下の子なのは、間違いないようね」


 そう頷きながらも、内心では皇室の愚かさに呆れていた。

 子種の管理もできずに、高貴な血筋を市井に野放しにしているとは。始皇帝にはじまり歴代皇帝には好色な者が多くいるので、そういう血筋と言えばそれまでかも知れないが。


(わたくしに“あんな言葉”をかけたのに、あの女を選んだ陛下も同じようなものね)


 そう気づけば、百年の恋も覚める思いがした。

 ライラを選ばない時点で、皇室に未来などない。身のほど知らずの皇后と子供をつくる前に、皇帝の逸物をスッパリ斬り落としてやるべきだろう。


 なによりライラに砂をかけた二人の子供を皇帝に戴くことになれば、きっと憤死してしまう。そうなる前に、なにか手を打ちたいが……


「……やはり、わたくしは天才ね」

「なんだよ、アンタ。さっきから顔怖えよ」


 先ほど涙を堪えていた、しおらしさはどこへやら。生意気さを取り戻した子供が怪訝な表情をしている。そう、この子供がいるじゃないか!


 ライラは子供の目の前へ、手にした扇をビシッと向けた。


「おまえ、皇帝におなりなさい!」


 一拍を置いた後、目を見開いた子供は「はあぁあああぁ!!!?!!?」と城に響き渡る驚きの声を上げた。


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