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黒い影

「――許せない。ライオネル、あんたはこの場で懲らしめておかないと気が済まない」

 アーシェの瞳は怒りの炎で燃えていた。人間にはありがちな、ちょっと横柄で自分本位の嫌なヤツくらいに考えていたが、ここまで冷酷な者が目の前にいて見逃すわけにはいかない。

「それでどうすってんだ? クソガキが調子に乗ってんじゃねえぞ」

 ライオネルの顔はひどく歪んでいた。もはや人の情など持ち合わせてはいない、戦うためのマシーンにでも変貌したかのようだ。

「私の一撃は痛いわよ。ものすごくね――」

 アーシェは剣を構えた。

「死ねよ! クソガキッ!」

 ライオネルは魔斧インプラカブルを振り上げ、またあの技を使おうとしている。インプラカブルが凄まじい力を溜め始め、その爆発の瞬間を狙っている。

「我が命に応えよ! スパァァクッ!」

 ふたたび凄まじい電撃が放出され、この場にいるすべての生物に死を与える悪魔の閃光で包まれた。

 しかし、その威力は先ほどに比べて小さい。

「な、なんだと?」

 ライオネルは、信じられない、という顔である。

「もうそんな技は通用しない」

 そう言ったのはノエルだ。ノエルは魔法の杖を掲げ、何かの魔法を使っている。その魔法の力によってライオネルの攻撃は抑えられてしまったようだ。あれだけの凄まじさにもかかわらず、簡単に抑えられるというのは、ノエルの力がそれだけ強力だという証拠だった。

「ど、どうしてだ! そんなバカな! あり得ん! 絶対にあり得ん!」

 目を見開いて、驚愕の表情を浮かべるライオネル。

「それだけじゃないわよ。さあ、これで終わりよ! ミーティア――ストライクッ!」

 剣を構えたアーシェは、凄まじき閃光と一体となり、ライオネルに向かって突撃した。

「な、なんだとっ!」

 その凄まじい力に、ライオネルはどうすることもできなかった。アーシェの剣は正確にライオネルの武器を直撃した。強烈な一撃で自身には直撃していないものの、あまりの衝撃に吹き飛ばされる。

 気絶しそうなほどの衝撃だったが、なんとか耐えた。が、体はズタボロで、まともに動きそうにない。まさかあんな強力な技を行使できるとは、奴らは一体何者なんだと思い恐怖を覚えた。

 しかし次の瞬間、もっと恐ろしいことがわかった。

「イ、インプラカブルが……」

 ライオネルの腕に握られていた魔斧インプラカブルは、もうその原型をとどめていなかった。バラバラに砕け散り、その力を完全に失っていた。

「バ、バカな……どうなって……やがる……に、人間じゃ……ねえ……」

 ライオネルには信じられなかった。このインプラカブルは、魔力を持った伝説の武具である。これを破壊できるなど、それは神――もしくはそれを代行できる者――どちらにせよ、彼の言う通り、人間の力でできることではなかった。

 もはやライオネルにも、この二人を打ち倒すことなど不可能だと悟らざるを得なかった。それを思い知らされた途端、彼の頭は思考を停止した。そしてその場に倒れた。もう白目を剥いたまま意識を失っていた。




 ダリルとオーレンは伯爵の元へ急ぐ。ダリルの直感を頼りにどんどん先に進む。

「……伯爵は聞いてくれるだろうか?」

 ふいにオーレンがこぼした。少し弱気が顔を覗かせたようだ。ダリルはそんなオーレンを勇気づけるように言った。

「なに言ってんだ。聞いてくれるさ。だから来たんじゃないか」

「……そうだな。すまん、弱気になった」

「いいから急ごうぜ。……あれを見ろ、あそこが伯爵がいる屋敷じゃないのか?」

「本当だ。……よし、行こう」

「おう!」

 二人は伯爵のいるであろう屋敷に向かって駆け出した。



 ダリルとオーレンは立派な屋敷の前にやってきた。官庁区の一番奥にある、かつての宮殿を改造して作られた建物で、普段はロドネスなど要人が使っている。

 物陰に隠れて様子を伺うが、衛兵の姿は見えない。先ほどのライオネルとの戦いに連れて行かれたのか、どこか別の場所に連れて行かれたのか、それはわからないが、とにかく人気がない。使用人などの姿が見えてもいいはずだが、それもない。

「誰もいないな」

 ダリルは警戒しつつも不思議そうな顔をしている。

「裏へ回ってみようか」

「そうだな。どちらにせよ、正面から入るのは危険だ」

 二人は周囲を警戒しながら、ぐるりと屋敷の裏手に向かう。植木など隠れる場所が豊富で、移動には大して苦労しなかった。

「ここから入れそうだ」

 ダリルは裏手の通用口を見つけて、そこから入ることにした。静かにドアを開けて中を見るが、やはり人気はない。どこかに潜んで待ち構えているという可能性も考えたが、完全に気配がない。

「どうなってやがる。本当に留守なのか?」

「もしかしたら、伯爵もどこか別の場所へ移動したのかもしれない」

 オーレンが言った。

「それもあり得るな。まさかとは思うが……でも一応中を見ておこうぜ」

 ダリルはそう言うと、物音を立てないように注意を払いながら中に入っていく。オーレンもそれに続いた。


 ダリルとオーレンは屋敷内を歩いて、改めて思った。本当に人気がない。これだけ大きな屋敷に使用人がまったくいないというのはあり得ない話だ。

 そして大きなホールにやってくると、その奥に大きな扉がある。おそらくその扉の向こうは応接間で、伯爵がいるのなら、そこにいるはずだ。

「この中だろうが、これだけ人がいないんじゃあ、やっぱり他所に移動した可能性が高いよなあ」

 ダリルが言った。

「とりあえず、中を見てみよう」

 オーレンは扉に手をかけると、そのままゆっくりと開いた。ダリルは身構えて待ち伏せに備えたが、どうもそういう感じがしない。

 ダリルはそっと中を確認するが、やはり人気はない……いや、広大な部屋の奥に、人影が見える。驚いて、慌てて顔を引っ込めるが、入れ替わりにオーレンが中を見た。

 部屋の奥に見える人影――それは伯爵だった。ウィスラー伯爵がただ一人で部屋の中に座っていた。

 オーレンは特に驚きもせずに、ゆっくりと部屋の中に入った。

「……誰かね?」

 重く沈んだ威厳のある声が部屋に響く。

「ウィスラー伯爵殿下ですね? お初にお目に掛かります、私はオーレン・ノリスと申します」

 オーレンはその場に平伏すと、落ち着いた物腰で答えた。

「ほう、オーレン・ノリス……ノリス、君はノリス前市長の息子かね?」

「はい」

「そのオーレン・ノリスがなんの様かね?」

「殿下に聞いていただきたい話があるのです」

 オーレンは怯むことなく、平然と言った。

「よかろう。しかしその前に一つ聞きたいことがある」

「なんでしょうか?」

「この街にはいくつかゴーレムを置いてある場所がある。その一つが破壊されたと報告があった。君たちがあのゴーレムを破壊したものかね?」

 ダリルはそれを聞いて驚いた。これはまずい。ゴーレムを破壊したのは、ダリルが連れてきた二人――アーシェとノエルなのだ。伯爵を怒らせてしまう。まずいことをしてしまった、とダリルは後悔した。



 そんな頃、アーシェとノエルはダリルたちの後を追って走っていた。

「ねえ、ノエル! こっちでいいの?」

「大丈夫だ。僕の魔法でダリルの足跡を追跡している。……あれを見ろ。大きな屋敷がある。魔法もあの屋敷の中を示している。あの中だ」

「さっすが、ノエルの魔法ね。全然迷わずにゴールまで来れたわけね」


 ノエルは屋敷の周辺に人気がないのが気になった。

「どういうことだ? 本当に伯爵はここにいるのか?」

「えぇ、いるんじゃないの? ダリルとオーレンは確かにこの中なんでしょ?」

「ああ、まあそうだが……む、何か嫌な気を感じる」

 ノエルの表情が険しい。何かある、とノエルには感じられた。

「どったの?」

「これは……とんでもなく禍々しいこの妖気は……アーシェ、中に入るぞ!」

 ノエルは慌てて正面扉を開けるとすぐに中に駆け込んで行った。

「ちょっと、どうしたって言うのよ!」

 アーシェも後に続く。

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