2.舞踏会の夜 3.5:スヴェイン
スヴェイン視点です。
フリードリヒの悪ふざけに辟易としていた。
それ以前に、王の悪趣味な遊びにも既にうんざりはしていた。
振り回されて噛み壊される石炭を哀れだとは考えたがそれが己の感情には紐付かない。
自分には関わりのない事だ。
斬りたくもないものを斬らされた不快感に、黙々と愛剣の手入れをしていたときだった。
嵐のような慟哭だった。
甘く、狂おしく、薙ぎ倒す激しさで、その悲鳴がぶつかってきた。
声や音にアールを持つ人外者は少なくはない。
だが、今までに耳にしてきたそのどれとも違う、理不尽なまでの支配。
それが、彼女の慟哭だった。
防壁を展開したにも関わらず胸に手を当てたのは、
自分が確かに今、その音に殺されたと理解したからだ。
けれども血は流れておらず、焦土と化した魂に残されたのは、
視線の先で蹲る少女への、猛烈な庇護欲のようなもの。
思わず駆け寄った先で憎しみの目を向けられも、その熱は欠片も冷めなかった。
“俺に下さい”
追いかけて王にそう言えば、少し意外そうな顔をされた。
お前が何かを欲することがあるなんてね、と、彼を愉快がらせたようだった。
対価として要求されたのは手に馴染んだ愛剣だったが、
謝辞もそこそこにそれを押し付け、彼女の元に戻った。
(あのとき初めて、ラスティアを憎いとさえ思った)
涙を流さずに泣いている彼女の髪を撫でている友人に、その手を振り払いたくなった。
そう言えば、あの慟哭の瞬間、ラスティアもあの場にいたのだ。
彼もまた、少しばかり奪われたのだろう。
成る程、執着というものは厄介なものらしい。
(俺ですらこうなのだから、ロードは大変だろうな)
王に並々ならぬ執着と思慕を向ける同輩を思って、薄く苦笑する。
そっと手を伸ばして寝台の上に広がった髪に触れると、その一筋を掴んで口付ける。
(ようやく、眠ってくれた)
転移の先で意識が戻ると、彼女はもう暴れこそしなかったが、ひとときも気を許そうとはしなかった。
雪に覆われた庭の一角にノアの小さな墓を作ると、
汚れた服を着替えようともせずに雪の上に座り込んでいた。
あれは生き物と呼ぶには曖昧な、草木のアールが形をなしただけのもの。
個体の命と呼ぶには無理のある代物だと言って慰めたかったが、
それを教えることの方が、どうしてか彼女を傷付けるような気がした。
そんなものを慈しむことしか許されなかったからこそ、それを奪われたのだから。
差し出した手を何度も振り払う彼女を抱え上げて、
小さな墓を見下ろせる部屋に入れることが出来たのは、陽が昇ってからだ。
(だが、食事はしていない)
今日はまだいいが、果たして明日は何か食べてくれるだろうか。
この大切な少女が衰弱すると思うと、それだけで吐気がする。
(まずは、昼までにあの墓を覆うようなコテージを造ろう)
城内には意匠に長けたアールを待つ者がいる。
早急に着工させ、その内部の気温も調整し、彼女が身体を壊さないようにしなけれぱ。
今は、眠っている。
(武器来訪者。王から離れると、感情が欠け落ちると聞いていたが)
高価希少と言われる来訪者の亜種は、
強欲な願いで対価を背負い、願いが叶わなければ武具と成り果てる。
そして武器としての本領が秀逸なのに対し、ひどく短命だと伝え聞く。
(本人も、我々ですら、それが“何”との契約であるかさえ知らない。不可解な存在)
涙を零せない彼女が、ひどく不憫に思えた。
ふと長年の癖で手を腰に当てようとして、そこから愛剣の重みが消えたことを思い出す。
(後悔はしていない)
武器でもない彼女は石炭候補だが、今の自分にとってはあの剣以上の価値がある。
片目や片手を差し出せと言われても、大人しく差し出しただろう。
(お願いだ、もう悲しまないで下さい)
鋭い拒絶をこちらに向けはするが、彼女を苦しめているのは憎しみではないような気がした。
憎悪よりも目に映る怯えに、脆弱な体の中に潜む精神の歪さを見て可哀想になる。
(彼女の声で成されたものは、率直な欲求のアールだ)
自分を奪ったのが根源的な欲求そのものの副産物であれば、その時に彼女は何を願ったのだろう?
それを与えてやりたいと切に願った。
ふと、広間に戻る際に聞こえたラスティアとの会話が耳に蘇る。
「…………菫、」
立ち上がろうとして、思い直した。
意識を手放している間はせめて、ここにいても許されるだろう。
花を探しに行くのは、彼女が自分に消えていて欲しいと思う間で充分だ。




