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『ダンジョン原状回復士の事件簿』〜勇者がぶっ壊した迷宮、敷金全額没収の上で元通りに直して帰ります〜  作者: 六井求真


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第093話:ポチの超高圧圧縮とドワーフ水銀ポンプ

地下60階の巨大配管ジャンクション。

 直径20メートルの主配管を塞ぎ止める9万立方メートルもの『1000年ヘドロ』の壁の前に、東西合同原状回復隊が誇る特設の超高圧洗浄プラントが組み上がっていた。


 配管の入口には、エドワード率いる足場鳶部隊が組み上げた、反動衝撃に耐えうる頑丈なチタン単管ブレース足場がガッチリと据え付けられている。

 その中央に鎮座していたのは、ドワーフの重機鍛冶隊が誇る『三連複動式・水銀置換超高圧ポンプ』。

 そして――その吸水シリンダーの頂点に、黄色いミニチュアヘルメットを被ったスライムのポチが、仁王立ちでドカンと接続されていた。


「ピキュウウウッ!」

 ポチが気合を込めて体を巨大化させ、レモンイエローの半透明ボディをプルプルと波打たせた。

 体内に接続された給水ホースから、毎分1万リットルの清浄な水が一気にポチの胃袋へと吸い込まれていく。

 ポチの生体魔導フィールドが、吸い込んだ水分子の格子を極限まで押し縮め、瞬時に超高圧へと圧縮していく。


「ポチの体内一次圧縮圧力、120メガパスカル突破!」

 シエルが圧力計の指針を睨みつけながら叫んだ。

「ドワーフ水銀ポンプ、二次増圧ブースター起動! ピストン往復動サイクル、毎分3000回転!」


 ズドドドドドドドッ!!

 巨大な水銀ピストンが唸りを上げ、ポチが圧縮した水をさらに力づくで押し潰す。

 ギギギ……と耐圧鋼管が悲鳴を上げ、配管の外周に霜が張り付いた。

 圧力計の針が、危険ゾーンのレッドラインの真上――『250メガパスカル』をピタリと指した。


「昇圧完了! 大気圧の2500倍、噴射待機状態です!!」

「よし」

 アレク・ユグレットは防塵バイザーをカチリと下ろし、配管の奥へと伸びる高圧ホースの先端、特注のチタン製多孔旋回自走ノズルを構えた。


「自走式ジェットノズルの構造を説明する」

 アレクはインカムマイクで10万人の作業員たちへ通達した。

「ノズルの先端からは、ヘドロを切り刻む前向き集中カッター水流が3本。そして、後方斜め45度に向けて推進用の逆噴射水流が8本配置されている。後方噴射の反動力により、ノズルは自らの水圧だけでホースを牽引し、ヘドロの奥深くへとドリルマシン以上の推進力で突進していく。――水圧解放!」


 ピィィィィーーーーーッ!!

 アレクのホイッスルの長音が響いた瞬間、メインバルブが一気に叩き開かれた!


 キエエエエエエエエッ!!!

 空気を切り裂く、耳を劈くような超高周波の絶叫がドームを満たした。

 マッハ2――音速の2倍を超える速度で、直径わずか2ミリのダイヤモンドオリフィスから噴射された250メガパスカルの超高圧ウォータージェット!

 それはもはや「水」ではなかった。

 あらゆる物質を分子レベルで断ち割る、不可視の神速の白銀のレーザーメスであった。


 ドッガァァァァン!!

 前方の1000年ヘドロの壁に水流が直撃した瞬間、爆発的な轟音が轟いた。

 1000年の歳月をかけて固着し、岩盤のように硬化していた魔力スラッジが、まるで熟した完熟トマトにチェーンソーを突っ込んだかのように、一瞬で木っ端微塵に粉砕・液状化されて吹き飛んだ!


「す、すげえええええっ!! 水でヘドロが爆発してるぞ!!」

 エドワードが単管足場にしがみつきながら目を見張った。

「ノズルが潜っていく! 泥の壁を食い破りながら、猛スピードで突っ込んでいくぞ!」


 ギュルルルルルッ!

 後方逆噴射の凄まじい推進力を得たチタンノズルが、高速自走しながら配管の奥深くへと潜入していく。

 配管の内壁360度に向けて旋回噴射される水圧の刃が、1000年の間にこびりついていた厚さ50センチの頑固なヘドロのスケール(水垢)を、配管の鋳鉄母材を傷つけることなく、ミリ単位の精度で綺麗サッパリ剥離していく。


 ズザアアアアアッ! ボボボボボッ!

 液状化し、粉々に砕かれた数1000トンの泥水が、配管の開口部へと猛烈な勢いで逆流してきた。

 放置すれば地下60階のドーム全体が汚泥の海に沈む大惨事。

 だが――。


「ルシア、バキュームライン全開だ!」

「はいっ、アレク主任! 魔王軍兵站輜重隊、吸引開始ーっ!」


 桃色の割烹着を着たルシアが、号令のホイッスルを鳴らした。

 配管の排出口にピッタリと噛み合わされた、直径3メートルの超特大吸引フード。

 その後ろに並ぶ10台の大型魔導バキューム車が、毎分2万立方メートルの強力な負圧を発生させていた。


 ズゴゴゴゴゴゴッ!!

 逆流してきた黒い泥水が、周囲に一滴も飛び散ることなく、巨大な吸引ホースの中へと掃除機のように残らず吸い込まれていく。

 吸い上げられた汚泥は、ルシアが手配した中和沈殿タンクへと送り込まれ、魔界特産の凝集剤によって瞬時に「澄んだ水」と「無害な固形肥料」へと高速分離されていった。


「泥水の漏洩ゼロ! 吸引効率100パーセントです!」

 ルシアが汗を拭いながら満面の笑みでサムズアップした。

「分離された固形物は、魔界の畑の最高級栄養肥料として再利用します! 廃棄物ゼロのエコ施工です!」


「素晴らしい工程管理だ」

 アレクは頷きながら、手元の深度メーターを監視した。

「ノズル貫通深度――100メートル……200メートル……280メートル……!」


 そして――噴射開始からわずか40分後。


 ズッポォォォォン!!

 詰まり切ったワインのコルクが抜けたような、途方もなく巨大な空気の破裂音が配管の奥底から響き渡った。


「貫通! 深度300メートル、地下70階側の出口へノズルが完全貫通しました!!」

 シエルの歓喜の絶叫が響いた。


 ゴオオオオオオオオッ……!!

 1000年、ヘドロに塞がれて完全に止まっていた配管の奥から、冷涼で清らかな大気の奔流が、換気ダクトのように勢いよく吹き抜けてきた。

 悪臭は一瞬にして消え去った。

 直径20メートル、長さ300メートルの超巨大配管の内部は、まるで今朝鋳造された新品のように、汚れ一つなく、滑らかな鋳鉄の地肌を露出させて銀色に輝いていた。


「「「うおおおおおおおおおおっ!!!!」」」

 10万人の作業員たちから、地鳴りのような大歓声が沸き起こった。

 9万立方メートルの絶望的なヘドロの山が、手作業なら数年かかるはずだった大障害が、わずか1時間足らずの超高圧ジェット洗浄によって、跡形もなく消滅したのだ!


「ピキュッ!」

 仕事をやり遂げたポチが、通常のレモンイエローのサイズに戻り、アレクの肩の上で誇らしげにヘルメットをキュッと直した。

「よくやった、ポチ。完璧な加圧制御だった」

 アレクがポチの頭を優しく撫でると、ポチは蕩けるようなハート型になってプルプルと甘えた。


「がっはっは! すげえ威力だ! 大気圧の2500倍、恐れ入ったぜ!」

 バルガン親方が豪快に笑い、エドワードも「これで地下70階への大動脈が開通したぞ!」と拳を突き上げた。


 だが――。

 懐中電灯を手に、ピカピカに洗い清められた配管の内壁を検分していたアレク・ユグレットの足が、ふと止まった。

「……ん?」


 その視線の先。

 1000年のヘドロが剥ぎ取られた配管の内壁の鋼板に、何かの『文字』が刻まれていた。

 アレクの瞳が、微かに見開かれた。


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