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『ダンジョン原状回復士の事件簿』〜勇者がぶっ壊した迷宮、敷金全額没収の上で元通りに直して帰ります〜  作者: 六井求真


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第092話:地下60階:1000年ヘドロの完全閉塞

インクライン鉄道による50トン台車の安全降下を確立した東西合同原状回復隊は、数1000トンの重機資材とともに、地下60階『大断層配管ジャンクション』へと一挙になだれ込んでいた。


 そこは、古代文明が築いたインフラの壮大さを物語る超巨大空間であった。

 天井高はおよそ50メートル。ドーム状の石造回廊の四方から、大樹の幹のような極太の古代鋳鉄配管が何100本と合流し、床下へと束ねられていた。

 かつては世界の全土へ澄んだ高密度魔力を送り届けていた大動脈。

 だが、その威容を前にした作業員たちが突如として足を止め、一斉に手袋で鼻口を押さえて顔を歪めた。


「ウッ……! な、なんだこの強烈なドブ川の腐乱臭は!?」

「硫黄とカビと腐った魚の内臓を一緒に煮詰めたような匂いだ……! 目がチカチカして涙が止まらねえ!」

 二本線ヘルメットのエドワードが、防塵マスクの上から手で鼻を覆い、思わず胃液を吐き出しそうになりながら後ずさりした。

 王国の屈強な聖堂騎士も、魔王軍の筋骨隆々なオークたちも、等しく膝をついて激しく咳き込んでいる。


 悪臭の発信源は、回廊の中央に口を開けた、直径20メートルに達する主送泥管(メイン幹線バイパス配管)であった。

 配管の内部を覗き込んだ瞬間、照明の白熱光を浴びて現れたのは――黒く濁り、ブクブクと不気味な泡を噴き上げる、粘土状の超巨大なヘドロの壁であった。

 管口からわずか数メートルの位置で、配管の全断面が隙間なく、コンクリートのようにびっしりと目詰まりを起こしていた。


「現場の流体解析結果を報告します!」

 シエルが手帳を構え、防毒マスク越しに緊迫した声を張り上げた。

「配管内堆積物名――『高密度魔力老廃物スラッジ(通称・1000年ヘドロ)』! 1000年にわたり全大陸の迷宮から排出された魔力残渣、腐葉土、重金属粒子、そしてモンスターの死骸が堆積・凝縮した超高粘度スラリーです! 閉塞区間の長さは推計300メートル! 総堆積量は約9万立方メートルに達します!」


「9万立方メートルだと……!?」

 エドワードが目を丸くして叫んだ。

「王都の公衆浴場が数百個丸ごと埋まる量じゃねえか! ここを通らなきゃ、地下70階への資材搬入ルートが開通しねえんだろ!? どうすんだよ!」


「燃やすしかねえな!」

 前列にいた王国の火炎魔導士部隊が、手柄を焦って威勢よく杖を構えた。

「これだけのヘドロ、俺たちの極大爆炎魔法で一気に蒸発・炭化させて吹き飛ばしてやるぜ! 灰にしてしまえば掃除も楽だ!」

「やめろ、大馬鹿者がッ!!」


 魔導士たちが呪文の詠唱に入ろうとしたその刹那、平手打ちのような鋭い怒号がドームに木霊した。

 作業着に黄色いヘルメットのアレク・ユグレットである。

 アレクはノギスをポケットにしまい、凍りつくような眼光で魔導士たちを一刀両断にした。


「魔力スラッジに火炎魔法を浴びせればどうなるか、材料工学の基礎すら知らんのか」

「な、何だと……? 燃やして何が悪い!」

「この1000年ヘドロは、珪酸塩鉱物と高純度魔力ガラス微粒子を50パーセント以上含有している。摂氏800度以上の高熱を加えれば、溶融したシリカ成分が一瞬でガラス化・セラミック硬化を起こす。ただの泥が『モース硬度9の超硬質耐火レンガ』へと変質し、配管の内壁と分子レベルで焼き付いて一体化するぞ」


「ひっ……! ガラス化……!?」

「そうなれば、ドワーフのダイヤモンド削岩機ですら1日に1ミリも掘れなくなる。お前たちの無知な一撃で、全大陸の資材輸送が永久にストップし、世界が滅亡するところだった。過失責任比率10対0だ」


 魔導士たちが真っ青になって杖を取り落とし、震え上がった。

 背後で煙管を燻らせていた師匠ガントが、ニヤリと笑って紫煙を吐き出した。

「がっはっは! アレクの言う通りだぜ。俺が10年前にここを一人で突破しようとした時も、どこぞの脳筋勇者が火炎魔法で焼き固めやがったおかげで、タガネとハンマーで手作業で削る羽目になって死ぬかと思ったからな」


「じゃ、じゃあどうすりゃいいんだよ! スコップで掻き出すのか!? 9万立方メートルを手作業で掘ってたら、世界の寿命の30日なんか一瞬で過ぎちまうぞ!」

 エドワードが頭を抱えて悲鳴を上げた。

 10万人の作業員たちが、絶望的なヘドロの壁を見上げて息を呑む。

 手作業なら数年かかる。魔法で燃やせば石になる。

 まさに進退窮まった袋小路。


 だが――現場総監督アレク・ユグレットの辞書に、解決できない詰まりなど存在しなかった。

「スコップなど使わん。流体には流体で対抗する」

 アレクは白手袋で巨大配管のフランジボルトをコンと叩いた。

「工法名は――『超高圧魔導ジェット洗浄ノズル工法』だ」


「高圧ジェット洗浄……!?」

 シエルが手帳を構え、目を輝かせた。


「そうだ。下水道の詰まりやビルの巨大排水管洗浄と同じ原理だ。超高圧の水流を旋回ノズルから噴射し、水圧の刃で付着物を粉砕・剥離しながら自走させる。ただし、相手は1000年のヘドロ。家庭用の高圧洗浄機のような生ぬるい圧力では弾き返される。必要な噴射圧力は最低でも――250メガパスカル」


「に、250メガパスカル!?」

 ドワーフのバルガン親方が目を剥いて叫んだ。

「おいおいアレク、250メガパスカルって言ったら、大気圧の2500倍だぞ! 分厚い装甲板どころか、硬質コンクリートの橋脚だって豆腐みたいに真っ二つに切断する『超高圧ウォーターカッター』の領域だ! そんな水圧を出せるポンプがどこにあるってんだ!?」


「ポンプなら、ここにある」

 アレクが静かに視線を落とした先。

 そこには、アレクの足元で、黄色い安全ヘルメットを被ったまま「ピキュッ!」と誇らしげに胸を張る、レモンイエローのスライム――ポチがいた。


「ポチの体内魔導圧縮キャビティは、最大300メガパスカルまでの無反動圧縮に耐えうる生体シリンダー構造を持っている。バルガン親方、ドワーフの削岩用水銀ポンプと直結し、超高圧ウォータージェット・ブースターラインを組め」


「ピキュウウウッ!」

 ポチが気合10分で体をブルンと膨らませ、触手を器用に伸ばしてドワーフの鋼鉄配管とコネクトした。


「よし、配管洗浄段取り開始だ!」

 アレクのホイッスルが鳴り響いた。

「エドワード、配管口に高圧ホースの反動を抑える仮設支持足場を組め! ノズルが暴れて作業員に直撃すれば胴体が真っ二つになるぞ!」

「へっ! お任せだ! 水圧で吹き飛ばねえように、単管パイプで配管の口をガチガチに格子状に固めてやるぜ!」

 エドワードのチタンラチェットが唸りを上げ、配管の開口部に頑丈な受け台足場が瞬く間に組み上がっていく。


「ルシア、排出された汚泥のバキューム吸引プラントの準備はいいか!」

「はい、アレク主任!」

 桃色の割烹着を着たルシアが、泥水処理用の巨大魔導バキューム車の群れを率いて駆け寄ってきた。

「魔王軍兵站輜重隊、超大型汚泥吸引車10台および中和沈殿タンク、スタンバイ完了です! 剥離したヘドロは一滴も周囲に溢れさせず、全量吸引して無害化肥料にリサイクルします!」


「完璧な段取りだ」

 アレクはチタン製の特注多孔旋回ノズルを手に取り、暗黒のヘドロの隙間へとセットした。

「全工区に通達。高圧噴射開始時は跳ね返りの汚泥と水圧衝撃波が発生する。防塵シールドを下げ、後方退避線まで下がれ!」


 10万人の巨大現場が、再び一糸乱れぬ規律で息を呑んで見守る中――。

 1000年、誰も突破できなかったヘドロの閉塞要塞。

 水と物理の神速の破壊力が、今まさに解き放たれようとしていた。


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