第091話:地下55階:魔力レール敷設と重量物トロッコ輸送
先行照明と換気ダクト、そして平滑な歩行帯の整備によって、10万人の東西合同原状回復隊は驚異的なハイペースで地下深部を疾走していた。
だが、地下55階に到達した瞬間、部隊の進軍は再び物理的な限界によって急停止を余儀なくされた。
「……うへえ! なんだこの断崖絶壁は!? 巨大な蟻地獄か、ジェットコースターの滑り台じゃねえか!」
二本線ヘルメットのエドワードが、黄色いヘッドライトで足元を照らしながら叫んだ。
そこに横たわっていたのは、地下55階から地下60階へと続く、高低差300メートル、平均斜度35度の超急勾配螺旋回廊であった。
道幅はわずか6メートル。片側は切り立った玄武岩の側壁、もう片側は底も見えない漆黒の谷底である。
人間が手ぶらで歩いて降りるだけでも膝がガクガクと笑い、足を踏み外せば一気に底まで転落死するような危険極まりない急坂だ。
しかも、部隊が運ばなければならない資材は、歩兵の軽装備などではない。
始祖コアの修繕に不可欠な単体重量50トンの大型ミスリルトラス材、10000万トン級油圧ジャッキ、高圧洗浄ポンプユニット、そして膨大な配管資材――総重量数0万トンに及ぶ超重量物の山であった。
「現場の力学的負荷を報告します!」
シエルが手帳を開き、数式を指差しながら叫んだ。
「斜度35度の坂道において、50トンの重量物を人力のコロや台車で降ろそうとした場合、重力加速度による滑り出し力(斜面平行分力)は約28トンに達します! 人間の筋力でブレーキをかけることは物理的に不可能です! 万が一、一台でも暴走(逸走)すれば、時速80キロで下層の作業員をボーリングのピンのように薙ぎ倒し、全滅させる大惨事になります!」
「その通りだ。重量物の運搬において、坂道を人力の根性論に頼るなど自殺行為に等しい」
現場総監督アレク・ユグレットは、坂の傾斜をスラント測定器で測りながら、冷静に言い放った。
「工法を変更する。資材の手押し運搬を全面禁止とし、直ちに『重軌条ダブルレール敷設およびインクライン(ケーブル巻き上げ式斜道)輸送システム』を構築する」
「インクライン……! 炭鉱やダム工事で使う、ケーブル巻き上げ式の急斜面鉄道だな!」
バルガン親方がもじゃもじゃの白髭を揺らし、巨大なスパナをガチリと鳴らした。
「俺たちドワーフの十八番だぜ! だがアレク、問題はウインチの動力だ! 50トンの重量物を何十台も連続で安全に巻き降ろすには、並の魔導モーターじゃトルクが足りねえか、一瞬で焼き切れちまうぞ!」
「動力なら、すでに手配してある」
アレクが背後を振り返り、右手を軽く挙げた。
ズゥゥゥン……! ズゥゥゥン……!
地響きとともに、後方から巨大な赤黒い影が姿を現した。
頭部に巨大な黒焦げアフロヘアーを乗っけた、全高15メートルの古代火炎竜――『クリムゾン・ドレイク』である。
かつて第1シーズンで迷宮の換気不良によりバックドラフト自爆を起こし、アレクに命を救われて以来、冒険者ギルドの『非常用ボイラー室長』として真面目に労働に従事している伝説の竜であった。
ドレイクの背中には、特製の黄色いメガサイズ・ヘルメット(「安全第一」と手書き)が誇らしげに乗っていた。
「グルルゥ……(ボイラー室長、ただいま現場に到着したぞ)!」
「ドレイク室長、ご苦労様だ」
アレクはドレイクの頑丈な顎をポンと叩いた。
「お前の安定した超高熱火炎ブレスを、ドワーフの密閉蒸気ボイラーへ注ぎ込め。過熱蒸気圧力15メガパスカルを常時維持し、大型ウインチの連続駆動力を供給してもらう」
「グルオオオオッ(任せておけ、定時まで完璧に蒸気を焚いてやる)!」
ドレイクが鼻息とともに炎をポッと吹き、やる気満々で巨大ボイラーの燃焼口に口元をセットした。
「よし、動輪動力は確保された! ドワーフ軌道敷設大隊、突撃だ!」
バルガン親方の怒号とともに、数100名のドワーフ職人たちがレールを担いで坂道へ飛び出した。
ガガガガッ! ガキィィン!
岩盤にケミカルアンカーが打ち込まれ、鋼鉄の枕木が均等ピッチで固定されていく。
その上に、1メートルあたり60キログラムの頑丈な『超重軌条ミスリルレール』が二条、並行に敷設されていく。
レール同士の継ぎ手は、ドワーフのテルミット溶接によって隙間なく一体化され、列車がガタつかない滑らかなロングレールへと仕上げられていく。
一方、斜面の頂上では、エドワード率いる足場鳶部隊が、ウインチ台座の架設を電光石火の早業で進めていた。
「おい、アンカーの引き抜き耐力を確認しろ! ウインチドラムがすっぽ抜けたら大惨事だぞ! 直径50ミリのミスリル鋼撚りワイヤーロープを通せ!」
エドワードのチタンラチェットが唸り、巨大なドラムブレーキと減速ギアが岩盤にガッチリと固定された。
「レール敷設完了! インクライン用ヘビーデューティ台車、軌道イン!」
「ワイヤー締結、クレビスピン挿入、二重割りピンロック――ヨシ!」
シエルが指さし確認の声を張り上げる。
だが、慎重なアレクはさらに安全策を重ねた。
「エドワード、万が一のワイヤー破断に備え、台車に『自動非常調速式レールクランプブレーキ』を取り付けろ」
「へっ! お見通しだな、アレク! 時速20キロを超えた瞬間に、レールの頭を油圧爪でガッチリ噛んで緊急停止するフェイルセーフ装置、取り付け完了だ!」
「ピキュッ!」
ポチが車輪の軸受けへ飛び込み、摩擦熱を吸収する高粘度潤滑ジェルをブシュッと吹き付けて慣らし運転を万全にした。
準備は整った。
台車の上に、単体重量50トンの巨大な高圧洗浄ポンプユニットがクレーンで積載された。
「ドレイク室長、蒸気バルブ開放! インクライン降下シーケンス――開始!」
アレクのホイッスルが響いた。
シュウウウウゥゥッ!!
ドレイクが吐き出す極上の一巡火炎によって過熱蒸気が唸りを上げ、巨大ウインチが重厚に回転を始めた。
ゴトゴトゴト……キリキリキリッ……!
太いミスリルワイヤーがテンションを張り詰め、50トンの台車が斜度35度の急坂を、まるで平地を滑るかのように寸分の狂いもなく、ゆっくりと滑らかに降りていく。
人力が一切介在しない、完璧な機械力学制御。
「スピード、毎分15メートルを一定維持! ブレーキ温度、摂氏65度で安定!」
「台車、最下層の地下60階プラットホームへ到着! 荷下ろし完了しました!」
無線から歓喜の報告が飛び込んできた。
「「「うおおおおおおおおっ!!!!」」」
10万人の作業員たちから、割れんばかりの歓声が上がった。
かつてなら何100人もの命を危険に晒し、何日もかけて引きずり降ろさなければならなかった超重量物が、わずか数分で、安全かつ無傷で地下深部へとピストン輸送されていく。
「がっはっは! 見たかよ、これがドワーフのインクライン鉄道だ!」
バルガン親方がエール樽を叩いて笑い、エドワードも「オレたちの組んだウインチ台座は1ミリも軋まねえぜ!」と胸を張った。
「グルルゥ(ふん、私の火加減が完璧だったからな)」
ドレイクもアフロヘアーを揺らし、誇らしげに鼻を鳴らした。
「全工区に通達」
アレクが懐中時計を確認しながら、メガホンを取った。
「重量物輸送インクラインの開通により、資材搬入速度は計画比の四倍に向上した。これより全部隊、地下60階の巨大配管合流地点へ集結せよ」
10万人の黄色いヘルメット部隊が、整備されたインクラインの脇を整然と駆け下りていく。
だが――地下60階の巨大配管の奥底には、1000年堆積し、世界への魔力供給を完全に遮断していた最大の障害物――『1000年ヘドロの完全閉塞』が、ドロドロとした悪臭を放ちながら待ち構えていた。
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