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『ダンジョン原状回復士の事件簿』〜勇者がぶっ壊した迷宮、敷金全額没収の上で元通りに直して帰ります〜  作者: 六井求真


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第088話:東西連合・現場出陣式

全大陸合同・始祖ダンジョン突貫大改修計画の発令から、わずか2日後。

 バベルの断層迷宮の地上巨大入口前に広がる広大な大平原は、かつて人類と魔族の歴史上、一度も見たことのない奇跡の光景で埋め尽くされていた。


 集結したのは、人間、エルフ、ドワーフ、獣人、そして魔王軍のオーク、ゴブリン、サキュバス、竜人族――総勢10万人。

 かつてなら国境を挟んで互いに血で血を洗う殺し合いを演じていたはずの者たちが、今は全員、寸分の狂いもなく同じ『黄色い安全ヘルメット』を頭に被り、腰には作業工具袋と二丁掛け安全帯を巻き、整然と四つの工区ごとに隊列を組んでいた。

 見渡す限りの黄色いヘルメットの海。

 この日のために、ドワーフ諸公国の全鋳造工場と王都の鉄工所が24時間フル稼働で十万個の規格ヘルメットを打ち出し、魔王軍の補給部隊が徹夜で全前線へと配備したのだ。

 10万人の男と女、戦士と職人たちが、憎しみではなく、ただ一つの共通の目的――『世界の心臓の大規模修繕』のために集ったのだ。


 平原の中央にそびえ立つのは、エドワード率いる足場鳶部隊が一晩で組み上げた、高さ15メートルの巨大な仮設指揮ステージ。

 単管パイプと足場板が狂いなく噛み合い、四方には揺れ止めのターンバックル筋交いが完璧な剛性で張られている。

 その最上段に、作業着に黄色いヘルメット姿のアレクが立ち、手には拡声メガホンを握っていた。

 隣には、足場架設主任技術者としてチタンレンチを腰に差したエドワード、特命専任駐在官のルシア、専属補佐官のシエル、聖女リリアナ、ドワーフのバルガン親方が並び立っている。

 足元ではスライムのポチが、全身を黄金色に輝かせて仁王立ちしていた。


「……すげえな、おい」

 エドワードが広大な平原を見下ろし、息を呑んで呟いた。

「10万人の作業員……。昨日までオレに殺気配管で斬りかかってきた魔王軍の親衛隊も、オレを馬鹿にしてた王都の貴族兵も、全員ヘルメット被ってラチェットレンチと水平器握ってやがる……。こんな光景、聖剣を振り回してた頃のオレには夢にも想像できなかったぜ」


「これが現場の持つ力だ、エドワード」

 バルガン親方が豪快に笑い、エドワードの肩を叩いた。

「言葉や条約じゃ分かり合えねえ奴らでも、同じヘルメット被って同じボルトを締めた瞬間、理屈抜きで現場の仲間になる。今頃、地下100階で一人レンチを握りしめてるガントの爺さんにも、見せてやりてえ絶景だな!」


「ああ」と、アレクが静かに頷いた。

「師匠が一人で世界の心臓を抑えている間に、我々が完璧な道を通し、10万人で駆けつける。手戻りも遅延も一切許されないぞ」


 アレクが一歩前へ進み出た。

 ざわめいていた10万人の大平原が、水を打ったように一瞬で静まり返る。

 アレクは拡声メガホンを口元に当てると、澄み渡る声で、10万人の心と魂に直接届く号令を響かせた。


「これより、全大陸合同・始祖ダンジョン突貫大改修工事の現場出陣式を執り行う」


 10万人全員が、背筋をピンと直立させた。


「工期は30日。目標は地下100階、全高500メートルの始祖コアの完全オーバーホールだ。我々の敵は、魔物でもなければ異種族でもない。――1000年間にわたって放置されてきた経年劣化、そして30日のタイムリミットだ」


 アレクの凛とした言葉が、風に乗って大平原の隅々まで駆け巡る。


「我々が施工を完遂しなければ、世界中の魔力が枯渇し、この大地は死に絶える。だが、我々が図面通りにボルトを締め、パッキンを交換し、足場を組み上げれば――この世界はさらに1000年、すべての命が平和に笑って生き続けることができる。……これまでの1000年、上の連中は戦争という名の談合で迷宮を壊し、民を泣かせてきた。だが、これからの1000年は違う! 壊されたものを直し、守り継ぐ我々現場の職人こそが、未来を創るのだ! 直すことは、生きることだ。原状回復は、人間の、魔族の、そして生きとし生けるすべての命の尊厳そのものだ!」


「うおおおおおおおおっ!!」

 人間からも、魔族からも、大地を根底から揺るがすような地鳴りの大歓声が沸き起こった。

 かつて勇者として戦っていた騎士たちも、魔王の親衛隊だったオークたちも、目頭を熱くして隣の異種族と固く拳を突き合わせている。

 武器を掲げる者は誰一人としていない。

 全員が、手にしたラチェットレンチ、モンキーレンチ、スパナ、水平器、スコップ、そして左官ゴテを頭上高く突き上げている。

 大地を覆い尽くす10万本の工具の刃先が、朝日の光を浴びて白銀と黄金の輝きを放っていた。


「出陣にあたり、現場安全の基本――指さし呼称を実施する!」

 アレクが右手を高く掲げ、人差し指をピシッと伸ばした。

 10万人の作業員が一斉に同じように右腕を掲げる。

 平原を覆い尽くす10万本の人差し指。その先には、誰一人として迷いのない強い光が宿っていた。


「服装・保護具着用――ヨシ!」

「「「「「ヨシ!!!!!」」」」」

 10万人の怒号が天を衝いた。大地がビリビリと共鳴して揺れる。


「二丁掛け安全帯――ヨシ!」

「「「「「ヨシ!!!!!」」」」」

 十万個の鋼鉄フックが、ジャラリと一斉に腰骨で鳴り響いた。


「資材搬入動線――ヨシ!」

「「「「「ヨシ!!!!!」」」」」


「世界原状回復突貫工事――ヨシ!!」

「「「「「ヨシ!!!!!!!!!!」」」」」


 ドォォォォォォンッ!!

 10万人の魂の唱和が、青空の雲を丸ごと吹き飛ばした。

 誰もが隣の戦友――かつての敵の肩を叩き、白い歯を剥き出して笑い合っている。

 かつて1000年にわたって分断され、憎しみ合っていた世界が、今、完全に一つになった奇跡の瞬間だった。


「――全工区、突入開始! 世界の心臓を、元通りに直して帰るぞ!!」


 アレクの力強い合図とともに、10万人の黄色いヘルメットの大津波が、バベルの断層迷宮の巨大な大坑口へと一斉に雪崩れ込んでいった。

 先頭を駆けるのは、ポチを肩に乗せた現場監督アレク、チタンレンチを高く掲げた棟梁エドワード、笑顔のシエルとルシア、リリアナ、そしてバルガン親方。


「シエル、ルシア! 地下100階までの通信ラインと資材フロー、1秒の滞りも許さんぞ!」

「はい、アレク先輩! 全工区の通信中継機、すでに接続完了しています!」

「資材搬送トロッコ部隊、第一陣がすでに地下50階へ向けて発進しました!」

 二人の美少女が背中を預け合い、誇らしげに微笑む。


「エドワード、500メートルの足場組み、初日の目標工区はどこまでだ」

「地下100階の外周第一環状線、高さ100メートルまで一気に立ち上げるぜ! 10万人の鳶の腕前、舐めんなよアレク!」

 エドワードが腰の安全帯を鳴らして疾走する。

 その背中には、かつての借金と迷いを振り払い、世界一の職人として仲間を支える男の頼もしさが満ち溢れていた。


「がっはっは! 世界の心臓だろうが何だろうが、ドワーフの削岩機で新品同様に磨き上げてやるぜ!」

「ピキュウウウッ!」

 ポチがアレクの肩の上で、緑色の安全旗を勢いよく振るった。


 世界の命運を懸けた、前代未聞の突貫大改修。

 壊された迷宮を直し、1000年の談合を砕き、命を守り抜く――。

 ダンジョン原状回復士たちの真なる伝説が、今、世界の最深底【地下100階・始祖ダンジョン】へ向けて、希望の轟音とともに走り出したのである。


(第2シーズン・完/第3シーズン「始祖ダンジョン突貫大改修編」へ続く)

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