第087話:全大陸合同・突貫大改修計画の発案
地下50階から地上へと帰還したアレクたちは、一刻の猶予もない事態を受け、直ちに国境迷宮の地上大会議室に東西両陣営の最高首脳陣を緊急招集した。
大理石造りの広大な大会議場には、冒険者ギルド連盟の各管区長、王都から魔導特使便で急行した王国宰相、魔王城から派遣された魔王直属の最高顧問官、ドワーフ諸公国の頭領たち、そして教会の高位司教たちが勢揃いしていた。
誰もが、大陸全土のダンジョンで観測された同時異常振動と、配管壁面から届いた「寿命残り30日」の緊急魔導速報に青ざめ、パニック状態で激しい口論を繰り広げていた。
「世界の滅亡だ! 1000年前の神罰が今になって下ったのだ!」
「魔王軍が国境で古代兵器を暴走させたのが原因に違いない! 貴様らの責任だ!」
「何を戯言を! 人間側の愚鈍な元帥が掘削戦車で迷宮を破壊したからであろうが! 貴様らこそ賠償しろ!」
互いに責任を擦り付け合い、唾を飛ばして罵り合う国家と軍閥の首脳たち。
破滅の足音が迫る中、何の解決策も生み出せない無毛な政治闘争。
その怒号渦巻く大会議場の中央に、突如として――。
ドォォォォンッッッ!!
演台の大理石が真っ二つに砕け散るほどの、凄まじい衝撃音が轟き渡った。
静まり返った議場の全員が息を呑み、怯えたように視線を集中させる。
そこには、分厚い真鍮製1メートル定規を演台に叩きつけたアレクが、黄色いヘルメットの顎紐をカチリと締め直して仁王立ちしていた。
その隣には、紫のスーツを着たエレノア副ギルドマスターが、冷徹極まる微笑みを浮かべて腕を組んでいる。
「……静かにしろ」
アレクの静かな、しかし背筋を凍りつかせるような重厚な声が、大理石の壁に鋭く反響した。
「神罰でもなければ、政治的な責任問題でもない。――ただの『経年劣化による大規模修繕工事の時期』が来ただけだ」
「な、なんだと……!? 大規模修繕工事だと!?」
王国宰相が目を剥いて立ち上がった。
「世界が滅びようとしているのだぞ! 貴様、一介の現場監督の分際で、国家首脳の最高機密会議に土足で割り込んで何をふざけたことを……!」
「ふざけてなどいないわ、宰相閣下」
エレノアが紫の煙管をくゆらせ、ギルド連盟最高理事会と魔王城最高評議会の黄金印が押された羊皮紙を突きつけた。
「こちらをごらんなさい。双方の最高意思決定機関から発行された、超法規的『全大陸インフラ原状回復全権委任状』よ。現在、この大陸におけるすべての土木・建築・魔導資材、および人員の最高指揮権は、現場監督官であるアレクにあるのよ」
「な、何ぃ……!?」
各国の首脳陣が絶句し、息を詰まらせた。
アレクは演台の背後にある幅10メートルの巨大黒板に向かい、チョークを走らせて流れるように緻密な全体工程表を書き殴っていった。
カッカッカッカッ! と心地よいチョークの音が静寂を切り裂く。
「対象構造物:地下100階、始祖ダンジョン・メイン動力炉心【始祖コア】。全高500メートル。工期:30日。目標:古代魔力フィルター全数交換、および主軸受オーバーホールによる耐用年数1000年延長」
黒板に描かれた狂気的なまでに精密な三次元アイソメ図と施工フローに、ドワーフの頭領たちが息を呑む。
地下100階までの垂直高低差1500メートル。
そこへ、秒速十数トンの超高圧魔力流体を1時的に迂回させるバイパス配管ラインを4本敷設し、炉心周辺の魔力圧力を大気圧レベルまで減圧しながら、外周500メートルの足場を一気に組み上げるという、まさに神技の工程表だった。
「施工ステップは大きく三段階だ。第一段階、バイパス減圧ラインの確保と地上からの直通資材搬送路の構築。第二段階、始祖コア外周への500メートル自立式トラス足場の完全架設。第三段階、炉心ブロックの開放と、1000年間堆積した魔力スラッジの超音波洗浄、および新品パッキンの圧入だ」
アレクの淀みない説明に、歴戦の魔導技官たちも鳥肌を立てて聞き入る。
「必要な人員は10万人。これを四つの専門工区に再編する」
アレクのチョークが、黒板の項目を鋭く叩いた。
「第1工区、仮設足場架設部隊! 全高500メートルの足場組みを統括する総棟梁には、本日昇格した足場架設主任技術者――エドワードを任命する!」
「……ッ!!」
議場の末席に立っていたエドワードが、目を見開いて背筋をピンと伸ばした。
「オ、オレが……10万人の足場部隊の、総棟梁……!?」
「そうだ。お前の驚異的な体幹と足場組みの技術、そして勇者としてのネームバリューを最大限に活かせ。人間も魔族も関係なく、すべての高所鳶をお前の指揮下に置く」
「任せとけ、アレク! 1本の狂いもねえ、世界最強の足場を組んでみせるぜ!!」
エドワードが腰のチタンラチェットレンチを高く掲げて吼えた。
「第2工区、資材補給および輜重部隊! 魔王軍の全兵站部隊とギルド輸送隊を統合し、ルシア駐在官が指揮を執れ。地下100階までの資材搬送ラインを24時間体制で稼働させる」
「はい、主任! 1分1秒の資材遅延も出しません!」
ルシアが小さな羊角をピンと立てて胸を張る。
「第3工区、地盤補強および掘削部隊! バルガン親方とドワーフ全鍛冶ギルド、そして魔王軍工兵隊が担当。崩落防止グラウチングとボルト鍛造を担え」
「がっはっは! 任せとけ! ドワーフの削岩機で、地下100階までハイウェイを通してやるぜ!」
バルガン親方が丸太のような腕を振り上げた。
「第4工区、安全衛生および避難救護部隊! シエル専属補佐官と聖女リリアナが統括。作業員の熱中症対策、防塵マスクの配布、および救護所を各階層に設営する」
「承知いたしました! 安全管理マニュアルの遵守、全工区で徹底させます!」
「光の加護を、10万人の作業員全員にお届けします」
シエルとリリアナが力強く頷く。
「ピキュッ!」
スライムのポチがアレクの肩から飛び出し、黒板の右上に『安全第一・工期厳守』と緑色のゼリー文字を刻み込んだ。
アレクは黒板を振り返り、会議場に座る各国の王や将軍たちを冷徹に見据えた。
「政治の駆け引きは終わりだ。生き残りたければ、全員ヘルメットを被ってスコップを持て。――王侯貴族だろうと将軍だろうと、現場に入ればただの作業員だ。遅刻とサボりは減給、安全帯の不携帯は現場追放だと思え」
「な、なんと……一国の王たる余にも、泥塗れのスコップを持てと申すのか……!?」
震える小国の国王に対し、アレクは冷ややかに言い放った。
「インフラの前では、王も平民も平等だ。世界が崩壊すれば、玉座ごとマグマの底に沈む。自分の住む世界を自分の手で直すことに、身分の上下など存在しない」
誰一人として反論する者はいなかった。
現場監督官の圧倒的な気迫と、完璧な工程表の前に、世界が一つに平伏した瞬間だった。
「おい、エドワード」
アレクが歩み寄る。
「10万人の鳶職人を束ねる覚悟はあるか」
「当たり前だろ、アレク」
エドワードは真新しい二本線ヘルメットの鍔を押し上げ、かつての傲慢な勇者ではなく、歴戦の職人の面構えで笑った。
「オレはかつて、世界の破壊者だった。だが今は違う……。10万人の仲間と一緒に、世界の心臓を支える最高の足場を組んで、今度こそ本当の意味で『世界を救って』やるよ。時給1200ゴールドの価値を、きっちり証明してやるぜ!」
こうして、世界中のすべての種族を巻き込んだ、史上最大の大改修作戦が動き出したのである。




