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『ダンジョン原状回復士の事件簿』〜勇者がぶっ壊した迷宮、敷金全額没収の上で元通りに直して帰ります〜  作者: 六井求真


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第084話:地下50階:基幹ポンプ室への決死行

地下20階からさらに下層へと続く、古代の立坑エレベーターシャフト。

 普段なら決して使われることのない、1000年固く封鎖されていた垂直降下ルートの前に、アレクたち合同原状回復隊が集結していた。


 吹き上げてくる風は、もはや空気というよりも灼熱の魔力蒸気そのものだった。

 坑口付近の気温はすでに摂氏48度を突破。足元の分厚い鋼鉄ハッチに触れれば、手のひらがジュッと火傷しそうなほどの熱を帯びている。

 遠く地下の底からは、ドクン、ドクンと、大陸そのものが苦悶の悲鳴を上げて脈打つような不気味な衝撃波――ウォーターハンマーの炸裂音が絶え間なく伝わってきていた。


「シャフト内の垂直高低差、およそ800メートル!」

 シエルが風防ゴーグルの上から叫んだ。手にした深度測定器の針が、暗黒の底を狂ったように指している。

「古代の昇降リフトは魔力サージの過負荷で完全にケーブルが破断、カゴが最底辺へ落下して大破しています! 螺旋階段も途中の地下35階付近で大規模落盤により崩落、通常の降下手段が完全に断絶しています!」


「なら、作るまでだ。我々の手でな」

 アレクは背負った工具袋のバックルを締め直し、真鍮のノギスを腰のホルスターに収めた。

「現場に道がないなら、足場を組んで道を通す。それが原状回復士の基本だ。……よし、エドワード」

 アレクが振り返る。


「へっ、言われなくても分かってるぜ!」

 エドワードが腰のチタンラチェットレンチをジャラリと鳴らした。

 頭上に誇らしげに輝くのは、昼間に授与されたばかりの二本線入り安全ヘルメット。

「800メートルの垂直坑道に、親綱付きの仮設懸垂足場を渡し棒工法で組んで降下するんだろ? 足場架設主任技術者の初陣としちゃ、これ以上ない最高の大舞台じゃねえか!」


「制限時間は40分だ。シャフト側壁の点検用アンカーボルトを利用し、二丁掛け親綱を交互に打ち込みながらスパイラル状に足場を組め。全工区の作業員が安全帯を掛けたまま滑走降下できる『懸垂スライダーライン』を構築する」

「40分だな! やってやるよ、見てろアレク!」


 タタッ!

 エドワードの身体が、躊躇なく漆黒の竪穴へとダイブした。

 背中には20本の超軽量ジュラルミン単管パイプと、高張力ワイヤーリール。


「神速跳躍術――鳶の極意、千連架設!!」


 空中でワイヤーが疾走し、壁面の古代ボルトにカチリと噛み合う。

 落下の重力加速度を完全に自らの遠心力へと変換しながら、エドワードは垂直な岩壁をらせん状に駆け下りていった。

 ガガガガッ! カチッ、カチッ!

 暗闇の中で火花が閃光のように瞬く。

 パイプが組み合わさり、高張力ワイヤーがピンと張られ、わずかコンマ数秒ごとに次の足場が虚空の中に生まれていく。


「……す、凄まじいスピードだ……!」

 見下ろすドワーフのバルガン親方が、思わずヘルメットの鍔を押し上げて唸った。

「あいつ、落下しながらパイプの水平とトルクを完璧に決めてやがる! 吹き上げる熱風も落石の破片も、全部自分の足場の推進力にしてやがるぞ!」


「ピキュッ!」

 ポチがアレクの肩から飛び出し、エドワードの組んだワイヤーレールにゼリー状の潤滑膜を高速でコーティングしていった。

 摩擦熱を完全にゼロにする特殊被膜である。


「懸垂スライダーライン、地下50階まで全線開通だァァァッ! アレク、全員滑り降りてこい!!」

 800メートル下方の暗闇から、エドワードの誇らしげな雄叫びが木霊した。

 所要時間、わずか32分。完璧な工期前倒しである。


「全員、安全帯のローラーフックをワイヤーにセットしろ! 一列縦隊、降下開始!」

 アレクが先頭に立ち、ワイヤーへと滑り込んだ。

 シュルルルルッ!

 猛烈な風切り音とともに、アレク、シエル、ルシア、リリアナ、バルガン、そして若草の風の面々が、彗星のような速度で竪穴を滑走していく。

 ポチの潤滑被膜のおかげで、摩擦熱によるワイヤーの焼き付きは一切なく、手元のブレーキレバーを引けばミリ単位で速度を制御できる完璧な降下レールだった。


「すごい……! 風圧で吹き飛ばされそうなのに、足場とワイヤーがビクともしません!」

 ルシアが角を押さえながら歓声を上げる。

「エドワードさんの組んだ足場、本当に一級品ですね!」

 シエルも感嘆の声を漏らした。

「がっはっは! これならドワーフの重量級の体躯でも安心して飛び降りられるぜ!」

 バルガン親方が豪快に笑いながら、全員が漆黒の底へと滑り込んでいく。


 そして――。

 急停止用ショックアブソーバーに受け止められ、全員が降り立った場所。

 そこは、これまでの迷宮とは完全に異なる、神話の機械室のような異様な光景が広がっていた。


 見渡す限りの広大な円形ドーム空間。

 床も天井も壁面も、すべてが緑青を帯びた古代アダマンタイトの巨大装甲板で隙間なく覆われている。

 そして部屋の中央には――超高層ビルのようにそびえ立つ、直径30メートルを超える超巨大な機械構造物。

 大陸全土の魔力流体を循環させている心臓部――【基幹メインポンプ】だった。


「ここが……地下50階、基幹ポンプ室……!」

 ルシアが熱気に顔を歪めながら息を呑んだ。

 巨大なポンプの本体は、激しい過熱により赤紫色に発光し、全身の固定ボルトがガタガタと悲鳴を上げて緩みかけていた。

 中央の巨大油圧シリンダーからは、シューシューと激しい魔力蒸気が噴き出している。


「油圧低下の原因は、主軸受(メインベアリング)の冷却油漏れだ」

 アレクが真鍮のノギスを構え、即座に診断を下した。

「ポンプのシリンダーを動かす作動油が過熱で沸騰蒸発し、油圧がゼロに近づいている。このままではピストンが焼き付きを起こして完全停止する」


「アレク、見ろ! あそこの高圧バルブだ!」

 バルガンが指差した。

 高さ10メートル、灼熱の蒸気が吹き荒れるポンプ最上部の主給油バルブ。

 その巨大な真鍮ハンドルに、全身油と煤にまみれた大柄な男が一人、背中にボロボロの黄色いヘルメットを背負い、剥き出しの太い両腕で必死にしがみついていた。


「……ッ、親父さん……!?」

 アレクの瞳が大きく見開かれた。

 10年前に忽然と姿を消した、冒険者ギルド伝説の原状回復士――アレクの師、ガントその人だった。


「おい、バカ弟子……! 遅えぞ……!」

 熱風の中、ガントが煤まみれの顔から白い歯を剥き出して笑った。

「10年も待たせやがって……! この古代ポンプ、俺一人じゃもうバルブを支えきれねえ! 道具を持って、全員連れて早く上がってこい!!」


「親父さん、今行きます!」

 アレクが叫ぶと同時に、エドワードが単管パイプを担いで前に躍り出た。

「アレク、親綱はオレが張る! 高さ10メートル、直立ラダー足場を3分で組んでやるぜ!!」


 タタタッ!

 エドワードのチタンラチェットレンチが光速で回転し、灼熱の蒸気が吹き荒れるポンプの側面へ、頑丈な昇降梯子足場が瞬く間に組み上がっていく。

 ガントがその足場を見下ろし、驚愕の声を上げた。

「おいおい、なんだあの身軽な小僧は!? 勇者の顔をしてやがるが、足場の組み方は一級品の職人じゃねえか!」

「私の弟子です、親父さん。――時給1200ゴールドの足場架設主任技術者ですよ」

 アレクが足場に足をかけながら、誇らしげに答えた。


 10年の時を超えた師弟の再会。

 そして新世代の職人たちによる、世界の崩壊を食い止めるための最終工事が、ついに幕を開けた。

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