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『ダンジョン原状回復士の事件簿』〜勇者がぶっ壊した迷宮、敷金全額没収の上で元通りに直して帰ります〜  作者: 六井求真


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第079話:魔導熱線砲「煉獄の咆哮」の不法占有

地下20階、古代炉心制御区画。

 吹き抜ける熱風はすでにセ氏五十度を突破し、巨大なドーム状の大広間全体が、まるで真っ赤に熱せられた溶鉱炉のように不気味な陽炎で歪んでいた。

 中央にそびえる超古代の円筒炉心から、無理やり溶接された極太の魔力導管が何10本も蛇のように床を這い、巨大な砲塔へと直結されている。


 全長30メートル、口径5メートル。

 砲身全体に刻まれた古代魔法文字が、許容量を遥かに超えた魔力流体の流入によって赤紫色に発光し、砲口の奥底では圧縮された超高密度の熱線エネルギーがキリキリと金属的な悲鳴を上げていた。

 超巨大魔導熱線砲――【煉獄の咆哮】である。


「ガハハハハ! よくぞここまで嗅ぎつけてきたな、現場のネズミどもめ!」

 砲塔基部に組まれた仮設管制ブリッジの上で、体長3メートルを超える筋骨隆々の巨漢――魔王軍主戦派の筆頭、猛将ボルドゴフ将軍が、真っ赤に焼けた鉄の棍棒を床に叩きつけて高笑いした。

 その赤銅色の肌からは、周囲の熱気をものともしない猛烈な殺気と闘気が立ち上っている。


「停戦などという生ぬるい言葉に毒された魔王城の腑抜け幹部どもに代わり、この我が主導で究極兵器を起動させてやる! この古代炉心の無尽蔵の魔力を直接ぶち込めば、人間側の王都など外壁ごと灰燼に帰すわ! すでにエネルギー充填率は85パーセント! あと数分で発射可能だ! 誰にも止められんわ!!」


 ボルドゴフ将軍が咆哮すると、傍らに控えていた魔導技術兵たちが恐る恐る叫んだ。

『し、将軍閣下! これ以上の魔力吸い上げは危険すぎます! 炉心の一次冷却循環系が完全に遮断され、炉心内圧が耐圧リミットの三倍に達しています! このままでは発射の瞬間にバックファイアを起こして、この階層ごと吹き飛びます!』


「黙れ無能が! 圧力など貴様らの気合で抑え込め! パイプの継ぎ目に魔力障壁を無理やり張って撃ち出せば済む話だ!!」

 将軍は諫める技術兵の胸ぐらを掴んで床へ投げ捨てた。

 あまりの横暴と物理法則の無視に、ルシアが激怒して叫んだ。


「ボルドゴフ将軍! 直ちに充填シーケンスを停止してください! 配管の圧力バランスと熱交換サイクルを無視した直結工事など、狂気の沙汰です! あなたは兵器を作っているのではなく、大陸全体を消し飛ばす巨大な自爆装置に火をつけているんですよ!!」


「フン、小娘が! 営繕部のおままごとに付き合っておれるか! 力こそがすべてよ!」

 将軍は耳を貸そうともしない。


 その時――。

 足元でバチバチと爆ぜる魔力火花と噴き出す過熱蒸気をものともせず、平然とした足取りで前進する男がいた。

 黄色いヘルメットの鍔を押し上げ、赤ペンを構えたアレクである。


「……おい、ボルドゴフ」

 アレクの声は、轟音渦巻く灼熱の空間をすっきりと切り裂いた。


「あんだとぉ!? 人間風情が、儂を呼び捨てにするか!」


 アレクは真っ赤なバインダーを開き、青焼きの図面を広げた。

「迷宮原状回復規約第80条『特定基幹動力炉心の保全義務』違反。ならびに無許可プラント改造、安全弁バイパスの不当閉鎖、溶接施工基準不適合、そして高圧ガス保安法違反。……過失割合十対ゼロでお前の一方的な責任だ」


「な、何をごちゃごちゃと能書きを……!」


「この砲身への直結配管を見ろ。本来なら耐圧5メガパスカルのフランジ継手に対し、素人の手による雑なアーク溶接が施されている。溶接ビードに無数のスラグ巻き込みとアンダーカット――溶込み不良が発生しているぞ。今すぐ魔力を遮断しなければ、充填90パーセントに達した瞬間に、その溶接箇所が内圧で破断して高圧魔力蒸気が貴様の顔面へ直撃する」


 アレクの冷徹で正確無比な指摘に、将軍の後ろにいた魔導技術兵たちが「ひっ……!」と息を呑んだ。

『そ、その通りです! 溶接不良による継手破断の危険性は我々も何度も警告していました!』


「ええい、うるさい! 破裂する前に撃ち出せば勝ちなのだ! 邪魔をするなら、その黄色い兜ごとミンチにしてくれるわ!」

 ボルドゴフ将軍が赤熱した棍棒を振り上げ、アレクめがけて飛びかかろうとした。


「させねえよ、脳筋タコ野郎!!」


 風を切り裂いて頭上から降ってきたのは、二丁掛け安全帯をカチャリと鳴らしたエドワードだった。

 エドワードは空中で足場用単管パイプを回転させ、将軍の棍棒の軌道へ斜め四十五度から正確に滑り込ませた。


 ガギィィィィィンッッッ!!


 激しい火花が飛び散る。

 元勇者の卓越した体幹と筋力が、3メートルの巨漢の一撃をミリ単位で受け流し、棍棒の先端を床の玄武岩へ深々と突き刺させた。


「な、なにぃっ!? 儂の渾身の一撃を受け流しただと!?」

「へっ! 時給1000ゴールドの主任鳶補佐エドワード様を舐めんな! テメエの勝手な工事のせいで、現場の職人たちがどんだけ迷惑被ってると思ってんだ! 足場の外から出直してきやがれ!」


 エドワードがパイプを蹴り上げると、バルガンが背後から回り込み、巨大な油圧削岩機を棍棒の柄へ叩きつけた。

「がっはっは! 武器を地面に固定されたら、ただの鉄屑だぜ将軍さんよ!」


 棍棒が地面にガチガチに固定され、将軍が身動きを封じられたその瞬間、アレクが鋭く号令を下した。


「――全工区、強制代執行解体オペレーション開始! 直結配管を物理切断し、冷却バイパスを正規ルートへ復帰させる!」


 アレクの号令とともに、現場のプロフェッショナルたちが一斉に持ち場へと散った。

 アレクは腰から超大型の油圧式パイプカッターを抜き放ち、赤熱した主導管の付け根へ跳躍した。

 刃先が、溶接不良を起こしていた直結パイプの継ぎ目に噛み合う。


「油圧ポンプ、加圧開始!」

 シエルが足元の魔導フットポンプを力強く踏み込む。

 ギギギギギッ! と音を立てて、厚さ20ミリの銅合金配管が鋭利な刃によって両断されていく。


「ピキュウウッ!」

 切断面から噴き出そうとする超高圧の過熱魔力蒸気に対し、ポチが自らの体液を特殊な不凍冷却ジェルに変形させて覆いかぶさった。

 ジュウウウウッ! と激しい白煙が立ち上るが、ポチの弾力膜が蒸気の圧力を完全に封じ込め、外部への漏洩をゼロに抑え込む。


「切断完了! ルシア、正規バイパスのバルブを開放しろ!」

「了解です! 一次冷却水バルブ、全開!!」


 ルシアが真鍮の大型バルブハンドルを力いっぱいに回した。

 ゴボボボボボッ……!!

 1000年眠っていた正規の古代冷却流体が、乾き切っていた炉心の外周ジャケットへと一気に雪崩れ込んでいく。


「ぬ、ぬおおおおっ!? 儂の砲塔への魔力供給が落ちていく!? やめろ、やめろぉぉぉっ!!」

 武器を地面に固定されたボルドゴフ将軍が、目を血走らせて絶叫する。

 だが、現場の物理現象は、無謀な暴君の叫びなど意に介さない。


 砲身に溜まっていた過剰魔力が逆流することなく、正規の冷却サイクルへと吸収されていく。

 ブシュー……コオオオオッ……。

 狂乱の叫びを上げていた砲口の赤紫色の光粒が急速に霧散し、砲身の温度計が瞬く間に安全圏へと降下していった。

 炉心の温度もセ氏五十度から二十度へと正常化し、大広間を満たしていた灼熱の熱波が、爽やかな清涼感へと塗り替えられていく。


「……と、止まった……!」

 魔導技術兵たちがヘルメットを脱ぎ、歓喜の涙を流して抱き合った。

「炉心内圧、正常値! 熱核暴走、完全に回避されました!」


「う、嘘だ……儂の、儂の無敵の巨砲が……たかが現場の配管工どもに……!」

 地面に膝をつき、両手をついて打ち震えるボルドゴフ将軍。

 その見下ろす位置に、アレクがコツコツと安全靴の足音を響かせて歩み寄った。


 真っ赤なバインダーを開き、赤ペンのキャップを外す。

「ボルドゴフ将軍。危険物不法加工、基幹動力損壊未遂、および工期遅延誘発罪。――迷宮原状回復規約に基づき、この【煉獄の咆哮】を現物差し押さえの上、解体撤去する。復旧工事にかかった全費用は、魔王軍主戦派の軍事予算から全額没収だ」


 冷徹無比な現場の鉄槌。

 こうして、大陸全土を巻き込むはずだった二大軍閥の暴走兵器は、現場の職人たちの手によって完全に沈黙させられたのであった。

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