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『ダンジョン原状回復士の事件簿』〜勇者がぶっ壊した迷宮、敷金全額没収の上で元通りに直して帰ります〜  作者: 六井求真


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第078話:地下20階:古代炉心への強行軍

十三階の主断層を完璧なグラウチング補修で安定化させ、バルトロメウス元帥の不法ドリル戦車を押収したアレクたち合同安全協議会は、息つく暇もなく迷宮の最深部――地下20階への強行軍を開始していた。


 階層を下る螺旋階段を進むごとに、周囲の気温が目に見えて上昇していく。

 先日の十三階で遭遇した氷点下二十度の極寒とは真逆の、肌をじりじりと焦がす熱波と、鼻腔の粘膜を突き刺す強烈なオゾン臭。

 黒く焼け焦げた岩壁の奥から響く振動は、もはや地震の地鳴りに近く、視界の端々で緑色の魔力火花がバチバチと静電気のように不気味に爆ぜていた。


「主任、熱気計の針がセ氏四十二度を指しています!」

 ルシアが黄色いヘルメットの鍔に付けた遮熱バイザーを下ろし、玉の汗を拭いながら叫んだ。

「この下……地下20階の『古代炉心制御区画』は、本来なら絶対零度近い高圧冷却水が循環して、常にセ氏二十度前後の適温に保たれているはずなんです! こんなに異常な熱気が立ち上っているということは……!」


「冷却サイクルが完全にショートサーキットを起こしている動かぬ証拠だ」

 アレクは耐熱アラミド繊維の作業手袋をはめ直し、前方の急勾配な連絡階段を一歩ずつ力強く踏みしめた。

「ボルドゴフ将軍が炉心の冷却バイパスから直管で無理やり高圧魔力を抜き取っているせいで、超古代炉心そのものが排熱不能に陥り、メルトダウン寸前の過熱暴走状態になっている」


「メルトダウン……!?」

 シエルが青ざめて手帳を胸元で握りしめる。

「炉心が熱暴走して臨界爆発を起こしたら……一体どうなってしまうのですか……!?」


「メガダンジョンの崩壊どころではないな。王都と魔王城を含む半径300キロの地殻構造が丸ごと熱核融合で融解し、大陸中央部が巨大なマグマの海に沈む」

 アレクの淡々とした、しかし絶対的な破滅を告げる説明に、背後を歩いていたエドワードが「ヒエッ」と喉を鳴らして飛び上がった。


「おいおいおいおい! そんなヤバい場所にオレたちは今から潜入しようとしてんのかよ!? 時給1000ゴールドと危険手当1万ゴールドじゃ全然割に合わねえぞ!! 命がいくつあっても足りねえよ!!」

「嫌なら帰れ。ただし、地上がマグマの海になればお前の1億2000万ゴールドの借金免除どころか、お前の故郷も、民衆も、世界ごと消滅するがな」

「帰れるわけねえだろバカ野郎!! オレが先頭で足場組んでやるよ!! 全部直して生き残ってやる!!」


 エドワードが涙目で啖呵を切ったその時、前方の赤熱した暗闇から、重い金属鎧のぶつかり合う鈍い足音と、地響きのような野太い咆哮が響いてきた。


「グルルルルッ……誰だ! ここから先はボルドゴフ将軍閣下の軍事絶対管制区域だ! 何者も立ち入ることは許さん!」


 赤熱した岩壁の通路を塞ぐように立ちはだかったのは、重厚な漆黒のフルプレートアーマーに身を包んだ、体長3メートルを超える巨体のオーガ戦士たち――将軍直属の重装親衛隊の一個小隊だった。

 手には身の丈を超える巨大な黒鉄の戦斧と、魔力コーティングされたタワーシールドを構え、筋骨隆々の肉体から湯気のような殺気を立ち上らせている。


「魔王軍の主戦派親衛隊……! ルシアさんのお話通り、完全武装で検問を敷いています!」

 レオが防塵ゴーグルの奥の目を鋭くし、剣の柄に手をかけた。

 ミュウとノアも弓と短剣を構える。


「待て、レオ。武力で正面衝突する必要はない。相手はただ命令に従っているだけの警備要員だ」

 アレクが制止し、すっと前に進み出た。

 その手には、先ほど押収したオリハルコン金庫から取り出した『秘密協定書』の写しと、ギルドおよび魔王軍営繕部の合同査察証が挟まれた真っ赤なバインダー。


「迷宮合同安全協議会、現場監督官のアレクだ。貴様らの部隊による無許可配管バイパスの敷設、および古代炉心の違法占拠は、国境停戦規約ならびに迷宮原状回復規約第百十四条に対する重大な違反行為だ。直ちに武器を置き、検問用バリケードを撤去しろ」


「ハァッ!? 現場監督官だぁ!?」

 オーガの小隊長が真っ赤な目を剥き、裂けた口から牙を剥き出して下卑た嘲笑を響かせた。

「ガハハハ! 黄色い兜を被った人間のガキが、偉そうに能書きを垂れおって! 将軍閣下の【煉獄の咆哮】が完成すれば、貴様ら人間など灰すら残らんのだ! 邪魔な虫ケラどもを叩き潰せ!!」


 巨大な黒鉄の戦斧が、風を切り裂いてアレクのヘルメットめがけて一直線に振り下ろされた――!

 常人なら一撃で両断される暴力的な一撃。

 だが、その刃がアレクの黄色いヘルメットに触れることはなかった。


 ガギィィィィィンッッッ!!!


 凄まじい衝撃波とともに、青白い火花が暗闇を昼のように照らし出す。

 アレクの前に割り込んだのは、両肩に足場用単管パイプをガチリとクロスさせ、腰の二丁掛けフックを構えたエドワードだった。


「おいおい、現場監督に手ぇ出そうなんて、いい度胸じゃねえか豚野郎共!」

 エドワードの獰猛な笑みが、オーガの巨漢たちを見下ろした。

「オレは今、1000年の談合で人生を狂わされて最高に機嫌が悪いんだよ! テメエらの武器、全部単管パイプで絡め取って現場の仮設資材にしてやるぜ!!」


 神速の足捌き。

 エドワードはオーガの巨斧の軌道をパイプの反動で軽くいなし、足元の空間に瞬時に仮設バリケードパイプを打ち込んで、オーガ戦士たちの突進を完璧に足止めした。

 ラチェットレンチが光速で回転し、直交クランプがオーガたちの装甲板の隙間にガッチリと噛み合って固定される。


「ぐ、ぬおおっ!? 足がパイプに挟まって抜けん!?」

「手首の装甲が手すりパイプに締め上げられたぞ!?」

「今だ、バルガン親方!」

 エドワードが叫ぶ。


「がっはっは! 職人の足止めトラップにかかりやがったな!」

 バルガンの振るう油圧削岩機が床面を叩き、オーガたちの足元を一瞬で細かな砂利へと破砕する。

 足場を失った親衛隊たちが次々とバランスを崩して床に転倒し、そこへスライムのポチが超高粘着ゼリーを一網打尽に浴びせかけて完全に拘束した。


「ピキュウウッ!」

 ポチが胸を張り、動けなくなったオーガ小隊長の上に仁王立ちする。


「検問突破、所要時間1分20秒。合格点だ」

 アレクは一切足を緩めることなく、倒れた親衛隊の横を通り抜けた。

「この奥が……古代炉心制御区画だ。ボルドゴフ将軍の首根っこを掴んで、違法兵器を即座に強制代執行で解体する」


 巨大な古代耐圧隔壁のハンドルに、アレクが両手をかけた。

 ポチが蝶番に潤滑油を注入し、ガコンッ、と鈍い解錠音が鳴る。

 アレクが力を込めて押し開いたその扉の向こう側――。


 ゴオオオオオオオッ……!!

 吹き出してきたのは、息を吸うことすら躊躇われるほどの灼熱の熱風と、眼が眩むような深紅の魔力光だった。


 大広間の中央にそびえ立つのは、巨大な円筒形の古代炉心。

 その炉心の側面から、無理やり溶接された極太の魔力導管が何10本も伸び、巨大な砲塔へと直結されていた。

 全長30メートル。禍々しい魔力の光粒を砲口に収束させつつある、超巨大魔導熱線砲――【煉獄の咆哮】である。


 そして砲塔の基部、制御デッキの上に仁王立ちしていたのは、赤銅色の肌と2本の鋭い角を持つ巨体の魔族――猛将ボルドゴフ将軍だった。

 現場監督官の突入に気づいた将軍が、血走った眼をギラリと光らせて振り返る。


「……何者だ、貴様らは! 我が究極兵器の起動シーケンスを邪魔する者は、誰であろうと消し炭にしてくれるわ!!」


 臨界爆発まで、あとわずか数10分。

 世界を焼き尽くす違法兵器を前に、アレクの赤ペンが静かに構えられた。

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