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『ダンジョン原状回復士の事件簿』〜勇者がぶっ壊した迷宮、敷金全額没収の上で元通りに直して帰ります〜  作者: 六井求真


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第077話:衝撃の真実:ダンジョン受発注マッチポンプ協定

地下13階、オリハルコン製金庫の前に広がる静寂は、冷たく重い鉄の塊のように現場を押し潰していた。

 1000年封印されていた『迷宮恒久運営管理および魔力需給調整に関する秘密協定書』。

 その羊皮紙に淡々と記されていたのは、人間と魔族の歴史を根底から愚弄する、グロテスクな利権の構造そのものだった。


「……そ、そんな……」

 シエルが両手で口を押さえ、青ざめた唇を激しく震わせた。

「私たちが冒険者ギルドで、幼い頃から教わってきた『人類の生存圏を賭けた崇高な防衛戦』は……全部、上層部の談合だったというのですか……!? 冒険者たちが命を落とし、大怪我を負いながら迷宮を踏破してきた苦闘は、ただのマッチポンプだったなんて……!」


「魔王軍側も、まったく同じです……!」

 ルシアも大粒の涙を大きな瞳に溜め、小さな羊角を両手で抱え込んでガタガタと震えていた。

「魔王軍の子供たちは皆、『人間たちの傲慢な侵略から魔界の同胞と大地を守るために立ち上がれ』と誇りを教えられて入隊するんです……! それなのに……血を流して戦った兵士たちの命は、ただの『復興予算獲得のための必要経費』だったなんて……! こんなの、あんまりです……!」


「うふふ、最悪ねえ。本当に吐き気がするわ」

 エレノア副ギルドマスターが、いつもの艶やかな笑みを完全に消し去り、底冷えするような冷徹な眼差しで煙管を灰皿に叩きつけた。

「ギルド連盟の創設予算と、魔王城の改修費用の出所が昔から不透明だとは思っていたけれど……。迷宮を意図的に戦場にして、壊しては直し、直しては壊し、そのたびに民衆から集めた税金と軍事国債を懐に流し込んでいたわけね。まさに1000年にわたる巨大な公共事業談合だわ」


 エドワードは両の拳を白くなるほど固く握り締め、額を地面の石畳に擦りつけるようにして打ち震えていた。

 全身の血管が怒りで浮き彫りになり、歯が砕けそうなほどの激しい軋み音が口元から漏れる。


「ふざけんじゃねえよ……! ふざけんじゃねえぞクソジジイどもがァァァッ!!」

 エドワードの慟哭が、大吹き抜け回廊に炸裂した。


「オレは……オレはガキの頃から『お前は光の勇者だ』っておだてられて、泥水を啜って修業して、死ぬ思いで魔物と戦ってきたんだ! 仲間が傷ついて、泣きながら回復魔法をかけて……それでも『世界を救うんだ』って信じてたから、どんな激痛にも耐えられたんだよ! それなのに……オレたちが命を削って壊した迷宮の瓦礫の上で、上層部の連中が酒を酌み交わして金を山分けしてただと……!? 許せるかよ……そんなの、絶対に許せるわけがねえだろォッ!!」


 元勇者の血を吐くような叫びに、現場にいた誰もが言葉を失った。

 かつてエドワードが迷宮をぶち壊し、1億2000万ゴールドという天文学的な敷金全額没収と損害賠償を背負わされたのも、根本を辿れば『勇者を煽って迷宮を破壊させ、莫大な原状回復特需を生み出す』という1000年前から仕組まれた罠の延長線上にあったのだ。


「エドワード様……」

 リリアナがそっとエドワードの震える肩に手を添え、悲しげに瞳を伏せた。

「私たち教会も……奇跡の光を、そんな汚れた利権の舞台装置として利用されていたのですね……」


 絶望と怒りが現場を完全に支配する中――。

 ただ一人、アレクだけは静かに立ち上がり、羊皮紙をクリップボードに挟み直していた。

 その表情は、いつもの現場検証の時と寸分違わない、平然としたものだった。


「……アレク先輩?」

 シエルがおずおずと顔を上げる。


「アレク、お前……悔しくねえのかよ!?」

 エドワードが涙と怒りで赤く染まった目でアレクを睨みつけた。

「お前だって原状回復士として、人生の全部を現場の補修に捧げてきたんだろ!? お前が直してきた迷宮は、全部あいつらが談合で壊させたマッチポンプだったんだぞ! なんでそんな涼しい顔してられるんだよ!!」


 アレクは被っていた黄色いヘルメットの鍔を押し上げ、エドワードの目を真っ直ぐに見つめ返した。


「腹が立たないわけがないだろう」

 アレクの口から、低く、しかし信じられないほど重厚な言葉が紡がれた。


「インフラを軽視し、施工手順を無視し、職人の汗と命を己の利権の道具として弄んだ。――技術者に対するこれ以上の冒涜はない。発注者倫理の完全な崩壊だ」


「じゃあ……!」


「だが、怒りで泣き叫んでも、壊された壁は直らない」

 アレクは真鍮のノギスをカチリと鳴らした。

「1000年前の権力者がどんな談合協定を結んでいようと、現場に残された配管や壁面は、今この瞬間も物理的な応力と戦っている。ガントの親父さんが10年前、命がけでバイパスを繋いだのも、1000年の談合を是正し、この大陸のインフラが暴走爆発するのを食い止めるためだ」


 アレクの言葉に、現場の職人たちがハッと顔を上げた。


「親父さんは知っていたんだ。この迷宮が、権力者どもの談合の道具にされていることを。だからこそ、ギルドの看板を捨て、たった一人で地下に潜って現場を直し続けた。……政治が腐っていようと、迷宮のインフラが破裂すれば死ぬのは地上の無辜の民衆だ。誰かが直さなければならない」


 アレクは工具袋から赤ペンを抜いた。


「過去の談合を暴くのはエレノアの役目だ。我々現場の役目は――この談合の総決算を、原状回復の請求書として突きつけることだ」


「請求書、ですか……?」

 ルシアが瞬きをした。


「1000年、意図的に破壊され続けた迷宮の修繕費。不法占有による損害金。過失割合100パーセントの違法解体ペナルティ。……初代総帥と初代魔王の負の遺産、そのすべてを合算して、双方の現上層部に叩きつけてやる。――敷金全額没収の上でな」


「うふふ、乗ったわアレク!」

 エレノアが紫の唇を妖艶に吊り上げた。

「この『秘密協定書』の原本があれば、ギルド連盟の全役員会と魔王政府の最高評議会をまとめて法廷に引きずり出せるわ。1000年分の不正着服金、1ゴールド残らず差し押さえて現場の修繕積立金に組み込んであげる!」


 アレクの不敵な宣告に、エドワードの瞳に再び猛烈な炎が宿った。

 手鼻をかみ、力強く立ち上がる。


「……ハッ! そうだな! 泣いてる場合じゃねえ! オレの1億2000万ゴールドの借金も含めて、全部あいつらに請求して元通りに直させてやるよ!!」


 足元ではスライムのポチが、黄色いヘルメットをキュッと締め直し、「ピキュッ!」と頼もしく現場の団結を誓っていた。

 絶望は完全に消え去り、現場には過去最大の『怒りの原状回復反撃』への決意が満ちていた。


「よし。次は魔王軍の主戦派、ボルドゴフ将軍だ」

 アレクが腰の工具ベルトを締め直す。

「奴が地下20階で無許可改造している魔導熱線砲を解体し、古代炉心のバイパスを復旧する。――全工区、直ちに深部突入準備にかかれ!」


「応よっ! ドワーフの削岩隊、いつでも地下20階まで道を切り拓いてやるぜ!」

 バルガンが両口ハンマーを肩に担ぎ上げて豪快に笑った。

「若草の風も、先行索敵と資材搬送ルートの確保、全速力で遂行します!」

 レオが拳を突き出し、ミュウとノアが力強く頷く。


「へっ……待ってろよボルドゴフのタコ野郎」

 エドワードが腰の二丁掛け安全帯のフックをカチャリと鳴らした。

「オレの足場鳶としての初の大仕事だ。テメエの無許可兵器の周りに、誰にも壊せねえ最高の足場を組んで、アレクの解体作業を完全にサポートしてやるから覚悟しやがれ!」


 1000年の欺瞞を打ち砕き、迷宮の真の原状回復を果たすための現場総力戦。

 怒れる原状回復士たちの進撃が、ついに迷宮の最深部へと向けられた。

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