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『ダンジョン原状回復士の事件簿』〜勇者がぶっ壊した迷宮、敷金全額没収の上で元通りに直して帰ります〜  作者: 六井求真


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第076話:掘り出された「古代の隠し金庫」

瓦礫が完全に取り除かれた地下13階の岩壁前。

 グラウチング補修によって完全に硬化し、鏡のように滑らかに安定した床面の上に、超古代のオリハルコン製金庫が鈍い黄金色の威容を誇っていた。

 その前に、アレク、シエル、ルシア、リリアナ、エドワード、そしてエレノア副ギルドマスターが息を詰めて車座になっていた。


「オリハルコンか。現代の製鉄技術や魔導工学では、傷一つ付けることすら不可能な神話級の超合金ね」

 エレノアが紫の煙管を紫色のマニキュアが塗られた指先で回しながら、感嘆と警戒の混ざった目を細めた。

「王都冒険者ギルド本部の地下大金庫ですら、防犯扉の表面にミスリル鋼が薄くメッキされている程度よ。これほどの純度と質量を誇る一体成型のオリハルコン金庫……建造費用だけでも、現代の人間の王国や魔王領の年間国家予算が丸ごと吹き飛ぶわ」


「外装の物理的な強度だけではありません。この金庫、周囲の魔力フィールドを完全に遮断する対魔法結界が三重に張り巡らされています」

 シエルが手持ちの魔力波長探査器をかざしながら、震える小声で呟いた。

「どんな上級透視魔法も、どんな探査呪文も鏡のように弾き返してしまいます。中身を1000年、絶対に外部の誰にも覗かせないという、作り手の底知れない執念を感じます……」


「だが、機械的なシリンダーロックである以上、物理的な構造力学の法則からは絶対に逃れられない」


 アレクは作業着の膝をつき、金庫の左右に配置された二重鍵穴をじっと観察した。

 鍵穴にはすでに、スライムのポチが自らの体積を絞り込み、極細の触手をスルスルと差し込んでいる。

 ポチの体内から分泌される特殊な超微粒子潤滑ジェルが、1000年固着していた内部のピンタンブラーを1本ずつ滑らかに解きほぐしていく。


「ポチ、第一シリンダーのピン配列と段差数は?」

「ピキュ、ピキュ、ピキュ!」

 ポチが三回、短く触手を弾ませ、アレクの手のひらに直接ジェルでピンの段差形状を描き出した。


「7本か。古代ハイエルフ規格の七ピン・リバーシブル式だな。……エドワード、魔導インパクトレンチのトルクを三十五ニュートン・メートルに設定して渡せ」

「へいへい、三十五ニュートン・メートルだな。……ほらよ、アレク!」

 エドワードが腰袋からレンチを取り出し、設定ダイヤルをカチカチと正確に回して手渡した。

 アレクとエドワードの間に流れる、無駄のない阿吽の呼吸。

 かつては敵対し、罵り合っていた勇者と現場監督が、今や一流の職人同士として息の合った連係を見せている光景に、リリアナが微笑ましそうに目を細めていた。


 アレクはインパクトレンチの先端に、自作の炭素鋼製ピックツールを装着した。

 鍵穴に深く差し込み、指先の繊細な振動の反響だけで内部のシアライン――回転境界の隙間を一つずつ揃えていく。


 カチッ……カチッ……カチッ……。


 回廊の静寂の中、硬質な金属の噛み合う微かな音だけが響く。

 そして――。


 ガキンッッッ!!


 重厚な解放音が響き、第一シリンダーが右へ正確に九十度回転した。

「第一ロック、解除」

 アレクの静かな声に、ルシアが息を呑む。


「次は右側の第二シリンダーだ。こちらは魔王軍の古代暗号鍵式……ルシア、魔界の伝統的な『星辰配列』の回転順序を覚えているか?」

「は、はいっ! 営繕部の古文書修復試験で暗記しました! 『北の山羊、東の蛇、南の双角、西の虚無』です!」

「よし、その順番でピンを押し下げる。ポチ、アシストしろ」


 ポチが指示通りに第二鍵穴のピンを順番に液状触手で押し込んでいく。

 アレクがレンチのレバーを慎重に逆回転させた。


 カチ、カチ、カチ……ガコンッ!!


 二つ目のロックが外れた瞬間、金庫の分厚い扉の隙間からプシューッ……と、1000年完全に密閉されていた古代の乾燥した窒素ガスが漏れ出した。

 オリハルコンの重厚な扉が、1000年の歳月を感じさせないほど滑らかに、自重でゆっくりと手前へ開いていく。


「開いた……!」

 シエルが手帳を胸に抱きしめて身を乗り出した。

「な、何が入っているの……!? 古代のオリハルコンのインゴット? それとも世界を滅ぼす究極の古代兵器……!?」

 エドワードも目を皿のようにして覗き込む。


 だが――金庫の内部に収められていたのは、山のような金銀財宝でも、伝説の兵器でもなかった。


 幅一・5メートルの巨大な金庫の内部に、ポツンと置かれていたのは――たった一つ。

 紫色の最高級絹布の上に恭しく置かれた、一枚の分厚い『羊皮紙の巻物』だった。

 何重もの防腐処理と永久保存の封印術が施され、1000年の歳月を経てもまるで昨日筆を置かれたかのように鮮やかな状態を保っている。


「書類……? こんな超弩級のオリハルコン金庫に、たった一枚の羊皮紙の巻物だけを保管していたというの……?」

 エレノアが紫の煙管を止め、険しい表情で眉をひそめた。


「ただの書類ではないな」

 アレクは現場用の清潔な白い布手袋を両手にはめ、慎重に巻物を両手で持ち上げた。

「表紙の封蝋を見ろ」


 巻物の封印には、二つの鮮烈な赤漆の印章が並んで押されていた。

 金庫の扉と同じ――初代冒険者ギルド連盟総帥の血判と、初代魔王の血判である。

 アレクは細いピンセットを使って、封蝋を傷つけないように慎重に割り、巻物をゆっくりと広げていった。


 広げられた羊皮紙の冒頭には、金泥のインクで、極めて端正な古代共通語の表題が記されていた。


 ――『迷宮恒久運営管理および魔力需給調整に関する秘密協定書』。


「秘密……協定書……?」

 シエルがそのタイトルを小声で復唱した。

 アレクの瞳が、羊皮紙に書かれた箇条書きの条文を冷徹にスキャンしていく。

 そして読み進めるにつれて、普段はどんな理不尽な破壊現場を前にしても眉一つ動かさないアレクの額に、微かに青筋が浮かび上がった。


「……なるほどな」

 アレクが底冷えするような声で低く呟いた。

「これは、財宝などよりも遥かに恐ろしい……1000年、人間側と魔族側の双方の上層部が隠蔽し続けてきた『世界の談合設計図』だ」


「主任、一体何が書かれているんですか……!?」

 ルシアが震える声で尋ねる。

 アレクは静かに息を吸い込み、その衝撃的な条文の冒頭を、現場の仲間たちへ向けて淡々と読み上げ始めた。


「――第1条。人間側ギルド連盟と魔王軍は、双方の社会体制および軍事予算を恒久的に維持するため、定期的にメガダンジョン内において計画的な戦闘行為を実施するものとする」


「……え?」

 シエルが瞬きをした。


「第2条。戦闘に伴う迷宮構造物の破壊、資材消費、および冒険者特需の発生を経済刺激策として認定し、双方の上層部において復興予算および軍事調達費を折半配分する。……第3条。本協定の存在は、末端の冒険者および一般魔族に対して永久に秘匿とし、両陣営の敵対構造を意図的に維持しなければならない」


 朗読が途切れた瞬間、吹き抜け回廊の空気が凍りついた。

 1000年、正義と邪悪の戦いだと信じ込まされてきた『戦争』の正体。

 それは――ただ上層部の利権と予算を循環させるための、壮大な『公共事業談合マッチポンプ』だったのだ。


「う、嘘だろ……!?」

 エドワードが顔面を蒼白にして後ずさった。

「オレが命をかけて戦ってきた魔王討伐の旅は……民衆を守るための聖戦は……全部、上層部のジジイどもが金儲けのために仕組んだプロレスだったってのかよ……!?」


 元勇者の絶叫が、暗い迷宮の闇に虚しく木霊した。

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