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『ダンジョン原状回復士の事件簿』〜勇者がぶっ壊した迷宮、敷金全額没収の上で元通りに直して帰ります〜  作者: 六井求真


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第074話:無免許運転・地盤調査義務違反の宣告

プシュー……コオオオオッ……。

 粉塵がようやく吹き抜け回廊の隅へと晴れ上がった十三階に、冷却水を失った巨大な魔導エンジンの蒸気音が虚しく響いていた。


 全長50メートル、先端に直径10メートルの超硬質回転ドリルを備えた【メガ・ギガ・ドリル戦車】は、中心の回転軸にアレクの放った超速乾セメントを注入されたことで完全にロックされ、岩盤に先端を深く噛み合わせたままピタリと沈黙している。

 その巨大な鋼鉄の甲板――厚さ50ミリの重装甲板の上に、コツ、コツと硬質な足音を響かせて登っていく男がいた。


 黄色いヘルメットの顎紐を指先で外し、胸ポケットから赤ペンを取り出したアレクである。

 アレクは停止した戦車の上部司令ハッチの上に仁王立ちすると、下で地面に尻餅をついて目を白黒させているバルトロメウス元帥を見下ろした。

 その双眸には、傲慢な権力者への怒りすらなく、ただ現場のルールを平然と執行する冷徹な事務官の光だけが宿っている。


「……ひ、ヒイィッ! な、なんなのだ貴様らは!? 儂の渾身のギガント兵器が、なぜたかが左官セメントごときで止まるのだ!? 反逆だ! ギルド連盟の最高司令官たる儂への、明白な軍事反逆罪であるぞ!!」


 泡を吹いて喚き散らす元帥に対し、アレクは一切の感情を交えず、真っ赤なバインダーに挟んだ複写式の検分調書をバチンとペン先で弾いた。


「反逆などという情緒的な言葉で現場を誤魔化すな。――これより、当該工作物の違法性に関する現場検分結果を読み上げる」


 アレクの透き通った声が、静まり返った大空洞に響き渡る。

 高所のキャットウォークから見下ろす避難民たちも、足場の上で腕を組むエドワードも、ドワーフのバルガンも、息を呑んで聞き入った。


「第一点。車両系建設機械運転技能講習、および大型特殊魔導車両操縦免許の不携帯。……バルトロメウス元帥、お前はこの重量50トンを超える大型掘削車両の公的運転免許を所持しているか?」


「は、はあぁぁぁっ!? め、免許だぁ!? 儂はギルド連盟の元帥ぞ! 最高司令官が兵器を動かすのに、なぜ下層民の現場免許など要るのだ!!」


「無免許運転だな」

 アレクはチェック欄に冷酷なチェックを入れた。

「重機を操縦する資格を持たない素人が、最高司令官という肩書だけでハンドルを握った。道路運送車両管理法第3条違反、および建設現場安全衛生基準第16条違反だ。重機は玩具ではない」


「ぐ、ぐぬっ……!?」


「第二点。事前地盤調査義務の完全な怠慢。地下13階は、軟弱な断層破砕帯と古代魔力配管が交差する特定重要管理区域だ。にもかかわらず、地質ボーリング調査もスウェーデン式サウンディング試験も実施せず、50トンの超重機で突入した。その結果、耐震支持柱を損壊させ、上層の大規模落盤を誘発した。構造計算偽装および重大過失損壊罪に該当する」


「お、おい……儂は軍事作戦を……!」


「第三点。特定騒音規制法第8条違反。ドリル回転時の破砕騒音は百二十デシベルを計測した。地下閉鎖空間における許容騒音基準値八十五デシベルを大幅に超過。現場作業員の聴覚障害リスクを意図的に引き上げた」


「な、何なんだ貴様はぁぁぁっ!?」

 バルトロメウス元帥が頭を抱えて絶叫する。


「第四点。過積載および排ガス規制違反。換気設備のない迷宮内での重油系魔導燃料の無許可燃焼。一酸化炭素中毒誘発未遂罪。……以上の事由により、過失割合は十対ゼロでお前の一方的な責任だ」


 アレクはバインダーを閉じ、冷徹極まる宣告を下した。


「従って、迷宮原状回復規約第百十四条に基づき――この【メガ・ギガ・ドリル戦車】を、現場破壊工作物として『現物差し押さえ』とする。同時に、破損した支持柱および亀裂を生じた地盤の原状回復工事費として、全額賠償請求書を発行する」


「ざ、差し押さえだとぉ!? この戦車には8億ゴールドの建造予算がかかっておるのだぞ! 儂の権力の象徴を奪う気か!!」


「8億ゴールドか。ちょうどいいわねえ」

 アレクの後ろから、コツコツと妖艶なハイヒールの音を響かせて現れたのは、エレノア副ギルドマスターだった。

 紫の煙管をくゆらせ、極上のサディスティックな笑みを浮かべている。


「うふふ、バルトロメウス元帥。あなたがギルド財務部から無断流用した特別軍事予算が、ちょうど8億ゴールドだったのよ。この戦車を即座に解体して、ミスリル装甲板500トンとアダマンタイトビット16基を資材市場で売却すれば、流用金の補填と今回の修繕費にぴったり充当できるわ」


「エ、エレノア副ギルドマスター!? な、なぜ貴様がここに……!?」


「財務監査官として現場に立ち会っているのよ。……安心なさい、元帥。あなたの着服と軍事暴走の証拠書類は、すでに王都の連盟最高裁判所と中央議会へ速達で送っておいたわ。あなたの全財産、王都の一等地の邸宅、そして軍事年金も全て差し押さえの手続きに入っているから」


「あ、あああ……儂の財産が……儂の元帥の地位と退職金がぁぁぁ……!!」

 バルトロメウス元帥は白目を剥き、その場で泡を吹いて後ろ向きに卒倒した。


「連行しろ。地下留置場で頭を冷やさせなさい」

 エレノアが合図すると、駆けつけたギルドの警備兵たちが、気絶した元帥を引きずって連行していった。

 高所の足場の上で見ていたエドワードが、唾を飲み込みながら呟いた。

「……おいおい、あの元帥のオッサン、一瞬でオレ以上の借金王に転落しやがったぞ……。アレクとエレノアのコンビ、敵に回すと世界で一番怖えな……」


 通路に残されたのは、巨大な戦車と、安堵の息を漏らす現場の職人たち。

 だが――アレクの視線は、倒れた元帥ではなく、戦車が抉り取った『岩壁の奥』へと向けられていた。


「アレク先輩、どうかされましたか?」

 シエルが駆け寄り、アレクの視線を追う。

 戦車の巨大なドリルが突き刺さった岩盤の最深部――破砕された玄武岩の奥から、鈍い黄金色の輝きを放つ『何か』が顔を覗かせていたのだ。


「……ドリルが岩盤の深部を穿ったことで、迷宮の隠し部屋が露出したようだな」

 アレクがノギスを片手に、瓦礫の奥へと慎重に歩み寄る。

 そこには、1000年の年月を経ても錆一つ浮いていない、超古代のオリハルコン製金庫が埋もれていた。


「金庫……? 迷宮の岩盤の中に、金庫ですって……!?」

 ルシアが目を丸くして覗き込む。

 その金庫の重厚な扉には、現代では決して並び立つはずのない『二つの紋章』が、左右対称に並んで刻み込まれていたのである。


「左側は……初代冒険者ギルド連盟総帥の紋章。そして右側は……初代魔王の玉座の紋章だ」

 アレクの指先が、二つの紋章をなぞる。

「なぜ敵対していたはずの初代総帥と初代魔王の紋章が、同じ金庫に刻まれているんだ?」


 現場にいた全員が息を呑んだ。

 1000年の歴史の闇に葬られていた、迷宮と戦争を巡る『最大の禁忌』が、今まさに暴かれようとしていた。


「ピキュッ!」

 ポチがアレクの足元からトコトコと金庫の前へ進み出ると、オリハルコンの鍵穴に触手を差し込み、内部のタンブラー構造を液状化して探査し始めた。

 触手の先からカチカチと精密な機械音が響き、内部の魔導鍵の構造がアレクの手帳へリアルタイムで投影されていく。


「二重シリンダー、魔力干渉遮断式の古代ロックだな」

 アレクが工具袋から魔導インパクトレンチを取り出した。

「どんな秘密が隠されていようと、現場で発見された埋蔵工作物の検分と安全確認は現場監督官の責務だ。――開けるぞ」


 1000年の沈黙を破り、禁断の金庫の扉が、今まさに開かれようとしていた。

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