第072話:地盤崩壊! 大規模落盤パニック
ズズズズズ……ゴゴゴゴゴゴッ!!
メガ・ギガ・ドリル戦車が急激に右旋回したその余波は、十三階の地盤に耐え難い局所荷重を集中させていた。
全長50メートル、重量50トンを超える超大型の重装甲兵器が、無理な角度で急旋回を行えば、幅広のキャタピラが地面を抉り取る水平剪断力は想像を絶する暴力となる。
迷宮の石畳はバリバリと音を立てて砕け散り、下層の岩盤へと亀裂が深々と突き刺さっていった。
「まずいぞ! ドリル戦車が急旋回したせいで、第13工区の地層破砕帯にキャタピラの全重量が集中しやがった!」
ドワーフのバルガンが、油圧削岩機を地面に突き立てて踏ん張りながら怒鳴り声を上げた。
床面の玄武岩に、蜘蛛の巣のような巨大な亀裂が網目のように走り、メリメリと嫌な音を立てて10センチ単位で沈下し始めたのだ。
「キャアアアッ!」
「天井だけじゃない、足元の床まで抜けるぞ!」
周辺にいた冒険者や魔族の一般職人たちが足元をすくわれ、悲鳴を上げて次々と転倒する。
さらに、地盤の急激な歪みと不等沈下は、上層――十二階から十一階へと続く吹き抜けの大アーチ天井に連鎖的な崩壊を引き起こした。
バラバラバラッ! ドガガガガッ!
数100年もの年月を耐え抜いてきた巨大な鍾乳石や、かつて通路だった岩盤の破片が、数10メートル上空から雨あられと降り注ぐ。
落下した岩塊が床に叩きつけられるたびに、激しい衝撃波と白い粉塵の噴煙が巻き起こり、回廊の視界は完全に白濁した。
逃げ惑う人々の怒号、恐怖に震える子供たちの悲鳴、そしてドリル戦車の重油エンジンの不快な重低音が入り乱れ、現場はまさに壊滅寸前のパニックに陥っていた。
「全員、無闇に動くな! 頭を抱えて壁際へ屈め!」
若草の風のリーダー、レオが声を枯らして叫ぶが、恐怖に駆られた避難民たちは四方八方へ蜘蛛の子を散らすように走り出そうとする。
落石や崩壊の現場において、もっとも危険なのは『パニックによる無秩序な移動』だ。
視界が塞がれた中で我先にと走り回れば、上から落ちてくる岩塊の直撃を受けるか、崩れかけた床の亀裂に転落して命を落とす。
「シエル! 避難通路の現状はどうなっている!?」
アレクが防塵マスクの隙間から鋭い指示を飛ばす。
「ひ、東側の第一退避路は、落盤によって完全に瓦礫で塞がれました! 西側の連絡階段は、地下水脈の水圧で床が滑りやすく、将棋倒しの危険があります! 安全に数100人を逃がせる避難動線が完全に遮断されました!」
シエルが青ざめた顔で報告する。
ルシアも泣きそうな顔で耳を塞いだ。
「このままじゃ、全員が天井の崩落に巻き込まれて生き埋めになっちゃいます……!」
「落ち着け。図面を見ろ」
アレクはクリップボードの迷宮断面図をパチンと指先で弾いた。
その瞳には、混乱に呑まれる気配など微塵もなかった。
「迷宮の主通路が塞がれたとしても、空調用メンテナンスキャットウォーク――中央換気シャフトの点検歩道が生きている。あそこは古代のアダマンタイトフレームで組まれており、落石に対する耐衝撃強度は主通路の三倍以上だ。上空からの崩落にも耐えられる」
「点検歩道……! ですが主任、あそこは高さ8メートルの高所にあります! 階段もリフトもありません、一般の避難民や怪我人、子供たちが登れるはずがありません!」
ルシアが悲鳴のように叫ぶ。
「登れるさ。――あいつがいる」
アレクの視線の先。
先ほど避難小屋の屋根に防護棚を架設したエドワードが、腰の二丁掛けフックをガチリと握りしめて仁王立ちしていた。
黄色いヘルメットの奥の瞳は、かつての傲慢な光ではなく、現場の命を背負った強い輝きに満ちている。
「おい、エドワード! 聞こえるか!」
アレクの声が、粉塵と轟音を切り裂いて届く。
「聞こえてるに決まってんだろ! なんだアレク! オレにあの高所の換気シャフトまで、避難民全員を登らせる階段を組めって言うんだろ!?」
「理解が早くて助かる。幅一・2メートル、手すり付きの仮設避難階段――通称『ドックステップ工法』だ。高低差8メートル、踊り場を二箇所設けて勾配を三十五度に抑えろ。子供や負傷者でも安全に駆け上がれる設計だ」
「は、8メートルの階段足場を、この落石の中で組めだとぉ!? 制限時間は何分だ!?」
「2分だ」
「短けえよバカ野郎!! 普通なら半日仕事だぞ!!」
絶叫しながらも、エドワードの身体はすでに疾風のように動いていた。
資材置き場に山積みされていた鋼製ステップ踏板と、手すり先行パイプの束を、勇者の超人的な怪力で10本まとめて両肩に担ぎ上げる。
「チッ、元勇者をアゴで使いやがって……! だが、オレの組んだ足場で誰一人死なせねえって、さっき決めたんだよ!」
タタタッ!
エドワードの足が瓦礫を蹴り、垂直な岩壁を直角に駆け上がった。
空中で単管パイプが交差し、直交クランプが噛み合う。
カチャカチャカチャッ! ガガガガッ!
電光石火の早業。
聖剣をミリ秒単位で振るっていた勇者の動体視力と超人的な反射神経が、足場組みの施工精度へと完全に昇華されていた。
垂直パイプが立ち上がり、水平の梁が渡され、斜めの筋交いがガチリと固定される。
一段、二段、三段――。
猛烈な落石の破片がエドワードの黄色いヘルメットをカンカンと叩くが、エドワードは眉一つ動かさず、ただ前方の金具だけに全神経を集中させていた。
水平器など見ずとも、勇者の三半規管がパイプの水平と垂直を完璧に捉えている。
「踊り場連結完了……! 手すり先行配置、よし! 踏板ロックピン、全箇所挿入完了ォォォッ!!」
ドォンッ!
わずか1分40秒。
8メートルの換気シャフトへと続く、頑丈無比な仮設避難階段が、地上と高所を完璧に結びつけた。
手すりには滑り止めの溝が刻まれ、踏板はメッシュ構造で粉塵が溜まらない完璧な仕様だ。
「階段完成だァァァッ! おいお前ら、早く登れ! 手すりをしっかり両手で掴んで、走らずに上がれ!!」
エドワードの怒声が響く。
「す、すごい……! 本当に2分足らずで安全な避難階段を組み上げた……!」
避難民たちが目を見張り、レオたちの誘導灯に従って次々と安全な高所の点検歩道へと駆け上がっていく。
「ありがとう、お兄ちゃん!」
「助かったぞ、元勇者様!」
感謝の声を背中で受けながら、エドワードは照れ臭そうに鼻を擦った。
だが、その安全地帯へ続く階段の根元に向けて――狂気に駆られたドリル戦車の巨大なキャタピラが、粉塵を蹴散らして突進してこようとしていた。
避難民の命を支える階段の支柱を、丸ごと轢き潰そうとする暴走重機。
『邪魔だ邪魔だぁ! 逃げ惑う虫ケラどもなど構うものか! その粗末な鉄パイプの階段ごと粉砕して突破してくれるわ!』
ハッチから身を乗り出したバルトロメウス元帥が、醜悪な笑みを浮かべて怒鳴る。
「てめええええっ! オレの渾身のドックステップ工法に触ろうってのか!?」
階段の踊り場からエドワードが身を乗り出してラチェットレンチを振り上げた。
その時――。
ドリル戦車の直前に、ドンッと巨大な四角い鋼鉄板が突き刺さった。
バルガン親方である。太い眉を逆立て、真っ赤な顔で仁王立ちしている。
「おいコラ、ド素人元帥! 現場の避難路を踏み荒らすたぁ、職人の魂を踏みにじるのと同じだぜ! ドワーフの営繕課長を舐めんじゃねえ!」
さらに、アレクが左官ゴテを右手に、真鍮のノギスを左手に構えてバルガンの横に並び立った。
足元ではスライムのポチが、超粘着性のゼリー液を地面一面に分泌し、キャタピラのグリップ力を奪うトラップを瞬時に展開している。
「避難民の誘導は完了した。――これより、当該不法占有重機の緊急強制停止手順へ移行する」
アレクの冷徹な一言が、大空洞の空気を凍りつかせた。
暴走重機を完全に包囲した現場職人たちの反撃が、今まさに火蓋を切ろうとしていた。




