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『ダンジョン原状回復士の事件簿』〜勇者がぶっ壊した迷宮、敷金全額没収の上で元通りに直して帰ります〜  作者: 六井求真


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第071話:暴走要塞:メガ・ギガ・ドリル戦車

ギャリリリリリリッ! ギガガガガガガガッ!

 バベルの断層迷宮の地下13階、広大な大吹き抜け回廊に、耳を塞ぎたくなるような金属性の摩擦音と岩盤破砕音が反響していた。


 突進してくる【メガ・ギガ・ドリル戦車】は、全長50メートル、全幅15メートル。

 先端にそびえる超大型回転ドリルは、古代アダマンタイトの掘削刃が三層に連なって逆回転を繰り返す二重反転構造となっており、その先端が触れた玄武岩の床は、まるで乾いたビスケットのように一瞬で粉微塵に粉砕されて吹き飛んでいく。

 車体の両側面には、厚さ50ミリの重装甲板と、補助の小型掘削ビットが何本も突き出し、壁を削りながら無理やりに通路を押し広げていた。


『ワーハッハッハッ! 見よ、この圧倒的な破砕力! いかなる迷宮の古代結界だろうと、この我が誇るメガ・ギガ・ドリルの前には紙屑同然よ! 踏み潰せ、押し通れぇぇぇい!!』


 上部司令ハッチから身を乗り出したバルトロメウス元帥が、軍刀を抜いて狂気じみた笑い声を上げる。

 戦車の排気ダクトからは黒い魔導排煙がモクモクと激しく吐き出され、迷宮の吹き抜け空間はあっという間に視界10メートル以下の濃密な排気ガスと粉塵で満たされていった。


「ゲホッ、ゲホッ! 主任、換気設備のない閉鎖空間での重油系魔導燃料の燃焼……一酸化炭素濃度が急上昇しています!」

 ルシアが防塵マスクを鼻と口に当て、濃度測定器の針を睨みながら叫んだ。

 シエルも目元をゴーグルで覆い、手帳に鉛筆を走らせる。

「現場の視界不良度ランクS! さらに床面が破砕された石粉で著しく摩擦係数が低下、転倒災害および接触事故の危険度が跳ね上がっています!」


「換気ファンを回す暇はない。まずは――あの暴走重機の『運動エネルギー』と『動線』を物理的に制圧する」


 アレクは防塵マスクの上から静かな声を響かせた。

 背負った資材袋から取り出したのは、赤と白のトラ模様に塗られた特殊な仮設バリケード用の標識杭だった。


「バルガン親方! レオ! 聞こえるか!」

「おうよ、アレク! いつでもいけるぜ!」

 ドワーフのバルガンが、四角い鋼鉄の盾を構えながら粉塵の向こうから怒鳴り返した。

 その後ろでは、若草の風のレオたち三人が、防塵ゴーグルと黄色い誘導棒を両手に握りしめて身構えている。


「あいつの突進コースを分析した。あの大馬鹿元帥は、最短距離で迷宮の第十四階への連絡大階段を突破しようとしている。だが――あそこは古代のアーチ構造で支えられた『中空スラブ』だ。あんな50トンを超える重量車両が突入すれば、床ごと抜けて地下15階の給水主管へ直撃する」

「な、なんだとぉ!? そいつはヤベエ! 給水主管がブッ壊れたら、十三階から下が丸ごと水没しちまうぞ!」

 バルガンが血相を変えた。


「そうだ。だから奴を、岩盤が強固な『資材仮置き場B工区』――先日の氷結補修で床を厚さ1メートルの強化モルタルで固めたエリアへ誘導する。あそこなら地盤耐力が50トンに耐えられる」


「ゆ、誘導するって……あんな暴走機関車みたいなドリル戦車を、どうやって曲がらせるんですか!?」

 レオが目を丸くして尋ねる。

 アレクは懐から、現場用チョークを取り出し、床の硬い玄武岩にすっと1本の白い矢印を引いた。


「重機の操縦士というものは、前方の視界が粉塵で遮られた時、本能的に『障害物のない方向』か『目立つ誘導標識』に従ってしまう心理がある。――人間の錯視と、誘導灯による視線誘導だ」


「視線誘導……!?」

「レオ、ミュウ、ノア。お前たちの黄色い誘導灯を、十ヘルツの高速点滅に設定しろ。そして資材置き場B工区へ続く側道に向かって、三段階の時差を設けて点滅を走らせるんだ。道路工事の矢印誘導板と同じ原理だ」

「な、なるほど……! 暗闇の中で点滅が流れると、操縦手は無意識にそっちへハンドルを切ってしまう……!」

 斥候のノアが膝を打った。


「よし、若草の風、散開! 誘導点滅開始!」

 レオの号令とともに、三つの黄色い光が粉塵の中でリズミカルに走った。

 ピカッ、ピカッ、ピカッ――と、光の矢印が暗闇の側道へと流れるように点滅を繰り返す。


 その瞬間、ドリル戦車の狭い覗き窓の中で、元帥専属の操縦兵が叫んだ。

『げ、元帥閣下! 前方の煙の奥に、明かりが見えます! 下層へ通じる脱出路を示す誘導灯のようです!』

『ぬ? 下層民どもが逃げ惑っている方向か! よい、そちらへ舵を切れ! 逃げ遅れた連中ごと押し潰して通れぇい!』


 キュルルルルッ!

 金属のキャタピラが右旋回を始め、50メートルの鋼鉄の怪物が、アレクの計算通りに頑丈な資材置き場B工区へと頭を向けた。


「かかったな、タヌキ親父め!」

 物陰から見ていたエドワードがニヤリと笑った。

 だが、安堵の時間は1秒もなかった。


 ギガガガガッ!

 ドリル戦車の進路上、資材置き場の手前にある避難用シェルターの屋根に向けて、頭上の岩天井から巨大な落盤が直撃しようとしていたのだ。

 ドリルの凄まじい低周波振動によって、天井の脆弱な玄武岩層が限界を迎えたのである。


「あ、危ない! 避難小屋に、逃げ遅れた魔族の子供たちが隠れています!!」

 ルシアが悲鳴を上げた。

 巨大な3トン級の岩塊が、天井の亀裂から剥がれ落ち、避難小屋の屋根めがけて真っ逆さまに落下していく。

 小屋の中からは、小さなコボルトやゴブリンの子供たちの泣き叫ぶ声が聞こえていた。


「――チッ、オレの出番だな!!」


 風を切り裂いて飛び出したのは、腰の二丁掛け安全帯をジャラリと鳴らしたエドワードだった。

 両肩に担いでいるのは、4メートルの足場用単管パイプ2本と、超高張力ワイヤーメッシュ。


「神速跳躍術――鳶の型ァァァッ!!」


 エドワードの驚異的な跳躍が、瓦礫の山を蹴って宙を舞った。

 落盤の落下速度と、エドワードの跳躍速度。

 二つのベクトルが交差する避難小屋の屋根の直上で、元勇者は空中でパイプをクロスさせ、両手のラチェットレンチを光速で回転させた。


 ガガガガッ! カチッ、カチッ!


「落下防止防護棚、トラス構造瞬時架設完了ォォォッ!!」


 ドゴォォォォォンッ!!

 3トンの岩塊が、エドワードが組んだばかりの鋼製防護棚に激突した。

 凄まじい衝撃音が響き、火花が散る。

 だが、絶妙な角度で組まれたトラス構造が落下のエネルギーを逃がし、岩塊は粉々になって側面の空き地へと転がり落ちていった。

 小屋の中の子供たちは、かすり傷一つ負っていない。


「……は、弾いた……!?」

 下で見上げていたルシアが息を呑んだ。

 エドワードは防護棚のパイプの上に片足で仁王立ちし、親綱フックをカチャリと掛け替えて親指を立てた。


「へっ! 主任鳶補佐エドワード様を舐めんな! オレの足場の下にいる奴は、天井が落ちてこようが神の雷が落ちてこようが、絶対に無傷で守り抜くぜ!」


 子供たちから「お兄ちゃんかっこいい!」と歓声が上がる。

 だが、そのエドワードの足元へ向けて、進路を変えたドリル戦車が、猛烈な砂煙を巻き上げながら迫っていた。


『目障りな虫ケラめ! 棚ごとすり潰してくれるわ!』

 バルトロメウス元帥が血走った目で叫ぶ。

 巨大なドリル刃が、エドワードの足場と避難小屋に激突するまで――あとわずか10メートル!


「おいおいおい!? アレク、早くなんとかしろ! オレは子供は守ったが、あんなデケエ鉄の塊を正面から受け止めるのは鳶の仕事じゃねえぞ!!」

 足場の上からエドワードが冷や汗を流しながら絶叫する。


 その瞬間――。

 粉塵を切り裂いて、太い腕に巨大な油圧削岩機を抱えたバルガンが躍り出た。

 その横には、真鍮のメジャーをピンと水平に張ったアレクが冷徹に立っている。


「エドワード、その足場から動くな。――バルガン親方、標的は右側キャタピラの第三転輪だ」

「応よ! 重機を止めるにゃ、足を潰すのが現場の定石だぜ!」


 迎撃の瞬間が、コンマ1秒の静寂とともに訪れようとしていた。

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