第062話:氷結貴族、エアコン室外機に就職
新設された熱交換バイパスダクトが、ゴオオオオと心地よい排気音を響かせていた。
氷の玉座の上では、全身から冷気を吸い尽くされた氷結貴族アルベールが、白銀の長髪をボサボサに乱し、青いマントを毛布のように体に巻きつけてガタガタと震えていた。
「ハ、ハックションッ!! さ、寒い……! 我が……我が手足が、棒のように冷え切って……動かん……!」
かつて冷酷な笑みを浮かべて「世界を永久の氷河期に閉ざす」と豪語していた美形幹部の面影は、もはやどこにもなかった。魔力の急激な消耗と自己発生した冷気の逆流により、極度の低体温症に陥っていたのだ。
「自業自得じゃな」
バルガンが巨大スパナを肩に担ぎ、呆れたように見下ろした。
「部屋の換気も考えずにクーラーを最強にして寝たら、誰だって風邪を引くわい。3歳のドワーフのガキでも知っとる常識じゃ」
「ぐぬぬ……! ドワーフ風情が……我が公爵家の崇高なる魔力をクーラーなどと……!」
アルベールが涙目で睨み返すが、唇がガチガチと鳴って威厳のかけらもない。
そこへ、黄色い安全ヘルメットを被ったアレクが、現場用バインダーをパチンと鳴らしながら歩み寄ってきた。
「おい、アルベール」
「な、何だ貴様……! これ以上、我を愚弄する気か……!」
「査定結果が出たぞ」
アレクはバインダーの用紙を一枚、アルベールの鼻先に突き出した。
「第十二階層における違法冷気放出に伴う損害賠償査定書だ。主給水本管緊急解氷費、熱交換バイパス新設工事費、床面防滑コーティング施工費、換気ダンパー遠隔制御改修費。――差引ご請求総額、**【3200万ゴールド】**だ」
「さ、三千二百万……!?」
アルベールの顎が外れんばかりに落ちた。
「ふ、ふざけるな! なぜ我がお前たち土方にそんな大金を払わねばならんのだ! 我が公爵家は魔王軍の軍事費から一銭も出さんぞ!」
「払わなくていいわよ♡」
優雅な足音とともに、甘い紫煙が漂ってきた。
現れたのは、ギルド連盟財務最高責任者のエレノアだった。手に持った煙管から紫煙を吐き出し、艶やかな笑みを浮かべてアルベールを見下ろしている。
「エ、エレノア副ギルドマスター!?」
シエルが驚いて声を上げた。
「エレノア様、いつの間に第十二階層まで……!?」
「アレクちゃんから『面白い大型冷房機材が手に入った』と連絡を受けたから、早速見に来たのよ」
エレノアはアルベールの前にしゃがみ込むと、煙管の先端でツンツンとアルベールの額を突いた。
「アルベールちゃん。あなたの実家である魔王領のアルベール公爵家、実はわたくしたちギルド連盟の国境銀行に、多額の債権を持っているのよ。もしあなたがこの3200万ゴールドを踏み倒すなら、公爵家の口座資産を国際規約に基づいて全額凍結・差し押さえするけれど……どうするかしら?」
「な……ななな……!?」
アルベールの顔から、すべての血の気が引いた。
「こ、口座差し押さえだと……!? そ、そんなことをされたら、我が公爵家の領地経営が破綻する……! 父上に殺される……!」
「そうでしょうねえ♡」
エレノアは妖しく目を細めた。
「でも、安心なさい。わたくしはとても慈悲深い女よ。現金で払えないなら、あなたのその特異体質――無尽蔵に冷気を生み出す優秀な魔力を、現物役務として提供してもらえれば、借金をチャラにしてあげるわ」
「げ、現物役務……? 何をさせようというのだ……!?」
アルベールが怯えた声で尋ねた。
アレクがバインダーを指先で弾いた。
「役職は決まっている。――**【第一冷凍機室長】**だ」
「れいとうき……しつちょう……?」
「そうだ」
アレクは新設された吸気フードの金網を指差した。
「この第十二階層のバイパス吸気口の上に、お前の専用座席――防護金網付きの『冷房コンプレッサー室』を設置した。お前は毎日、朝9時から夕方17時まで、そこに座って適度な冷気を吐き出し続けるだけでいい。隣の第8工区の熱気と混ざり合い、迷宮全体の温度を快適な二十四度に保つ大事な仕事だ」
「わ、我が……空調設備の機械の代わりに……座り続けると……!?」
「役職手当として、毎日温かい生姜湯三杯と、王都特産の高級羽毛布団を現物支給してやる。地下5階のボイラー室長(アフロ頭のドレイク)とお揃いの特別待遇だぞ」
「ド、ドレイクとお揃い……!?」
アルベールが目を白黒させる。
そこへ、ルシアが手帳を持って進み出た。
「アルベール様、魔王軍営繕課としても、この雇用契約を全面的にバックアップします! あなたが冷気を出し続けてくだされば、魔王領側の第8工区の熱帯農業ハウスが1年中快適になって、美味しい魔界メロンが収穫できるようになるんです! 魔王軍の食糧増産に貢献できますよ!」
「メ、メロン……? 我が至高の絶対零度が、メロン栽培の役に立つのか……?」
アルベールがポカンと口を開けた。
「立ちまくりじゃ!」
バルガンが豪快に笑った。
「無駄に戦争ごっこして配管を壊すより、メロン作って美味い酒呑む方が百倍マシじゃろうが! ほれ、契約書にサインせんか!」
差し出された契約書に、アルベールは震える手で羽ペンを走らせた。
「う……うう……我は……我は選ばれし氷結貴族……それが……エアコン室外機になるなど……」
「はい、契約成立ね♡」
エレノアが満足そうに契約書を回収した。
エドワードが足場の上から黄色いヘルメットを押さえながら、しみじみと呟いた。
「……仲間ができたぜ。オレと同じ、現場の強制就労組だ……」
「エドワード様、先輩風を吹かせる前に、あちらの単管パイプを片付けてくださいね♡」
「へーい……」
クロがアレクの肩の上で、満足そうに羽ばたいた。
「ケケッ! ボイラー室長のドレイクと、冷凍機室長のアルベール! 暖房と冷房の二大巨頭が揃ったじゃねえか! これで国境迷宮の空調インフラは年中快適、空調費ゼロの神物件だな!」
「ああ。現場にある熱源と冷源を適材適所で組み合わす。それが職人の知恵だ」
ポチが「ぷるるーっ!」と鳴き、アルベールの足元に駆け寄って、冷気で固まりかけた爪先をぷるぷると温めてやった。
「な、何だこの黄色いスライムは……? 温かい……妙に心地よいではないか……」
アルベールが戸惑いながらもポチの頭をそっと撫でると、ポチはハート型にぽよんと弾んで見せた。
アレクは懐中時計を取り出し、カチリと蓋を開いた。
「16時55分。第十二階層の熱交換空調化工事、および新任室長の着任式、これにて完了。定時まであと5分、道具を片付けて詰所へ戻るぞ」
「「「了解!!」」」
エレノアが紫煙をくゆらせながら、アレクの肩に手を置いた。
「アレクちゃん、また一件落着ね。あなたの施工手腕には、毎回惚れ惚れするわ♡ 今夜も美味しいお酒を開けてあげるわね」
「残業代込みでビールだな」
アレクのいつもの返答に、現場は和やかな笑いに包まれた。
「ふふ、アルベール様もポチさんの魅力には抗えませんね♡」
シエルが微笑み、リリアナも手帳の問診票に「精神状態:安定傾向」と丸をつけた。
こうして、王都を恐怖に陥れるはずだった中二病貴族は、国境迷宮の誇り高き「第一冷凍機室長」として、新たな現場生活の第一歩を踏み出したのだった。
冷たい氷の回廊に、新たな職人の温かな日常が根付き始めていた。




