第061話:ダクト配管の緊急バイパス工事
マイナス二十度の冷気が渦巻く第十二階層の主回廊。
ポチの不凍液コーティングとエドワードの粗目砂散布によって、足元の安全通路は完璧に確保されていた。靴底のスパイクがガッチリと路面を噛み、滑って転倒する危険はゼロになった。作業員たちの動きに、迷いと恐怖は微塵もなかった。
「よし、足元ヨシ! 次は本設ダクトの接続工事だ!」
アレクが魔導インパクトレンチの先端ビットを六角ソケットへと素早く交換した。手元の動きは滑らかで、一切の澱みがない。
「工期はあと15分。アルベールの冷気放出管を、第8工区の熱帯排気ラインへ直結する本設バイパスを敷設するぞ。バルガン、受けを持て!」
「おうよ! 任せとけい!」
バルガンが巨大な鋼鉄スパナを両手で構え、天井から吊り下げられた直径一・5メートルの鋳鉄製スパイラルダクトのフランジ(継手金具)をガッチリと挟み込んだ。丸太のような腕の筋肉が盛り上がり、数10キロの金属ダクトがビクとも動かずに固定される。
「シエル、ルシア、耐熱・耐寒ガスケットを挟め!」
「はい、主任!」
「お任せください!」
シエルとルシアが脚立に登り、アスベストフリーの特殊魔法ゴム製パッキンを二枚のフランジの間に挟み込んだ。シエルが隙間のクリアランスをノギスで測り、ルシアが気密グリスを指先で均等に塗り広げる。種族は違えど、完全に息の合った職人コンビの連係プレーだった。
「ガスケット挿入、クリアランスゼロです!」
「ボルト穴、ピッチ確認完了です!」
「よし、締め込みいくぞ!」
アレクが脚立を駆け上がり、腰の釘袋から高張力ボルトを抜き取ると、指先で六角ナットを仮締めした。
そして――。
ガガガガッ! キュルルルン!
魔導インパクトレンチが、耳をつんざくような快音を立てて火花を散らした。
アレクは対角線を描くように、8本のボルトを均等なトルクで締め上げていく。締め付け順序は、一、五、三、七、二、六、四、八――片締めによる気密漏れを防ぐための、完璧な交差締め付け(クロス締め)だった。
「規定トルク、百八十ニュートンメートル。本締め――完了!」
アレクは首から下げた真鍮の魔法メジャーを引き出し、ダクトの吊り金具の間隔を計測した。
「ピッチは2メートル均等。耐震振れ止め金具は三箇所にクロス配置だ。これで震度五の迷宮地鳴りでもダクトが脱落することはない」
「完璧な施工管理ですね、主任!」
シエルが目を輝かせ、ルシアも「私も早くここまで正確にピッチを取れるようになりたいです!」と手帳にメモを取る。
カチン! とトルクレンチのクリック音が澄んで響き、ダクトの継手が完璧に一体化した。
その光景を、氷の玉座の上からアルベールが目を吊り上げて睨みつけていた。
「き、貴様ら……我が神聖なる絶対零度の回廊で、カンカンガタガタと無粋な音を立ておって……! 我が冷気は、人間と魔族の境を断ち切る絶対の壁なのだぞ! なぜそんな煙突のような鉄パイプを我が頭上に繋ぎ合わせるのだ!」
「煙突じゃねえ、お前の冷気を再利用するための吸気フードだ」
アレクが脚立の上から見下ろした。
「お前、さっきから無駄に魔力を垂れ流して、顔色が悪くなってるぞ。唇が紫色だ」
「な……なな、何を言うか! 我は氷結貴族! 寒さなど……我が誇り……クシュンッ!」
アルベールが盛大にくしゃみをした。青いマントを震わせ、鼻の頭が真っ赤になっている。
「ほら見ろ、自分で冷気を出しすぎて自分が風邪を引いてるじゃねえか。冷え症のくせに無理するな」
「だ、誰が冷え症かァァッ! 無礼な! ならば我が最大冷気で、その小賢しい鉄パイプごと粉砕してくれるわ!!」
アルベールが意地になってレイピアを突き出し、超極大の吹雪をドバドバと放出し始めた。
しかし。
アレクは慌てるどころか、腰の真鍮レバーに手をかけた。
「バルガン、吸気ダンパー全開!」
「合点承知の助じゃァッ!!」
バルガンが壁の巨大なギアを回すと、ゴゴゴゴと音を立てて換気口のシャッターが最大角度で開いた。
――ヒュオオオオオオオオオッ!!
新設された直径一・5メートルのバイパスダクトが、猛烈な吸引力を発生させた。
アルベールのレイピアから噴き出した超冷気は、回廊に広がる暇もなく、まるで巨大な掃除機に吸い込まれる埃のように、すべて頭上のダクトの中へと一直線に吸い込まれていったのだ。
「な……何ぃっ!? わ、我が冷気が……吸い込まれていく……!? 腕が……腕が持っていかれるぅぅっ!」
アルベールが風圧で引きずられ、レイピアを取り落としそうになる。
「風速、毎秒25メートル! 冷気回収率、九十九・八%です!」
シエルが風速計を掲げて歓声を上げた。
「隣の第8工区へ冷気が送られました! 五十度だった溶岩ダクトの温度が、一気に二十三度まで下がっています! 熱暴走が止まりました!」
ルシアも跳ね起きて叫んだ。
「主任! バイパス大成功です! 配管の破裂も防げて、熱帯区画の冷却まで同時に完了しちゃいました!」
「よし」
アレクは脚立から飛び降り、満足そうにツナギのポケットに手を突っ込んだ。
シエルが手帳を開き、真剣な表情でペンを走らせた。
「バイパスラインの圧力損失、許容範囲内です! これならアルベール様がどれだけ冷気魔法を暴発させても、すべて第8工区の冷却熱量として安全に消費されます!」
「うむ! 魔王軍の営繕課としても、長年悩まされとった第8工区の熱気対策がタダで片付いて万々歳じゃわい!」
バルガンが髭を撫でて高笑いした。
「あのアホ幹部、自分が迷宮を凍らせて英雄になるつもりが、タダ働きの冷却装置にされたとは夢にも思っとらんだろうな!」
「現場の知恵は、どんな貴族の魔法よりも偉大ですね♡」
ルシアも嬉しそうに胸を張った。
「これにてバイパスダクト配管工事、完了だ。指さし確認いくぞ」
「「「「「ヨシ!!!!」」」」」
全員の力強い唱和が響き渡る中、玉座の上では、魔力を吸い尽くされた中二病貴族が、フラフラと立ち上がろうとして膝から崩れ落ちていた。
ポチが足元で「ぷるるっ!」と鳴き、余った生姜湯の湯気に体を当てて気持ち良さそうに温まった。
「ポチさんも温まって何よりですね♡」
リリアナが救急鞄から温かい生姜湯の入った水筒を取り出し、アルベールの前に差し出した。
「アルベール様、お顔が真っ青ですよ♡ 冷え症にはこの特製生姜ポーションがよく効きますから、飲んで体を温めてくださいね♡ 一杯につき金貨一枚、請求書は公爵家へ回しておきますね♡」
「た、高い……! 生姜湯一杯に金貨一枚だと……!?」
アルベールがガタガタと震えながら叫ぶ。
エドワードが足場の上から見下ろしてニヤリと笑った。
「ざまあみろ、冷気野郎! オレたちの現場の力、思い知ったか! お前も早くツナギを着て、一緒に泥を運ぶといいぜ! いい汗かいて体が温まるぞ!」
「貴様のような下っ端作業員と一緒にするなァッ!」
クロがアレクの肩の上でケケケと嘴を鳴らした。
「ケケッ! 強がりを言っても、もう手元がプルプル震えてやがるぜ! さあ旦那、この冷気垂れ流し男の処分を決めてやりな!」
「ぷるるーっ!」
ポチも元気よく跳ね、アルベールの玉座の周りを威風堂々と一周した。
第十二階層の空気は、心地よい二十度の春風へと完全に安定していたのだった。




