第059話:アレクの即断:熱交換サイクル工法
マイナス三十度の極寒の回廊。
凍結破裂寸前の主給水本管を救うため、アレクの冷徹にして完璧な現場指揮が炸裂した。
「全工程、3分で終わらせるぞ! 工程表通りに動け!」
アレクが拡声器を口元に当てて怒号を飛ばした。現場の張り詰めた空気を切り裂く、親方の雷だった。
「工法名は――**【熱交換バイパス・逆サイクル冷暖房化工法】**だ!」
「ね、熱交換……逆サイクル……!?」
氷の玉座の上で魔力を放ち続けていたアルベールが、眉をひそめた。
「何をわけのわからぬ呪文を唱えておるのだ、黄色い帽子の虫けらが!」
「呪文じゃねえ、空調工学のイロハだ!」
アレクはバインダーを叩き、ルシアとシエルに指示を飛ばした。
「ルシア! この第十二階層の真横を走っている、第8工区の『熱暴走排気ダクト』――あそこのダンパー(風量調節弁)を開けろ!」
「は、はいっ!」
ルシアが図面を抱えて頷いた。
「第8工区は、地熱マグマの熱気がこもって常に気温五十度を超える熱帯区画です! あそこの排気ダンパーを開放すると、大量の高温空気がこの回廊に流れ込んできます!」
「そうだ。そしてシエル!」
「はい、主任!」
「天井の第一換気ファンを逆回転させろ! 高温空気と、あいつの垂れ流している超冷気を、回廊の中央――主給水本管の手前で強制衝突させる!」
「な……なるほど!!」
シエルが目を見開き、パッと顔を輝かせた。
「高温の空気で冷気を中和しつつ、その温度差を利用して『熱交換サイクル』を回すのですね! そうすれば、給水本管の周囲だけを常温の十五度に保つことができます!」
「その通りだ。冷気も熱気も、単体で見れば厄介な災害だが、混ぜ合わせればただの快適な送風になる。――エドワード!」
「は、はいっ!?」
エドワードがスコップを構えて直立不動になる。
「お前はバルガンと一緒に、熱気ダクトと冷気ダクトを繋ぐ『仮設風道』の単管足場を組め! 高さ5メートル、幅3メートルだ!」
「た、単管足場……!? オレが足場を組むのか!?」
「高いところは得意なんだろ。ぐずぐずするな、1分で組み上げろ!」
「やってやるよぉぉぉっ!!」
エドワードの勇者の体幹が唸りを上げた。
彼は単管パイプを両肩に担ぎ、ツルツル滑る氷の床の上を、驚異的なバランス感覚で疾走した。
――ガツン! カチリ! キュルルルン!
エドワードはラチェットレンチを電光石火の勢いで回転させ、直角クランプをガチガチと締め上げていく。聖剣技で培われた精密な手の動きが、足場の組み立てにおいて神がかったスピードを発揮していた。
「おいおいおい! 見ろよ旦那!」
アレクの肩の上で、クロが翼をバタつかせて叫んだ。
「エド坊の野郎、足場組みの才能が異常だぜ! 水平垂直が狂いなくピタリと出てやがる! プロの鳶職人でもあんなスピードで組めねえぞ!」
「ぷるるーっ!」
ポチも驚いて黄色い目を丸くする。
「よし、足場完成じゃ!」
バルガンが巨大スパナで最後のジョイントを叩き込み、雄叫びを上げた。
「アレク! 風道ダクトのフレームは据え付け完了じゃぞ!」
「上出来だ! シエル、耐火・断熱フレキシブルダクトを展張しろ!」
「はいっ! 《風導展張・マジックダクト》!」
シエルが魔力を込めると、蛇腹状の巨大な銀色のダクトが、エドワードの組んだ足場に沿ってシュルシュルと天井一面に広がっていった。
その先端が向かった先は――。
優雅に玉座に座り、両手から冷気をドバドバと垂れ流しているアルベールの、真上と背後だった。
「な……何だこれは!? 我が周囲を銀色の巨大な蛇のような筒が取り囲んで……!?」
アルベールが狼狽した。
「アルベール、お前は動くなよ」
アレクがインパクトレンチを構えて言った。
「お前のその冷気は、今から迷宮全体の冷房エネルギーとして全量回収する。一ワットも無駄にはせん」
シエルが懐から電卓型の魔導計算機を取り出し、冷徹に数字を叩いた。
「アルベール様! あなたの冷気放出量は、すでに一般住宅百戸分の年間暖房エネルギー消費量に匹敵します! このエネルギーを有効活用しない場合、環境破壊税として追加で罰金が科されますよ!」
「か、環境破壊税だと……!? 魔王軍の軍事活動に税金をかける気か!」
「合同安全協定第15条、『現場における未利用エネルギーの強制回収条項』です! 文句はギルド財務のエレノア副ギルドマスターへどうぞ!」
「な……何をふざけたことをォォッ! 我が崇高なる絶対零度を……回収だとォォッ!?」
アルベールが逆上してレイピアを突き出した瞬間。
ゴオオオオオオオオオッ!!
ルシアが遠隔操作で開いたダンパーから、五十度のマグマ熱風がダクトを通って猛烈な勢いで吹き込んできた。
冷気と熱気が、アルベールの周囲で激しく渦を巻く。
そして、その中央に横たわる主給水本管の周囲だけ、奇跡のように氷がサラサラと解け落ち、メーターの針がマイナス三十度から、マイナス十度、ゼロ度、そして――。
カチリ。
**【プラス十五度】**。
完璧な安全適正温度へと、針がピタリと停止した。
「……あ」
シエルが真鍮の寒暖計を見つめ、息を呑んだ。
「配管周囲の温度……常温復帰完了です! 管内圧力、通常値に復帰! 凍結破裂の危険、完全に回避されました!!」
「「「「おおおおおっ!!!!」」」」
ルシア、バルガン、リリアナ、そして足場の上でラチェットレンチを掲げたエドワードの歓声が、回廊に轟き渡った。
職人たちの熱交換工法が、中二病貴族の絶対零度を、見事にねじ伏せた瞬間だった。
ルシアがアレクに駆け寄り、胸の前で両手をギュッと合わせた。
「主任! 本当に……本当に熱気と冷気の中和だけで、配管を守っちゃいました! こんな工法、魔王軍のどの教科書にも載っていません!」
「教科書に頼るな。現場にあるエネルギーの出納を見ろ。出ている熱を捨てずに、足りない冷気とぶつける。それがエコ施工の基本だ」
アレクの淡々とした解説に、ルシアは目を潤ませてコクコクと頷いた。
「エコ施工……! なんて環境に優しくて力強い言葉……!」
足場の上では、エドワードが自分の手の中に握られたラチェットレンチを見つめていた。
「オレ……組めたぞ……。高さ5メートルの単管足場を、1分足らずで……」
リリアナが下からエドワードを見上げて、パチパチと拍手をした。
「エドワード様、見直しましたよ♡ 剣を振り回している時よりも、レンチを回している時の方が、ずっと輝いて見えます♡」
「本、本当か!? リリアナ、オレを見直してくれたのか!?」
「ええ♡ でも借金の1億2000万ゴールドは1ゴールドも減っていませんから、しっかり働いてくださいね♡」
「やっぱり現実は甘くねええええっ!!」
クロがアレクの肩の上で大笑いした。
「ケケケッ! エド坊、飴と鞭の使い分けが絶妙だな! さあ旦那、次は床の始末だぜ!」
「エド坊、いい腕じゃったぞ!」
バルガンが下から親指を立てて笑いかけた。
「パイプの継手にかかるガタつきがゼロじゃ! オメエ、根っからの鳶の素質があるわい! 日当100ゴールド上げてやりたいくらいじゃ!」
「ほ、褒められた……!? ドワーフの親方に……!?」
エドワードの胸に、熱い誇らしさがこみ上げてきたのだった。
残された問題はただ一つ、ツルツルに凍りついた広大な床面だけだった。




