第058話:配管破裂の危機と職人たちの激怒
ヒュララララララッ!!
氷結貴族アルベールが掲げた氷結晶のレイピアから、青白いプラズマのような超極低温の冷気波が放射状に解き放たれた。
第十二階層の回廊全体が、ゴキゴキと音を立てて凍りついていく。壁の隙間に入り込んだ大気中の水分が一瞬で氷結し、石の組織を内側から無理やり押し広げる不気味な破砕音が至る所で響いた。
「フハハハ! 我が秘奥義《絶対零度・永久回廊》! どうだ、この神話の吹雪の美しさは! 貴様らの無様なツナギごと、氷の標本にしてくれよう!」
アルベールが陶酔の叫びを上げる。
しかし、その美しい氷の吹雪の下で――。
――ミシッ……ピキキキキッ!
壁の奥深くに埋設された主給水本管から、悲痛な金属の悲鳴が響き渡った。
「主任! 壁内温度、マイナス二十五度に到達しました!」
シエルが真鍮の聴診器を凍りついた壁面に押し当て、血相を変えて叫んだ。長いエルフ耳が寒風に震えている。
「主給水本管の表面に霜がびっしり張り付いています! 管内の水が外周から凍結を始め、中心部の水圧が通常の五倍に跳ね上がっています! フランジの接合ボルトが内圧で外側に歪んでいます!」
「くそっ……! いよいよ凍結破裂の一歩手前だ!」
アレクが奥歯を噛み締めた。
「水は凍ると体積が約11分の一増える。逃げ場のない閉塞配管の中で膨張が起きれば、数トンの水圧となって鋳鉄の壁を突き破る! 破裂したら最後、このフロアの天井ごと高圧水流で吹き飛ぶぞ!」
バルガンはもじゃもじゃの白髭を逆立て、唾を飛ばしながらスパナの先端をアルベールに突きつけた。
「おい、アルベール! この給水本管はな、300年前にお前の先祖とワシらの先代親方が、血の汗を流して地下200メートルまで手掘りで埋設した歴史的構造物なんじゃぞ! それをテメエのような温室育ちの若造が、たかが中二病の格好つけで割ってええわけがなかろうがァッ!」
「こ、公爵家の神聖なる魔術を中二病などと……! 無礼千万な!」
「事実じゃボケが! 現場をナメ腐った貴族なんぞ、ドワーフの国じゃ尻叩き百回の刑じゃ!」
「テメエの道楽で配管を壊すんじゃねえェェェッ!!」
バルガンが怒髪天を衝く勢いで巨大スパナを構えた。
「おい、ルシア! 緊急バイパス弁の解氷はまだか!」
「だ、ダメです課長!」
ルシアが凍りついた配管ピットの蓋にしゃがみ込み、涙目で小型バーナーを当てていた。
「バイパス仕切り弁のハンドルが、厚さ30センチの永久氷に覆われててびくともしません! 手動で回せません!」
「チッ、ハンドルが凍結固着してるか!」
アレクが走り寄った。足元のアイゼンが氷をガリガリと削る。
「シエル、高圧スチーム解氷機を持ってこい!」
「はいっ!」
シエルが背嚢から取り出したのは、魔導ボイラーを内蔵した高圧温水スプレーだった。真鍮のノズルから、シュボオオオッと百二十度の高熱蒸気が勢いよく噴き出す。
「ルシア、ノズルの先端をハンドルのスピンドル(軸部)に集中させろ! 全体を温めるな、熱伝導で軸受の氷だけをピンポイントで溶かす!」
「は、はい、主任!」
ルシアがアレクの指示に従い、ノズルをハンドルの軸元へと押し当てた。ジュウウウウッと白い蒸気が激しく噴き上がり、凍りついていた氷の塊が急速にシャーベット状へと融解していく。
「回るか!?」
「あ、動きました! ハンドルが回ります!」
ルシアが歓声を上げ、小さな腕で必死に真鍮のハンドルをグルグルと回した。
――ギギギギッ……ゴボボボボッ!
配管の奥で、閉じ込められていた高圧水が別の逃げ道へと流れ込む、重々しい水流音が響いた。
「よし! バイパス開放成功! 主配管の内圧、三〇%低下しました!」
シエルが測定器を見つめて叫んだ。
しかし。
玉座の上でその様子を見下ろしていたアルベールが、不快そうに目を吊り上げた。
「……何をごちゃごちゃと小細工をしておるのだ。ネズミどもめ。我が氷を蒸気などで溶かそうとは……無礼な!」
アルベールが冷気レイピアを振るった。
瞬間、さらに巨大な氷の槍が3本、頭上からシエルとルシアのいる配管ピット目がけて真っ直ぐに突き落とされた。
「きゃあっ!?」
「危ねえ!」
ガガガガッ!!
横から飛び込んできたバルガンが、巨大スパナを一閃させて氷の槍を粉々に叩き割った。氷の破片がキラキラと飛び散る。
「テメエ、職人の作業中に頭上から物を落とすとは何事じゃァッ!! 落下物防護措置違反で死刑じゃボケが!!」
「フン、所詮は虫けらの足掻きよ! ならば我が冷気をさらに十倍に強め、この空間の分子運動そのものを停止させてくれよう!」
アルベールが両手を広げ、全身の魔力を解放し始めた。
周囲の空気が青白いオーラとなって渦を巻き、気温計の針がマイナス三十度へと突入していく。
「あ、あいつ……本気でこの迷宮を丸ごと凍らせて砕く気だ……!」
エドワードがスコップを杖にして叫んだ。
「主任! このままではバイパス管ごと再び凍結してしまいます!」
ルシアが悲痛な声を上げる。
だが、アレクの瞳には、焦りなど微塵もなかった。
彼の真鍮メジャーが、天井の換気ダクトと、アルベールの背後にある排気口の寸法を、冷徹に測り終えていた。
アレクは首元から真鍮の魔法メジャーを引き出し、シュルシュルと音を立てて巻き戻した。
「シエル、ルシア、よく聞け。あいつの放っている冷気は、魔力による純粋な熱量吸収だ。つまり、毎秒およそ100万キロカロリーの冷却能力がある」
「ひゃ、100万キロカロリー……!? 王都の中央冷蔵倉庫の十倍以上の出力です!」
「そうだ。あんな超巨大な冷熱エネルギーを、ただ配管を壊すためだけに垂れ流しておくのは、現場の資源管理上、言語道断の浪費だ。熱力学第二法則、エネルギー保存則を無視した素人工事だ」
「熱力学……! 主任、あいつの冷気をどうするおつもりですか?」
「逆利用する。あいつをそのまま、迷宮の巨大空調設備の『冷凍圧縮機』として組み込む」
「……よし。計算は完了した」
アレクがバインダーを腰に収め、愛用の魔導インパクトレンチを右手に握り直した。
「相手が馬鹿正直に冷気を垂れ流し続けるなら、利用してやるだけだ。職人の喧嘩の買い方を教えてやる」
リリアナが救急鞄から温熱湿布を取り出し、シエルとルシアの首筋に手際よく貼り付けた。
「お二人とも、冷気で首の血管が収縮していますよ♡ しっかり温めてくださいね♡ ……それにしても、あの上級貴族様、ずいぶんと威勢がいいですが、あとで自分の請求書を見たときの顔が楽しみですね♡」
「ケケッ! リリアナの姉ちゃんの毒舌は、どんな吹雪よりも冷えて切れ味抜群だぜ!」
クロがアレクの肩の上で大笑いした。
「おい、エド坊! お前もビビってねえで、次の足場材を運んでこい!」
「運んでるよ! オレだって……オレだって、こんな中二病野郎に負けてたまるか!」
エドワードが震える手で単管パイプを担ぎ上げた。
職人たちの反撃の狼煙が、極寒の回廊で静かに上がったのだった。
ポチがアレクの足元で「ぷるるーっ!」と鳴き、背中の不凍液タンクのノズルをカチリと構えた。
「よし、ポチ。床面の防滑コーティング班、出動だ!」
「ぷるっ!」
黄色い現場スライムが、凍てつく氷上へと勢いよく飛び出していった!




