第044話:最深部で発見された「巨大送電管」
地下5階の復旧工事も大詰めを迎え、散乱していた瓦礫の撤去作業が順調に進んでいた。
アフロ頭のクリムゾン・ドレイクは、自らの『ボイラー室長』としての役職に早くも誇りを覚えたのか、ドームの隅で心地よい微温風をプシューと吐き出しながら、換気ダクトの除湿を嬉々としてこなしていた。エドワードはその横を、涙目で土嚢袋を担いで往復している。時折ドレイクから「小僧、腰が高いぞ」と煙を吹きかけられ、情けない悲鳴を上げていた。
そんな中。
崩落した耐力壁の最奥部、これまで数100年、分厚い魔導花崗岩の奥深くに埋もれていた「岩盤の亀裂」を調査していたシエルが、突然、鋭い息を呑んだ。
「主任……! ちょっと、こちらに来てください!」
「どうした、シエル」
アレクがバインダーを脇に挟み、歩み寄る。
シエルが指差したのは、エドワードが聖光斬で吹き飛ばし、さらにバックドラフトの爆圧で抉れた岩肌の最深部――地上から200メートル以上も掘り進んだ、迷宮の外殻基礎のさらに向こう側だった。
そこには、迷宮の一般的な石造りとは明らかに異質なものが露出していた。
「……これは」
アレクの目が、微かに見開かれた。
岩肌の裂け目から顔を覗かせていたのは、直径3メートル以上もある、継ぎ目のない巨大な『金属配管』だった。
表面には深緑色の防食被膜が施され、銀色の幾何学模様が複雑に刻まれている。鉄でも青銅でもミスリルでもない。現代の王都のどの鍛冶屋でも加工できない、超古代の未知の合金だった。
「配管……? こんな地下深くにですか?」
シエルが身を乗り出し、震える指先でその表面をなぞった。
途端に、彼女の尖ったエルフ耳がピクリと跳ね、銀髪が逆立った。
「な、何ですか……この配管の中を流れているものは……!? 水でも、ガスでもありません……! これは――」
「超高密度の、純粋魔力だな」
アレクが冷徹に言い当てた。
彼は真鍮の魔法メジャーを引き出し、配管の外周に巻き付けた。メジャーに刻まれた目盛りが、バチバチと青白い火花を散らしながら異常な数値を弾き出す。
「魔素圧、計測限界突破。流速、秒速数100メートル。脈動の周期は……心臓の鼓動と同じだ」
「し、心臓の鼓動……?」
シエルが息を詰まらせた。
配管に耳を当てると、地鳴りのような重々しい音が、規則正しく響いていた。
――ドクン……ドクン……ドクン……。
それは巨大なポンプが、何か莫大な生命エネルギーを押し出している音だった。
「主任、見てください! この配管の伸びている方向です!」
シエルが迷宮の全体断面図を広げ、配管の軸線を指差した。
「この配管は……地下から、地上の王都へ、さらに王都を越えて……大陸の全土に向かって枝分かれしながら伸びています! まるで、大地の動脈のように……!」
「ああ」
アレクは配管の表面を、素手で撫でた。
そこには、薄っすらとだが、見覚えのある手彫りの印が残されていた。
十文字の打痕。そして、小さなアルファベットの刻印。
――『施工:ガント』。
「親父……やっぱり、ここまで来てたのか」
アレクの口元が、わずかに緩んだ。
10年前、忽然と姿を消した伝説の原状回復士ガント。師匠はこの超古代配管の存在に気づき、その補修と点検のために、さらに地下深くへと潜っていったのだ。
「クロ、お前、この配管を知ってたか」
アレクが肩の上のガーゴイルを見上げた。
クロは珍しく神妙な顔をして、くちばしを撫でた。
「……ああ、旦那。300年前、この迷宮が造られたときから、こいつはずっと埋まってた。ガントの親方は10年前、この管の唸り声を聞いて『下に誰かいやがる』って言って、工具箱一つ担いで潜っていったんだ。俺様が油を差してもらったのも、ちょうどそのときだったぜ」
「やっぱりそうか」
「主任……これはいったい、何なのでしょうか?」
シエルが不安そうにアレクを見つめた。
「世間では、ダンジョンは『人類を脅かす魔物の巣窟』であり、『勇者が攻略して財宝を奪い取るための試練の場』だと信じられています。ですが……この配管を見る限り、そんなものではありません。この迷宮は、大地へ魔力を送り届けている……?」
「そうだ」
アレクは静かに立ち上がり、ヘルメットの鍔を押し上げた。
「魔物の巣なんかじゃねえ。この嘆きの地下迷宮は……いや、世界中に点在するダンジョンという構造物はすべて――」
アレクは暗闇の奥、さらに深くへと続く大地の底を見据えた。
「**『世界を維持するための、巨大なインフラ機械』**だ」
その言葉が落ちた瞬間、ドームの空気がシンと静まり返った。
「世界を……維持する機械……」
シエルがその言葉を反芻し、目を見開く。
「大地の魔力が枯渇しないよう、循環させ、濾過し、地上全土へ送り届けている循環ポンプ。それがダンジョンの正体だ。魔物どもは、その巨大な機械を外敵から守るための免疫細胞か、あるいは内部で発生した埃に過ぎん」
アレクはバインダーを叩き、配管の接合部を指差した。
「そして、その機械が今、あちこちでガタがきている。エドワードのような馬鹿が壁を壊し、配管を傷つけ、循環が狂い始めている。もしこの主配管が破裂したらどうなると思う?」
リリアナが救急鞄を抱えたまま、そっと配管に手を添えた。
「主任、この配管から漏れ出ている魔力……驚くほど澄んでいて、温かいです。聖教会の総本山に安置されている大宝玉ですら足元にも及ばないほどの、純粋な慈愛の波動を感じます。この迷宮は、人を殺すための罠ではなく、生かすための命綱なのですね」
「そうだ。誰が造ったかは知らんが、気の遠くなるような大工事をやった奴らがいる。そいつらの残したインフラを、知識もねえ冒険者どもが好き勝手にぶち壊して『ダンジョン攻略だ』と騒いでるのが今の王都の現状だ」
アレクの声には、強い職人としての矜持が宿っていた。
「壊すのはサルでもできる。直すのが人間の文化だ。この配管が悲鳴を上げている限り、俺たちの仕事がなくなることはねえ」
「大地の魔力循環が止まり……地上のあらゆる草木が枯れ、魔導具が機能を停止し……世界が、滅びます……」
シエルの声が震えた。
「そうだ。だからこそ――」
アレクは腰のホルダーから愛用の左官ゴテを抜き、カチリと音を立てて収め直した。
「壊れたら直す。親父がどこかでまだ配管を叩いてるなら、俺も現場を守るだけだ。職人の仕事は、世界を救うことじゃねえ。目の前のインフラを、明日も動くように維持することだ」
「……はい!」
シエルの瞳から不安が消え去り、澄んだ強い光が宿った。
「どこまでも、ご一緒します。アレク主任!」
シエルは胸元にギュッと手を当てて微笑んだ。
「私、最初はダンジョン原状回復士というお仕事が、ただの雑用係だと思っていました。でも、違います。私たちは……この世界そのものを裏から支え、修理しているのですね」
「大げさに考えるな。目の前の目地を埋め、ボルトを締める。それの積み重ねだ」
「ふふ、そういう照れ隠しなところも主任らしいです♡」
リリアナがクスリと笑うと、アレクはそっぽを向いて鼻を鳴らした。
「ぷるるーっ!」
ポチもアレクの足元で力強く飛び跳ねた。
大地の鼓動を伝える巨大な送電管の傍らで、原状回復班は、これからの遥かなる戦い――いや、遥かなる「営繕の日々」に向けて、確かな誓いを交わしたのだった。




