第043話:アフロ竜の改心とマスコット化?
地下5階の巨大ドームに、再び足を踏み入れたのは翌朝のことだった。
耐力アーチの硬化は完璧で、空気循環も昨日のうちに換気ダンパーを正常開放したおかげで、清涼な空気が心地よく吹き抜けている。煤煙の臭いも、シエルの消臭魔法と高圧水洗浄によって大半が洗い流されていた。
「ふう……一晩置いて、構造の歪みは完全に落ち着いたな」
アレクが真鍮の魔法メジャーを壁に当て、歪みゲージの数値を指さし確認する。
「基礎アンカー、ヨシ。アーチ接合部、ヨシ。外殻ライニング、異常なし」
「主任、おはようございます!」
シエルが図面ケースを抱えて小走りに駆け寄ってきた。その後ろから、救護用のポシェットを下げたリリアナと、肩に乗ったクロ、足元で元気に跳ねる黄色いスライムのポチが続く。
「ガラ出しの作業班として、レオさんたち【若草の風】と、エドワードさんも到着していますよ。エドワードさん、朝からスコップ片手に泣きそうな顔をしていましたけれど」
「放っておけ。現場の泥を掬えば少しは人間性が磨かれるだろ」
アレクが素っ気なく返した、そのときだった。
ズズズ……。
ドームの最奥、暗がりの中から重苦しい地響きが近づいてきた。
「あっ……! 主任、あれは……!」
シエルが身構え、咄嗟に魔導杖の先端を向けた。
暗闇からゆっくりと姿を現したのは、全長30メートルを超える超巨大なトカゲ――クリムゾン・ドレイクだった。昨日バックドラフトの爆風をまともに浴びたその頭部は、一晩経っても元に戻る気配はなく、見事な真ん丸の**巨大黒焦げアフロヘアー**のままだった。
煤で黒ずんだ鱗。そして、頭の上に鎮座する直径5メートルのもじゃもじゃ頭。
「ケケッ! アフロ王のお出ましだぜ!」
クロがアレクの肩の上で啼いた。
「おいおい、昨日の復讐でもしに来たのかい? もう一発、換気ダクトから新鮮な空気を食らわせてやろうか!」
「ぷるるーっ!」
ポチもヘルメットを傾けながら、警戒するように体を膨らませる。
だが。
ドレイクは咆哮を上げるでもなく、炎を吐くでもなかった。
それどころか、アレクの数歩手前までそろそろと歩み寄ってくると、巨大な体をドサリと床に横たえ、長い首をペタリと石畳に擦り付けたのだ。
「…………ぬう」
ドレイクの口から漏れたのは、獰猛な唸り声ではなく、どこか情けない吐息だった。
さらに驚くべきことに、その巨体はゴロンと仰向けに転がり、無防備な腹部を天井へ向けたのだ。巨大な前脚を小さく折り曲げ、金色の双眸を上目遣いにしてアレクを見つめている。
「クゥ〜〜ン……」
まるで、怒られた大型犬が飼い主に腹を見せて許しを請うているような、情けない鳴き声だった。
「……え?」
シエルが杖を握ったまま、ポカンと口を開けた。
「あ、あの……? クリムゾン・ドレイク……様……? いま、犬みたいに鳴きませんでしたか……?」
「ふふ、完全に降伏のポーズですね♡」
リリアナが微笑みながら目を細めた。
「昨日のバックドラフトで、アレク主任の圧倒的な『現場の支配力』を骨の髄まで思い知らされたのでしょう。古代竜とはいえ、本能で勝てない相手を悟ったようですね」
アレクは特に驚く様子もなく、ツナギのポケットから現場用の作業グローブを取り出して手にはめた。そして、無造作にドレイクの巨大な顎の下へと歩み寄り、ゴシゴシと力強く掻いてやった。
「グルルル……ゴロゴロ……」
ドレイクは喉を鳴らし、目を細めて気持ち良さそうに尻尾をパタパタと振った。その巨尾が一振りするたびに、床の小石が跳ね飛ぶ。
「わ、わしは……」
ドレイクが掠れた声で語りかけてきた。
「300年、この迷宮の底で己の力こそ絶対と信じて生きてきた。だが……昨日のそなたの『ばっくどらふと』とやらは、まことに恐ろしかった……。己の焔が、己の顔面を粉砕するとは……。物理の神とは、かくも冷徹なものなのか……」
「当たり前だ。物理に情けや忖度はねえからな」
アレクは相変わらずそっけない。
「お前の鱗と角が頑丈だったからあの程度で済んだが、普通の生き物なら頭蓋骨が砕けて即死だ。二度と現場で火気使用規則を破るなよ」
「うむ……肝に銘じる……。それと、この……頭の上の、丸く縮れた綿毛のようなものは、いつ治るのじゃ……?」
ドレイクが情けなそうに前脚でアフロを触る。
「ヒートショックによる熱変性だからな。脱皮するまで半年はそのままだ」
「は、半年もこの姿なのか……!」
ドレイクがガックリと項垂れた。
アレクはバインダーを叩き、アフロ竜を見下ろした。
「おい、トカゲ。お前、寝てばかりで退屈なんだろ」
「ぬ……? まあ、退屈といえば退屈じゃが……」
「なら、仕事をやれ。ただ飯食らいの居候に現場を占拠させておくわけにはいかん」
「し、仕事……? このわしに、人間の手伝いをせよと……?」
「そうだ」
アレクは天井の換気ダクトと、ドームの隅にある古びた熱交換器の配管を指差した。
「この地下5階は冬場になると外気温が下がりすぎて、換気シャフトに結露が起きる。お前のその体熱と火炎核を使って、定期的に熱交換器に微弱な温風を送り込め。お前をこの区画の**【非常用ボイラー室長】**に任命する」
「ぼ、ボイラー……しつちょう……?」
ドレイクが聞き慣れない肩書きを口の中で転がした。
「役職手当として、地上から週に一度、高級な火炎鉱石と新鮮な牛の丸焼きを手配してやる。どうだ?」
「う、牛の丸焼き……! そしてボイラー室長という立派な役職……!」
ドレイクの金色の瞳がキラリと輝いた。
「やる! わしはそのボイラー室長とやらを務めようぞ! 温風など、わしの吐息を少し加減するだけで造作もないことじゃ!」
ドレイクは嬉しそうに立ち上がり、アフロ頭を誇らしげに揺らしながら、口の端からポッと可愛らしい小さな火の玉を吹き上げた。
「ケケッ! 厄災の古代竜が、時給牛一頭でボイラー室長に就職だァ!」
クロが大笑いし、シエルも思わず吹き出した。
「主任、本当にどんな魔物でも『適材適所の現場作業員』にしてしまいますね」
「使えるリソースを遊ばせておくのは現場の怠慢だ」
アレクはそう言いながら、満足そうにアフロの首筋をもう一度ポンと叩いた。
そこへ、アーチの開口部からガラガラと手押し車を押す音が響いてきた。
「ぜぇ……はぁ……! 重い……! なんでオレがこんな重い石を運ばなきゃならねえんだ……!」
黄色い安全ヘルメットを斜めにかぶり、額から汗をだらだらと流したエドワードが、瓦礫を満載したネコ(一輪車)を押して入ってきた。その後ろから、レオが腕を組んで指導員のように付いてくる。
「エドワードさん、腰が入ってませんよ! 腕だけで押すと腰を痛めます! 重心を低くして、足の力で前に進めてください!」
「う、うるせえええっ! 元勇者に指図すんなぁぁっ!」
エドワードが顔を上げると、目の前に鎮座する巨大なアフロ竜と目が合った。
「ヒイイッ!? ア、アフロ竜……!?」
エドワードが思わず手押し車を手放して腰を抜かした。
すると、ドレイクはアフロ頭を誇らしげにクイと持ち上げ、エドワードを見下ろして鼻を鳴らした。
「小僧、挨拶はどうした。わしはこの現場の【非常用ボイラー室長】ぞ。現場では誰に対しても礼儀を尽くすのが職人の掟と、アレク殿に教わったばかりじゃ」
「りゅ、竜にまで説教されたああああっ!!」
エドワードの絶望的な叫び声が、美しく修復されたドームにこだましたのだった。
こうして、王都を恐怖に陥れるはずだった古代火炎竜は、地下5階の愛嬌あふれる「アフロ頭のマスコット室長」として、新たな現場生活をスタートさせたのだった。




