第042話:強制就労:現場バイトの誕生
――ギルド規約第72条・損害賠償履行不能者に対する強制労役処分。
その恐ろしい条文が読み上げられた瞬間、第一査定室の空気は完全にエドワードの公開処刑場と化した。
「き、強制労役って……な、何をさせる気だ……!? 鉱山送りにでもするのか……!? それとも遠方の危険地帯で魔獣の餌に……!?」
床にへたり込んだエドワードが、がたがたと歯を鳴らしながら震える声で尋ねた。
エレノアは艶やかな笑みを浮かべ、机の上の書類に羽ペンでサラサラとサインを走らせた。
「鉱山や魔獣の餌なんて生温いところへ行かせるわけないでしょう。あなたの有り余る体力と魔力、そして何より『現場を壊した張本人』としての責任を、もっとも効率的に、かつ社会に役立つ形で回収できる素晴らしい場所があるじゃないの」
エレノアは書類をパンと手のひらで叩き、冷徹な視線を作業着の青年に向けた。
「アレク主任。現場の手配師として、この男を引き受けてもらえるかしら?」
「断る」
アレクは即座に首を横に振った。眉一つ動かさず、迷惑そうに腕を組む。
「使えねえ手元(見習い)ほど現場の邪魔になるものはねえ。安全帯の付け方も知らん、資材の重心の取り方も知らん、道具を乱暴に放り投げる。そんな素人に足場を歩かせたら、転落するか頭の上に工具を落とすのが関の山だ。怪我でもされたら労災手続きで報告書が増えるだけだ」
「ひ、酷い言われよう……! オレは勇者だぞ!? 選ばれし勇者エドワード様だぞ!?」
「勇者だから使えねえんだよ。力任せに物を壊すことしか頭にねえ奴は、現場じゃ一番の重大事故要因だ」
アレクの容赦ない言葉に、エドワードはぐうの音も出ない。
しかし、エレノアは煙管からふわりと紫煙をくゆらせながら、妖艶にくすりと笑った。
「そう言わずに、アレクちゃん。今、地下5階の復旧現場はどこも人手不足でしょう? ドームの煤払い、崩れた瓦礫の搬出、泥上げ、足場の鉄骨運びなら、どんな馬鹿でも数をこなせば役に立つわ。それに――」
エレノアはエドワードを氷のような瞳で見下ろした。
「時給は最低賃金保証の**【800ゴールド】**。日払いだけど、全額負債返済に自動天引きよ」
「じ、時給800ゴールド……!?」
エドワードが悲鳴を上げた。
「一日8時間みっちり働いても、6400ゴールド……!? 一億二千万返すのに、何日かかると思ってんだ!?」
「あら、計算できるじゃないの。利息を考えなければ、ざっと**1万8750日**ね。年数にして約51年よ♡」
「ご、50年……!? 50年、毎日現場で泥運びしろってのかぁぁぁっ!?」
「文句があるなら、今すぐ一括で1億2000万ゴールドを現金で払いなさい」
エレノアが紫煙の向こうから冷たく告げると、エドワードは「ひいっ」と喉を鳴らして平伏した。
「は、払えません……払えませんです……」
「なら決定ね。はい、契約書」
エレノアが差し出した羊皮紙に、エドワードは震える手で血判を押させられた。もはや勇者の面影などどこにもない、完全に債務奴隷の契約だった。
アレクは深いため息をついた。
「……仕方ねえ。現場の掃除と雑用だけやらせる。ただし、俺の指示に従わなかったらその場で叩き出すぞ」
「は、はい……従います……」
「シエル」
「はい、主任!」
シエルが背嚢から取り出したのは、真新しい道具一式だった。
まず差し出されたのは、鮮やかな黄色に塗装された、頑丈な安全ヘルメット。
正面には黒い太文字で、大きくこう書かれていた。
――**【見習い・安全第一】**
「かぶれ」
アレクが短く命じた。
「……うう」
エドワードは涙を浮かべながら、かつて自分が馬鹿にしていた黄色いヘルメットを両手で受け取り、頭にのせた。カチリ、とあご紐を締める。
続いてシエルから手渡されたのは、無骨な鉄製の角スコップと、厚手の軍手、そして泥除けの前掛けだった。
「エドワードさん、これを」
シエルが真剣な眼差しでスコップを渡す。
「現場では道具を大切にしてください。スコップを武器のように振り回したり、岩を叩き割ったりしたら、道具損耗費として罰金が引かれますからね」
「わ、わかってるよ……」
「それと、朝礼は毎朝8時ジャストです! 1分でも遅刻したら日当半額カットですから、絶対に遅れないでくださいね!」
「厳しい……エルフのくせにめちゃくちゃ厳しい……!」
「あと、リリアナさん特製の現場ドリンク代、一杯につき銀貨二枚も給料から天引きです♡」
リリアナが満面の笑みで告げると、エドワードは白目を剥きかけた。
「水代まで取るのかよぉぉぉっ!!」
エドワードがスコップを杖のようにして立ち上がった。
銀の鎧の上から黄色い安全ヘルメットをかぶり、手には鉄スコップ。泥除け前掛けを着けたその姿は、どこからどう見ても、ただの「現場入りしたばかりのド新人バイト」そのものだった。
「ケケケッ! 似合ってるぜエド坊!」
クロがアレクの肩の上で手を叩いて笑った。
「かつてのキラキラ勇者様が、今日から立派な現場見習いだ! 精を出して泥を運べよ!」
「ぷるっぷるー! がんばるぷる!」
ポチも黄色い体を揺らして励まして(?)いる。
「よし、挨拶の練習だ」
アレクがエドワードの正面に立ち、鋭い眼光を向けた。
「現場に入るときの第一声はなんだ」
「え……? い、行くぞ、悪党ども……?」
「バカ野郎」
アレクの拳骨が、エドワードの黄色いヘルメットにゴツンと落ちた。いい音が部屋に響く。
「ご安全に、だ! 現場では誰に対しても『ご安全に』と頭を下げろ! 声が小さい奴は事故を起こす! もう一度言ってみろ!」
「ご、ご安全にっ!!」
エドワードが涙目で直立不動になり、絶叫した。
そこへ、第一査定室の扉がノックされ、親しみやすい足音が響いた。
「失礼します! エレノア副ギルドマスター、追加の資材伝票をお持ちしました!」
入ってきたのは、新人冒険者パーティ【若草の風】の三人――剣士のレオ、魔法使いのミュウ、重戦士のノアだった。三人とも頭には黄色い安全ヘルメットをきっちりかぶり、背筋を伸ばして一礼する。
「あ、アレク主任! シエルさんにリリアナさんも!」
レオが目を輝かせた。その視線が、部屋の隅でスコップを抱えて震えているエドワードへと向かう。
「……あれ? そちらにいるのは、エドワード様……? どうされたんですか、その泥だらけの格好……ヘルメットに【見習い】って書いてありますけど……」
「う、うるせえええっ!! 見るな! オレを見るなぁぁぁっ!!」
エドワードが顔を両手で覆って叫んだ。かつて見下していた新人に、現場見習いの姿を見られる屈辱に耐えかねたのだ。
しかしレオは爽やかな笑顔で、エドワードの手を両手で握りしめた。
「エドワード様! あなたもアレク主任の現場安全思想に目覚められたんですね! 僕たち、現場の清掃と土嚢運びなら少し先輩ですから、わからないことがあったら何でも聞いてください! 一緒にゼロ災を目指しましょう!」
「せ、先輩風吹かすなあああっ!!」
エドワードの絶叫に、第一査定室は温かな(?)笑いに包まれたのだった。
「声は出たな。よし、明日から地下5階のガラ出しだ。道具を磨いて明日に備えろ」
アレクが背を向けて歩き出す。
かつて王都を華々しく闊歩していた勇者エドワード・フォン・ブレイブハート。
その男の、時給800ゴールド・返済期間50年の過酷にして泥臭い「現場バイト生活」が、ここに幕を開けたのだった。




