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『ダンジョン原状回復士の事件簿』〜勇者がぶっ壊した迷宮、敷金全額没収の上で元通りに直して帰ります〜  作者: 六井求真


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第039話:黒焦げアフロの古代竜

地下5階の巨大ドームに立ち込めていた濃密な黒煙が、天井の換気シャフトを通じて、ゆっくりと地上の排気塔へと吸い出されていく。


 新鮮な外気が流れ込むにつれて、室内の温度は二百八十度から、百五十度、八十度と急速に低下し始めた。視界を遮っていた灰色のカーテンが薄れ、ドームの底に広がる惨状が明らかになっていく。


 床石は煤で真っ黒に染まり、中央には焦げた円形のクレーターができている。そしてその奥、崩れかけた壁際に、巨大な山のようなものが横たわっていた。


「……あれは」


 キャットウォークの手すりから身を乗り出したシエルが、呆然と呟いた。


「クリムゾン・ドレイク……様……?」


 そこにいたのは、威厳に満ちた神話の厄災などでは断じてなかった。


 深紅に輝いていたはずの美しい鱗は、頭から爪先まで隙間なく真っ黒な煤に覆われ、まるで炭鉱から掘り出されたばかりの巨大な石炭の塊のようになっていた。


 そして何よりも、その頭部だった。


 本来であれば、後方へと鋭く流れるように伸びていたはずの立派なトサカと角の周囲が、バックドラフトの爆圧と逆流火炎の熱気によって、チリチリに縮れ上がり――直径5メートルを超える、見事な真ん丸の**巨大黒焦げアフロヘアー**へと変貌を遂げていたのである。


「ぶふっ……!」


 シエルが思わず口元を両手で強く押さえた。尖ったエルフ耳が激しく小刻みに震え、肩がヒクヒクと上下する。笑ってはいけない、相手は太古の神話生物だ、と自分に言い聞かせているのだろうが、あまりのビジュアルの破壊力に耐えきれていない。


「あ、アフロ……? 古代竜の頭が……あんなに見事な真ん丸の黒焦げアフロヘアーに……!」


「ケケケケッ! ギャハハハハハハッ!!」


 アレクの肩の上で、クロが翼をバタつかせながら腹を抱えて転げ回った。小さな黒曜石の体がカチカチと音を立てて弾んでいる。


「見ろよ! 見ろよ旦那! あのトサカの縮れ具合! 羊のケツかと思ったぜ! いや、焦げたマリモか!? 『紅蓮の焔王』改め『紅蓮のアフロ王』の爆誕だァッ! 100年分の笑いを一気にもらったぜ!」


「ぷるっぷる……! もじゃもじゃぷる!」


 ポチも黄色い体をぽよぽよと揺らしながら、不思議そうにアフロ竜を見つめている。安全第一のヘルメットが斜めに傾くのも構わず、触手のような前足で自分の頭をポンポンと叩いて「アフロの真似」をして見せた。


 当のクリムゾン・ドレイクはというと、壁にもたれかかったまま、大きな両目をグルグルと白黒させていた。


「ピヨ……ピヨピヨ……」


 竜の口から、弱々しい幻聴のような鳴き声が漏れる。頭の周りを黄色い小鳥の幻覚が三羽ほど旋回しているのが、はっきりと見えるかのようだった。


「……ううむ……。何が……起きたのじゃ……? わしの……わしの美しいトサカが……妙に重い……そして丸い……」


 ドレイクは巨大な前脚をふらふらと持ち上げ、己の頭部を触ろうとしたが、焦げたアフロの弾力に触れた瞬間、ビクンと全身を痙攣させた。


「……もふっ……? 何じゃこの弾力は……? わしの鋭利なる角はどこへ行った……? 手触りが……綿毛のようじゃ……」


 そのまま、ドサリ。


 ドレイクは仰向けにひっくり返り、長い舌をベロンと口の端から垂らして、完全に気絶した。白目を剥いた巨体から、ポスッ、と小さな煙が上がった。


 ドーム内に、シュールな静寂が戻ってきた。


 その静寂を破ったのは、瓦礫の影から響いた情けない呻き声だった。


「う……うう……熱い……痛い……ここは天界か……? オレは……死んだのか……?」


 エドワードだった。


 爆風の直撃こそ免れたものの、熱波と煤煙で顔面は真っ黒、ピカピカだった銀の鎧はところどころ煤けて変色し、まるで野良犬のような姿で這い出してきた。


 彼が顔を上げ、仰向けに伸びているアフロ頭の巨大竜を目撃した瞬間。


「ヒッ……!? ア、アフロのトカゲ……!? な、何がどうなって……!? オレを殺そうとした怪物が、なんでパーマあてて倒れてんだよぉぉぉっ!?」


 エドワードの顎が外れんばかりに落ちた。勇者のちっぽけな理解力を、目の前の光景は遥かに超越していた。


 そんな中。


 スタッ、と軽やかな着地音が響いた。


 キャットウォークから点検用ロープでするすると降りてきたアレクが、黄色い安全ヘルメットの位置を直し、淡々とした足取りでドームの中央へと歩み寄ってきたのだ。


 その手には、現場用バインダーと真鍮の万年筆。


 アレクは気絶したドレイクと、腰を抜かしているエドワードを交互に見下ろすと、深いため息を一つ吐き出した。


「……だから言ったろ。密閉空間で火を噴くなって」


 アレクはバインダーをパチンと開き、用紙にサラサラと項目を書き込み始めた。


「被害状況検分。天井耐火クロス、全面熱炭化により張替え要。外殻ライニング、マイクロクラック多数、エポキシ系補強グラウト注入要。主排気ダクト内壁、煤煙付着につき高圧温水洗浄およびダクト清掃特急料金加算。入口主要耐力アーチ、破壊崩落につき全面再構築」


 アレクは筆を止め、冷徹な視線をエドワードとアフロ竜に向けた。


「さて。見積書と請求書、どっちに回せばいい? 過失割合十対ゼロの破壊者(勇者)か、それとも警告を無視して現場で火気使用規則違反をやらかしたアフロトカゲか」


「あ、アフロトカゲは払えねえだろぉぉぉっ!!」


 エドワードが涙目で叫んだ。


「オ、オレなのか!? またオレのせいなのかよぉぉぉっ!! オレはただ……調査に来ただけで……!」


「お前のせい以外に誰のせいがあるんだ」


 アレクは冷ややかに一瞥した。


「扉を壊して退路を塞ぎ、換気系を狂わせ、眠ってた生き物を叩き起こしたのは全部お前だ。お前が扉の鍵を正規に開けてれば、換気シャフトのダンパーが連動して開き、こんな惨事にはなってねえ。自業自得、過失割合百対ゼロだ」


「うぐっ……! ひ、百……!?」


 ぐうの音も出ない正論に、エドワードは言葉を詰まらせ、地面に突っ伏した。


 リリアナが救急鞄を抱えて降りてくると、エドワードの首筋に冷たい湿布をペタリと貼り付けた。


「はい、応急処置完了です♡ 特別出動看護手当として金貨五枚、しっかりツケておきますね♡」


「た、高ぇよぉぉぉっ……!」


「主任、感傷に浸っている暇はありません!」


 ロープで降りてきたシエルが、真剣な表情で天井を指差した。


「ドームの天頂部から、パラパラと小石が落ちてきています! ヒートショックによる急激な熱収縮が始まっています! このままでは、あと15分でドーム全体が崩落します!」


「わかってる」



 クロがアレクの肩の上で、煤の混じった羽毛をバタつかせながら啼いた。


「おいおい旦那! 天井の目地からボロボロ砂が落ちてきてるぜ! こいつは本格的にヤベえ! 300年モノの古代構造体だからな、一箇所でも要石(キーストーン)が抜けたらドミノ倒しみてえに頭上が丸ごと降ってくるぞ!」


「ああ。だからこそ、基礎のアーチから固め直す。シエル、セメント袋を三つ開けろ。水属性の触媒液はリリアナ、配合比率は三対一だ」


「はい、主任! 即座に混練します!」


「了解いたしました♡ 最高品質の聖水ベースで練り上げますね」


 ポチも気合いを入れるように「ぷるるーっ!」と体を大きく膨らませ、散らばった石の破片を触手で器用に集め始めた。

 アレクはバインダーを腰に収め、愛用の左官ゴテを右手に握り直した。


「アフロの始末は後だ。まずはこのドームの躯体を元通りにする。神速突貫復旧工事、開始だ」

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