↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『ダンジョン原状回復士の事件簿』〜勇者がぶっ壊した迷宮、敷金全額没収の上で元通りに直して帰ります〜  作者: 六井求真


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
29/101

第029話:若草の風の恩返し

翌朝の麦畑は、人であふれていた。


夜が明けると、噂を聞きつけた王都の住民たちが、荷車や馬に乗って、続々と集まってきたのだ。倒れた石の巨人を一目見ようという野次馬である。子どもを肩車した父親。弁当の包みを抱えた母親たち。杖をついた老人まで、よたよたと畑の畝を歩いている。屋台まで出ていて、焼き栗の香ばしい匂いが、朝の空気に漂っていた。


アレクは、麦畑の端から、その光景を眺めて、深いため息をついた。


「…………多いな」


「想定以上です」


隣に立つシエルが、点検表を抱えたまま、頬を引きつらせた。三つ編みの髪を団子に結い直し、ヘルメットの顎ひもも、きちんと締めている。昨夜は、ほとんど眠れなかったらしい。眼鏡の下の目元に、薄い隈が浮いていた。


「現場の周囲には、すでに、杭と縄を張ってありますが」


「縄だけじゃ、止まらない」


「子どもたちが、巨人の足元まで、登ろうとしています」


「危険だな」


巨人は、まだ、倒れたままだった。


ギルドの手配した兵士が、杭の外側に何人か立っているが、人手が、まったく足りない。野次馬は、縄の隙間を、すいすいとすり抜けていく。巨人の体の上に、わらわらと登り始めた子どももいた。


「こら! 降りなさい! 危ないぞ!」


兵士の一人が、叫んでいる。しかし、子どもたちは、はしゃぐばかりで、聞こうとしない。


アレクの眉間の皺が、深くなった。


巨人の関節は、昨日、ボルトを抜いた。ロックが外れた状態で、いつ、どこが動くか分からない。小さな衝撃で、腕が落ちるかもしれない。


「リリアナ」


「はい」


「救護の準備を。最悪の場合、怪我人が、出る」


「承知しました」


「クロ、崩落の兆しを、見張れ」


「おう」


「ポチ」


「ぷる」


「子どもたちの足元に、軽く、滑り止めを」


「ぷるっ!」


ポチは、ぴょんと跳ねて、畑に降りた。


そのとき。


「アレクさぁぁぁん!」


遠くから、元気いっぱいの声が、響いてきた。



振り返ると、麦畑の向こうの街道から、三人の若者が、駆けてくるところだった。


黄色いヘルメットを、全員、きっちりと被っている。先頭の剣士は、胸を張って、大きく手を振っていた。その後ろに、黒髪のおさげの少女。そして、盾を背負った大柄な少年。


レオ、ミュウ、ノアだった。


「アレクさん! おはようございます!」


レオが、息を切らしながら、アレクの前で、がばっと敬礼した。


「【若草の風】、現場に、到着しました!」


「…………呼んでない」


「手伝いに来ました!」


レオの目が、きらきらと輝いている。


「昨日の夜、ギルドで、噂を聞いたんです! 巨人が出て、アレクさんが、倒したって! それで、今朝、現場がすごく混んでるって聞いたから、これは、お手伝いするしかないと!」


「危険だぞ」


「分かっています! だから、ヘルメットを被ってきました!」


レオは、ヘルメットのつばを、自慢げに叩いた。


ミュウが、おずおずと前に出た。


「あの、アレクさん。実は、私たち、昨日の夜、会員のみんなと、話し合ったんです」


「会員」


「ヘルメット着用運動の」


「まだ、あったのか」


「はい。今、会員は、三百二10人になりました」


アレクは、ふらり、とよろめいた。


「三百……」


「はい!」


「増えすぎだろ」


「でも、みんな、役に立ちたいって」


ミュウは、はにかんで、後ろを指さした。


街道の向こうから、黄色い点が、ぞろぞろと近づいてきていた。


ヘルメットを被った、若い冒険者たち。数10人はいる。みな、緊張した面持ちで、でも、誇らしげに歩いている。腕には、「ヘルメット着用運動」と書かれた、手作りの腕章。


「…………」


アレクは、額に手を当てた。


しばらく、無言だった。


それから、小さく、息を吐いた。


「…………レオ」


「はい!」


「指揮を、任せる」


「え」


「現場の動線管理だ。野次馬を、縄の外側に、押し戻せ。無理に押さず、声をかけて、誘導しろ」


「は、はい!」


「ミュウ。風の魔法で、子どもたちを、安全な位置へ、そっと移動させられるか」


「やってみます!」


「ノア。盾で、縄の隙間を塞げ。壁になれ」


「分かりました!」


「みっつ」


アレクは、指を3本立てた。


「ヘルメットを、全員、被らせろ。被らない者は、中に入れるな」


「は、はいっ!」


「怪我人が出たら、リリアナのところへ」


「承知しました!」


三人は、声を揃えて、敬礼した。


そして、一目散に、走り出した。



10分後。


麦畑の様子は、一変していた。


巨人の周囲に、新しい縄が、きれいな四角形に張り直されている。縄の内側には、黄色いヘルメットを被った若者が、等間隔に立っていた。縄の外側では、野次馬たちが、おとなしく、列を作っている。


レオが、拡声の魔道具を片手に、声を張り上げていた。


「ここから先は、立入禁止です! 巨人の関節は、非常に不安定です! 近づくと、危険です! ヘルメットのない方は、入場できません!」


「ヘルメットをお貸しします! 一人、50ゴールドで、貸出可能です!」


ミュウが、籠に入れた予備のヘルメットを、野次馬に配っていた。


いつの間に、そんな商売を、始めたのか。


ノアが、大きな盾を構えて、縄の前に、どっしりと立っている。子どもたちが、おそるおそる縄をくぐろうとするたびに、盾を、とん、と地面に突いた。その音に、子どもたちは、ぴたりと止まった。


「こ、怖いよ、お兄ちゃん」


「危ないからね、ごめんね。あっちで、見てね」


ノアは、優しく微笑んだ。大柄な体から、不思議な安心感が漂っていた。


子どもたちは、素直に、縄の外へ戻っていく。


アレクは、遠くから、それを見ていた。


「…………うまいな」


「ええ」


シエルが、微笑んだ。


「主任の教えが、ちゃんと、広がっていますね」


「そうか」


「はい」


シエルは、胸を張って、言った。


「あの子たちは、主任が、助けた子たちです。助けられた命が、今度は、誰かの命を守っています」


「…………」


「素敵なことだと、思います」


アレクは、返事をしなかった。


ただ、ヘルメットのつばを、少しだけ、下げた。


耳の先が、わずかに赤くなっているのを、シエルは、見逃さなかった。



昼前。


巨人の足元で、土嚢を運ぶ人影が、見えた。


見覚えのある、金色の鎧だった。


エドワードが、黄色いヘルメットを被って、重い土嚢を、よたよたと抱えていた。昨夜、アレクに渡されたヘルメットを、そのまま、被り続けているらしい。折れた右腕は、リリアナではなく、ギルドの衛生兵に、添え木で固定されていた。左腕だけで、必死に土嚢を引きずっている。


その前に、小柄な少年が、腕を組んで立っていた。


「そこ、遅いです! もっと早く!」


「くっ……」


「勇者様は、体力あるはずでしょう! さっきから、五個しか運んでません!」


「う、うるさい! オレは、片腕が折れているのだ!」


「だったら、片腕で、頑張ってください!」


レオが、容赦なく叱咤した。


エドワードは、顔を真っ赤にして、土嚢を担ぎ直した。


ほんの二週間前まで、レオは、勇者を、遠くから仰ぎ見るだけの、駆け出しだった。それが、今や、現場の動線管理者として、勇者に、土嚢運びを指示している。


世の中は、わからないものだ。


シエルが、小さく吹き出した。


「ふ、ふふっ」


「笑うな」


「だって、主任。あの勇者が」


「あいつは、自分で選んだ」


「ええ」


「…………まあ、悪くない顔だ」


アレクの声は、ぼそりと、低かった。


「顔、ですか?」


「あいつ。必死な顔をしてる」


シエルは、しばらく、エドワードの横顔を見つめていた。


汗だくで、泥だらけで、悔しそうに唇を噛みながら、それでも、土嚢を落とさない顔。


かつての、傲慢な笑みは、そこには、なかった。


「…………そうですね」


彼女は、小さく、頷いた。


朝の風が、麦畑を、さわさわと撫でていく。


巨人の石の背中に、陽の光が、斜めに差していた。


作業の声と、金槌の音と、笑い声が、麦畑のあちこちから聞こえてくる。


昨日の悪夢が、嘘のような、穏やかな朝だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。