第019話:エドワードの無謀な一攫千金
王都の裏通りは、昼間でも薄暗い。
石造りの建物が、互いに寄りかかるように密集し、頭上には洗濯物の紐が蜘蛛の巣のように張り巡らされている。路地の隅に、酒瓶が転がっていた。どこかの窓から、煮込み料理の脂っこい匂いが漂ってくる。
エドワードは、その路地を、ひとりで歩いていた。
金色の鎧は、すっかり色あせて見える。昨夜は宿を追い出され、公園のベンチで一晩を明かした。背中が、ひどく痛い。腹の虫が、絶えず鳴いている。眼は充血し、手には、刃こぼれした聖剣を提げていた。
取り巻きの魔法使いたちは、今朝、全員、荷物をまとめて消えていた。置き手紙には、一言だけ。
『一身上の都合により』
「…………裏切り者どもが」
エドワードは、唇を噛みしめた。
先日の鍛冶屋での屈辱が、脳裏をよぎる。
刃こぼれの修理代、8万ゴールドが払えない。パーティの仲間は消えた。聖女リリアナも去った。宿もない。口座は、ゼロ。
すべてを、あの男のせいにしたかった。
ツナギを着た、死んだ魚のような目の、あの清掃員。
けれど。
「…………」
ギルドのホールで突きつけられた、書類の数字が、頭から離れなかった。
一万一千。
三千で足りたところを、一万一千。
エドワードは、頭を振った。
考えるな。考えたら、動けなくなる。
「必ず、挽回する……一発逆転だ。大金を手に入れれば、すべて、元に戻る」
彼は、路地の突き当たりにある、小さな酒場の扉を押した。
薄暗い店内には、昼間から酒をあおる男たちが、数人、陰気に座っていた。
カウンターの隅の席に、一人の、ひどく痩せた男がいた。目の下に濃い隈。ぼさぼさの髪。着ているコートは、あちこちが擦り切れている。情報屋と呼ばれる類の人間だった。
エドワードは、その隣に腰を下ろした。
「何か、でかい稼ぎ話は、ないか」
「ほう。これは、勇者様」
男は、にやりと笑った。歯が、何本か欠けている。
「金に、お困りで」
「…………」
「噂は、聞いてますよ。大変でしたな」
「黙れ。情報を、寄越せ」
「へへ。タダとは、いきませんが」
エドワードは、鎧の肩当てを、無言で外した。
純金の飾りが入った、見事な細工物だった。質屋に持っていけば、10万ゴールドにはなる。
それを、カウンターの上に、ごとりと置いた。
情報屋の目が、きらりと光った。
「いいでしょう」
彼は、声を潜めた。
「王都の北、30キロ。山の中腹に、封印された巨人の遺跡があります」
「巨人の、遺跡」
「1000年以上前の、古代の遺構でさ。ギルドも、管理局も、立入禁止にしてる」
「なぜ」
「中に、でかいお宝が眠ってるからでさ」
情報屋は、さらに声を落とした。
「古代の動力炉。通称、巨人のコア。一つ掘り出せば、売値は、少なく見積もっても、10億ゴールド」
「じ……十億!?」
「へへ、驚きましたか」
エドワードの心臓が、どくんと鳴った。
十億。
五百万の、二百倍。借金など、一瞬で消える。それどころか、一生遊んで暮らせる。
「本当に、あるのか」
「あるとも。何人もの冒険者が、掘り出そうとして、失敗しました。封印が強すぎて、びくともしなかった」
「封印……」
「でも、勇者様なら、どうです? その聖剣の力があれば、封印の一つや二つ」
エドワードの喉が、ごくりと動いた。
聖剣は、刃こぼれしている。だが、魔力の出力は、確かに衰えていない。
先日の、一万一千の記憶が蘇る。
あの力があれば、封印の一つや二つ。
「…………分かった。案内しろ」
「へへ、ありがとうございます。その代わり、取り分は」
「二割、くれてやる」
「せめて、三割」
「…………三割だ」
エドワードは、苦々しく頷いた。
情報屋は、満面の笑みで、金の肩当てを懐に収めた。
巨人の封印遺跡は、山肌に、ぽっかりと口を開けていた。
岩壁に刻まれた、巨大な石の扉。高さは、三階建ての家ほどもある。苔と蔦に覆われ、風化した彫刻の面影が、かろうじて残っていた。
扉の前には、新しい木の看板が、1本、立っていた。
『立入禁止 崩落危険 掘削厳禁 迷宮管理局』
そして、看板の周囲には、黄色と黒の縞模様のテープが、きっちりと張り巡らされていた。
「…………」
エドワードは、看板を睨みつけた。
その下に、小さな文字で、署名が入っている。
『現場責任者 アレク』
エドワードの顔が、ひきつった。
「またか。またしても、あの男か」
「勇者様、どうしやす? テープと看板を、避けて」
「避ける? 冗談じゃない!」
エドワードは、聖剣を引き抜いた。
刃こぼれした剣先が、鈍く光る。
彼は、看板に、思い切り剣を振り下ろした。
ばきっ、と木が折れる音がした。
看板が、真っ二つに割れて、地面に転がる。続いて、テープを剣で引き裂いた。黄色と黒の縞が、ぷつりと切れて、風に舞った。
「これで、邪魔者はいなくなった!」
「ゆ、勇者様、あの、さすがに、まずいのでは」
「うるさい! さっさと、道具を出せ!」
情報屋が連れてきた、日雇いの冒険者が、三人。
彼らは、顔を見合わせながら、背負ってきた道具を、おずおずと下ろした。ツルハシ。大槌。滑車とロープ。
エドワードは、聖剣を鞘に戻し、ツルハシを握った。
「行くぞ! 一番奥まで、一気に掘り進める!」
遺跡の内部は、ひんやりとしていた。
長い石の廊下が、緩やかに地下へと続いている。壁には、巨人の姿を象った古代の浮き彫りが、延々と彫られていた。足元には、厚い埃。空気は、乾いて、重い。
松明の灯りが、壁の巨人の影を、不気味に揺らした。
日雇いの冒険者たちは、不安そうに周りを見回していた。
「なあ、本当に、大丈夫なのか」
「看板、あったよな」
「掘削厳禁って、書いてあったぞ」
「黙って掘れ! 給料は、出す!」
エドワードは、怒鳴りながら、先頭を進んだ。
廊下の突き当たりに、巨大な円形の空洞があった。
天井の高さは、30メートル。直径は、100メートル以上。その中央に、巨大な石の台座があった。台座の上には、何か、巨大なものが、横たわっている。
松明を掲げて、目を凝らす。
それは、石の巨人だった。
全身を、灰色の石で作られた、途方もない大きさの像。身の丈は、20メートルにも及ぶ。両腕を胸の前で組み、静かに目を閉じて、眠っているようだった。
その胸に、拳ほどの大きさの宝石が、嵌め込まれている。
淡く、青白く、脈打つように光っていた。
「…………あれだ」
エドワードの目が、爛々と輝いた。
「あれが、巨人のコアだ!」
「ゆ、勇者様、あの像、動き出したり、しませんよね?」
「ただの石像だ!」
エドワードは、台座に駆け寄った。
巨人の胸に、手を伸ばす。
しかし、宝石は、巨人の胸板に、4本の、巨大な鉄のボルトで固定されていた。
ボルトの太さは、大人の腕ほども。それぞれに、複雑な古代文字が刻まれ、青白い光を帯びている。
「これが、封印か」
エドワードは、ボルトを睨みつけた。
手に持ったツルハシを、振り上げる。
「この程度の、鉄の棒きれ!」
彼は、渾身の力で、ツルハシを振り下ろした。
ガァン!
激しい火花が散った。
ボルトは、びくともしない。代わりに、ツルハシの先が、ぐにゃりと折れ曲がった。
「ちっ!」
エドワードは、今度は、聖剣を抜いた。
剣に、魔力を込める。
刃こぼれした剣身が、白い光に包まれた。
「うおおおおっ!」
気合とともに、ボルトの根元に、剣を叩き込む。
ばきん、と、乾いた金属音が響いた。
ボルトが、ほんの数センチ、ずれた。
「いける! お前たち、ロープをかけろ! 滑車で引っ張るんだ!」
「ほ、本当に、やるんですか」
「やれと言っている!」
日雇いの冒険者たちは、泣きそうな顔で、ロープを巨大なボルトにかけた。
4本のボルトに、1本ずつ。
滑車の鎖が、ぎりぎりと軋む。
エドワードが、聖剣でボルトの根元を叩き続ける。
ごり、ごり、ごり。
1本目のボルトが、ゆっくりと、巨人の胸から、抜け始めた。
2本目。
3本目。
4本目。
そして、最後の1本が、ずるりと音を立てて、胸板から外れた。
ごとん。
巨大なボルトが、台座の上に転がった。
「やった! やったぞ!」
エドワードが、狂喜して叫んだ。
「これで、コアは、オレのものだ!」
彼は、巨人の胸の宝石に、手を伸ばそうとした。
その瞬間。
ごご。
低い音が、足元から響いた。
「……ん?」
ごごご。
床が、震えた。
天井から、細かい砂が、ぱらぱらと降り始めた。
松明の炎が、一斉に、ゆらりと傾く。
日雇いの冒険者の一人が、青ざめた顔で、巨人の顔を見上げた。
「ゆ、勇者様……」
「何だ」
「あの、巨人の、目が……」
エドワードは、ゆっくりと、顔を上げた。
巨人の閉じていたまぶたが、ぴくり、と動いた。
続いて、石の瞼が、ゆっくり、ゆっくりと、持ち上がっていく。
その奥で、赤い光が、ぎらりと灯った。
「…………」
「…………」
「…………」
沈黙の中、巨人の組まれていた両腕が、ぎぎぎ、と音を立てて、動き始めた。




