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『ダンジョン原状回復士の事件簿』〜勇者がぶっ壊した迷宮、敷金全額没収の上で元通りに直して帰ります〜  作者: 六井求真


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第152話:海底ケーソン沈設工法:超巨大鋼鉄函の空中投下

神殿内部の排水と主柱の緊急ハツリ補修が進む一方で、この現場最大の土木工学的難所が、海溝の外縁部で口を開けていた。

 ――幅30メートル、高さ20メートル。

 大海賊勇者パーティが神殿の秘宝庫へ侵入するために、神聖なる古代外壁を外側から無反動爆縮魔導砲で粉々に吹き飛ばした大破口である。


 現在は、超巨大化して耐海水ポリマージェルを展開したポチが、自らの弾性体で外側の海水を必死に遮断している。

 だが、ポチは生体ナノグラウトだ。いくら神話級の柔軟性と復元力を持つとはいえ、永遠に1メガパスカルの水圧を全身で受け止め続けることはできない。

 本設の外壁を新たに築き、海の圧倒的な水圧を恒久的に押し返す堅牢無比な構造物――それが必要不可欠であった。


「――アレク主任! 海上の浮きドック『ヘラクレス』より入電! 本設外壁用【鋼製オープンケーソン壱号基】、組み立ておよび耐圧注水試験完了! いつでも降下作業に移れるとのことです!」

 潜水魔導艇の通信ブースから、ルシアが叫んだ。

「よし。シエル、潮汐(ちょうせき)データの確認を!」

 アレクがマイクに向かって命じる。

『――潮止まりまで、あと15分ですわ!』

 海上の管制室からシエルの凛とした声が響く。

『エメラルド海溝の底流速は、現在一・二ノットまで減速中。次の転流までの約40分が、潮流の乱れが最も小さくなる【沈設ウィンドウ】です。このタイミングを逃せば、8000トンのケーソンが海流に煽られて神殿躯体に激突し、大惨事になりますわ!』


「了解した。40分で決めるぞ」

 アレクは耐圧潜水服のヘルメットを被り、外壁破口の直下に設けられた誘導ステージへと降り立った。

 隣には、同じく潜水装備を固め、チタンラチェットとレーザー照準器を構えたエドワードが立っている。


 頭上を見上げる。

 水深100メートルの暗黒の海。

 その遥か海面上から、ゆっくりと、異形の巨大な影が降りてきた。

 ――【鋼製オープンケーソン】。

 橋梁の基礎や港湾の防波堤などを海底に築く際に用いられる、中空の超巨大な鋼鉄製の箱(函)構造体である。

 幅32メートル、奥行き12メートル、高さ22メートル。

 内部は格子状の隔壁(セル)で補強され、総重量は乾燥状態で実に8000トン。

 下端には海底の岩盤へ食い込むためのクサビ状の強固な刃――【刃口(はこう)金物】が全周にわたって鍛造鋼で溶接されている。

 10万トン級浮きドック『ヘラクレス』の2基のメガ・ジブクレーンから繰り出される直径150ミリの超極太ワイヤーロープ8本に吊り下げられ、暗黒の深海を裂いてゆっくりと降下してくる。


「う、うわぁ……っ! まるで空から城が落ちてくるみたいッス……!」

 エドワードが思わず息を呑んだ。

「見とれるな、エドワード! 海底誘導ビーコンのレーザーをケーソンの四隅のターゲットプレートに照射しろ!」

「了解ッス!」

 エドワードが腰の照射器を構え、緑色と赤色の魔導レーザーを水中へ走らせる。

 海底の玄武岩には、あらかじめドワーフの水中削岩機によって幅34メートル、深さ2メートルの着底溝(ガイドスロット)がミリ単位で掘削されていた。

 そこへ、8000トンの鋼鉄の函を、寸分の狂いもなく落とし込まなければならない。


「降下速度、毎分2メートル! 水深80メートル通過!」

 ルシアのカウントダウンが響く。

「ケーソン内部のバラスト水弁、微調整よし! 傾斜角、東西〇・〇五度、南北〇・〇二度! ほぼ完全な水平を維持しています!」

「バルガン親方、聞こえるか! 着底溝上空5メートルで一旦ホールドだ!」

『おうよ、アレクの坊主! ウインチブレーキ作動! ――ホールド!』


 ギギギギィィィッ!

 海溝の闇の中に、巨大なケーソンがピタリと静止した。

 しかし、いくら潮止まりとはいえ、深海の底流は完全に止まったわけではない。

 海溝の地形に沿って吹き抜けるわずかな渦流がケーソンの巨大な側面に当たり、8000トンの巨体がゆっくりと振り子のように揺れ始めた。

「くっ……! 横揺れ周期、四・2秒! 着底溝の縁に接触する危険があります!」

 ルシアが悲鳴を上げる。

 8000トンの質量がわずか秒速〇・5メートルで衝突しただけでも、その運動エネルギーは数1000キロジュールに達する。神殿の外壁躯体に激突すれば、神殿全体を巻き込んで大崩落を引き起こしかねない。


「慌てるな! 水流制御(スラスター)班、作動!」

 アレクが叫ぶと同時に、ケーソンの四隅に取り付けられた大型水中推進器が唸りを上げた。

 逆噴射の水流が渦を巻き、横揺れを打ち消すように巨体を押し戻す。

「エドワード、ガイドワイヤーのテンションマスターをロックしろ!」

「うおおおおおッ! 任せるッス!!」

 エドワードが海底岩盤に打ち込まれたアンカーから伸びる油圧ワイヤーウインチのレバーを力づくで引き倒した。

 ギュルルルルッ!

 四方から張り巡らされたガイドワイヤーがピンと張り詰め、ケーソンを着底溝の真上へと力づくで引き絞る。


「位置補正完了! ターゲット誤差、東西プラス3ミリ、南北マイナス2ミリ! 許容誤差範囲内です!」

「よし……巻き下げ再開! 刃口を着底溝へ進入させろ!」

『最終着底、いっけぇぇぇぇッ!!』


 ゴオオオオオオッ……。

 巨大な鋼鉄の函が、海底の砂煙を巻き上げながら着底溝へと沈み込んでいく。

 刃口金物が玄武岩の岩盤に触れ、火花のような微小な摩擦音を水中に響かせた。

 そして――。

 ズゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!!!!

 水深100メートルの海底全体を揺るがす、重厚にして完璧な着底音が響き渡った。


 泥煙がゆっくりと引いていく。

 そこには、破口を完全に覆い隠すように、威風堂々たる鋼鉄の巨壁が海底岩盤へ深く根を下ろしていた。

 隙間なく溝に収まり、傾きはゼロ。完璧な据え付けであった。


「着底確認! ケーソン底部刃口(はこう)、岩盤スロットへ完全嵌合(かんごう)しました!」

 ルシアの歓喜の叫びが響き渡った。

「やった……! やったッスよ師匠!! 8000トンのケーソンが、一発で溝に収まったッス!!」

 エドワードがチタンラチェットを天に突き上げて快哉を叫ぶ。


「まだ喜ぶのは早いぞ」

 アレクは相好を崩さず、ケーソンの背後に陣取っているポチへ歩み寄った。

「ポチ、よく耐えたな。これからケーソンの遮水シャッターを閉鎖し、水圧負荷をケーソン本体へ移行させる。ゆっくりとゲルを収縮させろ」

「ピキュ、ピキュゥッ!」

 外壁の破口を塞いでいたポチが、役目を終えた安堵からか、プルプルと小さく縮みながらアレクの腕の中へと飛び込んできた。

 ドォォォォンッ!

 ポチが抜けた瞬間の莫大な外海の水圧が、新設されたケーソンの外壁へと一気に叩きつけられる。

 だが、ドワーフの鍛冶技術と最新の構造トラスで補強された8000トンの鋼鉄函は、キシリとも言わずに深海の猛威を真っ向から受け止めた。


「本設ケーソン、水圧負荷率72パーセント! 漏水なし、変位測定値ゼロ! 止水完了しました!」

 海上のシエルからの完了報告が届く。

 アレクは腕の中のポチを優しく撫で、そのプルプルした頭に小さなヘルメットを被せ直してやった。


「よくやった、ポチ。お前の粘りがなければ、ケーソンの位置決めすら不可能だった」

「ピキュ〜ン♪」

 ポチは嬉しそうに目を細め、アレクの胸元で小さく弾んだ。


「さて、現在の時刻は16時45分だ」

 アレクがヘルメット内の時計を確認する。

「ケーソンの沈設は完了したが、これはあくまで外殻(入れ物)を置いただけに過ぎない。この中空セルの中にバラスト砂と中詰めコンクリートを充填し、神殿既存躯体との間隙に【水中不分離性コンクリート】を高圧圧入して初めて、完全な一体構造物となる」

「明日の朝一番から、生コンの打設作業ッスね!」

 エドワードが腕を撫で下ろしながら言った。

「そうだ。今夜のうちに浮きドック側で特殊混和材の配合撹拌とスランプ試験の準備を進めてもらう。――本日の深海作業はここまで! 全班、工具を片付けて昇降カゴに集合! 17時の定時ベルと同時に全員で海上へ浮上するぞ!」

『オーッ!!』


 深海100メートルの底で、職人たちの誇らしげな笑顔が輝く。

 巨大な鋼鉄の函が海の猛威を食い止めた海底神殿は、いよいよ完全復旧に向けた核心のコンクリート打設工程へと進もうとしていた。

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