第141話:追加修繕費用57兆8000億ゴールドの理詰め積算
工期33日目、午後17時25分。
地下100階、サファイア色に光り輝く世界の心臓『始祖コア』の直下。
100兆ゴールドの事前預託敷金を全額没収され、魂を抜かれた抜け殻のようになっていた三人の最高権力者たち――人間連合総宰相アルベルト、魔王軍四天王筆頭ゴルディオス、ドワーフ国王ガンドルフの前に、アレク・ユグレットは淡々と一枚の極太明細書を広げて見せた。
「これより、始祖ダンジョン地下51階から地下100階における『追加修繕費用確定請求書』の明細を読み上げます」
黄色いヘルメットのアレクが、銀の万年筆のペン先で書類の項目をトン、トンと叩いた。
「シエル技師、明細の品名・数量・単価を読み上げろ」
「はい!」
シエルが青白いホログラムモニターに、詳細な工種別内訳書をプロジェクション投影した。
そこには、三首脳の目を回すような膨大かつ極めて緻密な積算データがズラリと並んでいた。
「第1項目:地下51階〜80階、高圧魔力ヘドロ吸引洗浄および産業廃棄物特別処理費!
吸引ヘドロ総量、45万立方メートル! 魔導汚泥中和薬剤費および運搬処分費込みで――『2兆40000億ゴールド』!
第2項目:地下85階、古代防災デリュージ弁誤作動回路バイパス改修工事!
耐雷サージ配電盤新設、感電防止絶縁工事一式――『80000億ゴールド』!
第3項目:地下90階、放置点検重機アブソリュート・ゴーレム100台一斉定期車検およびベアリング交換!
高圧スピンドルオイル注油、油圧シリンダーパッキン交換一式――『1兆60000億ゴールド』!
第4項目:地下98階、超高温魔力蒸気噴出孔、耐熱急結グラウト止水工法!
高圧注入ノズル削孔および特殊セメント注入一式――『3兆20000億ゴールド』!」
「ま、待て……! 待ってくれ……!」
アルベルト宰相が青白い顔で額を押さえた。
「それだけで既に80兆ゴールドを超えておるではないか……! 最深部のコアはどうなっておるのだ!?」
「ここからが本工事の本番ですわ」
ルシアがクスクスと笑いながら、配管図面を捲った。
「第5項目!」
シエルの声が一段と熱を帯びる。
「地下100階、全高500メートル外周自立式立体トラス足場架設および解体撤去費!
ミスリル単管パイプ18万4000本、高張力クランプ52万6000組、空中資材補給メガフロート運用費込み――『12兆50000億ゴールド』!
第6項目:1000万トン始祖コア基底部、16基1000万トン級油圧ジャッキ同期チルトアップ姿勢復元工事費!
超高圧作動油『クリムゾン・フルード9000』充填費、レーザー変位同調制御一式――『8兆90000億ゴールド』!
第7項目:外殻結晶クラック1842本、高圧ミスリルエポキシパテ深部圧入および超音波探傷全数検査費!
エレノア商会特製・神聖ミスリルパテカートリッジ30万本(1本500ゴールド)、ダイヤモンドチゼルハツリ再施工費込み――『15兆20000億ゴールド』!
第8項目:基底部オリハルコン花崗岩盤、超音波共振ハイブリッド削孔(深さ50m×8孔)および80トン極太ミスリルアンカーボルト定着工事費!
変性エポキシアクリレート魔導樹脂カプセル1920本、ゴーレム回転打撃圧入費込み――『9兆80000億ゴールド』!
そして――第9項目:作業員10万人×33日間の労務単価、ならびにエドワード総棟梁(時給1500ゴールド)を含む特殊高所危険手当一式――『3兆40000億ゴールド』!」
シエルが息を吸い込み、最後の合計欄をビシッと指差した。
「以上、追加修繕実費合計――『57兆8000億ゴールド』!! 消費税およびダンジョン管理組合諸経費込みで、差引確定追加請求額――『57兆8000億ゴールド』ジャストですわ!!」
「「「ご、57兆8000億ゴールドォォォォォッッッ!?!?!?!?」」」
三首脳が同時に白目を剥き、床の上でガタガタと痙攣した。
100兆ゴールドを没収された上に、さらに国家予算の2年分に匹敵する57兆ゴールドの追い打ち請求。
破産どころか、大陸中の通貨が枯渇するレベルの超絶請求額であった。
「き、貴様ら……! ふざけるなッ!!」
ゴルディオスが怒髪天を衝く勢いで立ち上がり、魔導鎧の拳を振り上げた。
「暴利だ! 法外なぼったくりだ! 誰がそんな天文学的金額を支払えるか! 世界の心臓を人質に取って、強盗を働く気かッ!!」
「暴利? 人質?」
アレク・ユグレットは微動だにせず、冷徹な視線で四天王の巨躯を射すくめた。
「よく明細書の下段をご覧ください。赤字で特記事項が記載されているはずです」
「……な、何じゃ……? 特記事項……?」
ガンドルフ国王が震える手で書類を覗き込んだ。
そこには、アレクの整った筆跡で、こう書かれていた。
『特別減額条項:本工事は、全工程において毎日17時00分の「完全定時退社」を死守し、深夜業・休日時間外労働が一切発生しなかったため――労働安全衛生基準に基づく「深夜割増料金(基本労務費の25パーセント加算)」を【全額カット(免除)】として積算しております。正規夜間突貫施工を行った場合と比較し、約二割(実質140兆ゴールド)の割安となっております』
「に、二割……カット済み……!?」
三首脳が絶句した。
「そうです」
アレクは淡々と告げた。
「もし貴方方の要求通りに『24時間徹夜の不眠不休突貫工事』を行っていれば、疲労による墜落事故が多発して工期は倍に延び、深夜残業手当の加算によって請求額は『700兆ゴールド』を軽く突破していました。毎日17時に全員を帰宅させ、無事故無災害で最短工期を達成したからこそ、この57兆80000億ゴールドという極めて良心的かつ適正な積算に収まっているのです」
「さ、さらに申し上げますと……」
エレノアが扇子をパチンと閉じ、極上の微笑みで首脳陣を追い詰めた。
「この請求を拒否されますと、完了検査報告書の『引渡承認印』が不発行となり、始祖コアの管理権は原状回復士ギルドに留保されます。……そうなれば、コアの定期魔力供給は停止し、地上の全ダンジョンは再び機能不全に陥りますが……皆様、それでもよろしいのかしら?」
「ぐあああああああっ……!!」
アルベルト宰相が頭を抱えて悶絶した。
完全なる理詰め。
完璧な法的根拠と、工学的な正当性。
何より、現実に世界の滅亡を寸前で防ぎ、1000年前の完全な姿で目の前に聳え立つ世界の心臓を見せつけられては、もはや一言の反論も許されなかった。
「……払う……払うわい……!」
ドワーフ国王ガンドルフが、膝をつき、震える手で懐から国王の印章を取り出した。
「人間連合、魔王軍、ドワーフ王国で三等分じゃ……! 金鉱山も、魔導鉱脈も、国庫の備蓄も……全部叩き売って工面してやる……!」
「う、うむ……背に腹は代えられん……!」
ゴルディオスも苦悶の表情で血判の指を伸ばした。
そしてアルベルト宰相も、涙と鼻水を流しながら、宰相の公印を書類に押し当てた。
――ペタンッ!! ジュウウウウッ!
三国の最高権力者の調印が完了した。
事前預託敷金100兆ゴールド全額没収、ならびに追加修繕費用57兆8000億ゴールドの満額確定承認!
原状回復士の歴史上、空前絶後にして最大最強の『完全勝利確定書』が、ここに完成したのである!
「毎度ありでございますわ」
エレノアが優雅に会釈し、調印済みの書類を黒革バインダーに収めた。
そして――アレク・ユグレットは懐中時計を取り出し、カチリと蓋を開いた。
時刻は、17時30分。
「これにて、地下100階における全業務を終了する」
アレクは10万人の職人たちに向き直り、澄んだ声で号令を下した。
「全作業員、地上への撤収を開始せよ! 今夜は地上で――勝利の祝杯だ!!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!」」」
大空洞を揺るがす歓声とともに、10万人の英雄たちが、いよいよ光あふれる地上への凱旋へと歩み出すのであった。




