第135話:80トンのミスリルボルトと超高強度ケミカルアンカー
工期30日目、午前9時00分。
地下100階、全高500メートルの世界の心臓『始祖コア』の円形基礎周辺。
前日、アレクとガントが考案した『超音波共振ハイブリッドマイクロクラック削孔工法』と100台の点検ゴーレム部隊による超絶掘削によって、モース硬度10のオリハルコン花崗岩盤には、深さ50.0メートル・内径5.5メートルの巨大削孔が、予定通り『全8孔』寸分の狂いもなく垂直に穿たれていた。
だが、孔を掘っただけでは基礎は完成しない。
この神話の底深くに穿たれた大穴へ、世界の心臓を永久に繋ぎ止めるための『新たなアンカーボルト』を建て込み、大地と分子レベルで一体化させなければならないのだ。
「全重量物揚重班、玉掛けワイヤーの点検ヨシ! 門型クレーン油圧ウインチ、微速巻き上げスタンバイ!」
二本線ヘルメットのエドワードが、黄色い誘導旗を両手に握り、台座直下のステージで野太い号令を下した。
そのエドワードの眼前で、地下90階から直通搬入されてきた『新設アンカーボルト第1号』が、威風堂々たる威容を現していた。
――全長55.0メートル。
軸径5.0メートル。
単体自重、実に『80トン』。
神聖ミスリルと高純度アダマンタイトを積層真空鍛造し、表面に高圧魔導波を刻み込んだ、人類工学の粋を集めた超巨大アンカーボルトであった。
銀色に鈍く光るボルトの表面には、強大な引き抜き荷重に耐えるための巨大な逆テーパー状の螺旋リブ(異形節)が幾重にも刻み込まれている。
「すげぇ……もはやボルトっていうより、城の天守閣を支える巨木の柱だな……」
若手の王国兵鳶職人が、見上げるような巨躯に圧倒されて唾を呑んだ。
「見惚れてる暇はないぞ。これより、本工法の核心部――『超高強度魔導ケミカルアンカー定着工程』へ移行する」
黄色いヘルメットのアレク・ユグレットが、図面バインダーを小脇に抱えて歩み寄ってきた。
アレクの背後には、ルシア率いるサキュバスと魔族の補給部隊が、特製のクレーンを用いて巨大な木箱を慎重に吊り降ろしていた。
木箱の中から現れたのは、巨大な透明ガラスカプセルの山であった。
直径300ミリ、長さ1.5メートル。
強化ガラスで密閉されたカプセルの中には、鮮やかな黄金色の主剤と、深紅の硬化触媒が、二重構造のガラス管に分かれて封入されていた。
「ルシア課長、定着樹脂の諸元を報告しろ」
「はい、アレク様!」
ルシアが配管図面を掲げて胸を張った。
「王都錬金術最高評議会と魔王軍技術部が共同開発した、神話級アンカー専用『変性エポキシアクリレート超高強度魔導樹脂』でございます! 1孔あたり、この大型ガラスカプセルを深さ50メートルの孔底へ『240本』一斉投入いたします!」
「240本……!?」
エドワードが目を丸くした。
「ええ! ガラスカプセルごと孔底へ沈めた後、80トンのミスリルボルトをゴーレムの回転打撃によって毎分120回転させながら孔底へ圧入いたします! ボルトの先端ビットがガラスカプセルを瞬時に粉砕・混練し、主剤と硬化触媒が化学反応を起こしますの!」
ルシアの小悪魔の瞳が、エンジニアとしての熱狂に輝いていた。
「硬化反応熱は摂氏180度に達し、樹脂はわずか15分で完全硬化! 圧縮強度『380メガパスカル』、付着せん断強度『65メガパスカル』を叩き出します! 岩盤が破壊されることはあっても、ボルトが引き抜かれることは絶対にございませんわ!」
「完璧な定着強度だ」
アレクは頷き、懐中時計を取り出した。
時刻は午前9時25分。
「全班に通達! 第1号孔へのケミカルカプセル投入を開始せよ!」
「投入開始!」
ドワーフの職人たちが、特製のバスケットを用いて240本のガラスカプセルを深さ50メートルの孔底へ慎重に垂直降下させていく。
カプセルが孔底に整然と積み重なり、準備が完了した。
「カプセル投入完了! 孔底レベル確認、マイナス42.0メートル!」
シエルがレーザー深度計の数値を読み上げた。
「よし! ボルト吊り込み開始!」
アレクのホイッスルとともに、4台の大型点検ゴーレムが操作する門型油圧ウインチが唸りを上げた。
80トンのミスリルボルトが、極太の玉掛けワイヤーに吊り上げられ、大空洞の宙へとゆっくりと立ち上がっていく。
鉛直度をミリ単位で保ちながら、直径5メートルの巨体が、直径5.5メートルの削孔の真上へとピタリと位置決めされた。
「孔芯位置、誤差0.8ミリ! 挿入準備完了です!」
シエルの叫びが響く。
「エドワード、回転打撃圧入を開始しろ!」
「おうよ! ゴーレム隊、回転油圧モーター噛み合わせ! 圧入開始ッ!!」
エドワードが腕を振り下ろした。
ズズズズズ……ッ!
ボルトの頭頂部に、ゴーレムたちの超大型回転駆動ユニットがガッチリとドッキングした。
そして――。
――キュイィィィィィンッ! ドガガガガガガガガッッッ!!
80トンのボルトが毎分120回転で猛烈に回転しながら、毎分2メートルの速度で孔の奥底へと吸い込まれていった。
孔底に到達した瞬間、ガラスカプセルが一斉に破砕される甲高い破裂音が地底に響いた。
パリンッ! バリンッ! ジャリジャリジャリッ!!
破砕された強化ガラスの微粒子が、高粘度のエポキシアクリレート樹脂の中で最強の骨材として作用し、激しい摩擦熱によって化学反応が一気に加速された。
孔口とボルトの隙間から、甘い樹脂の匂いとともに、熱膨張した白煙がブワッと噴き出す。
「樹脂硬化反応開始! 孔底温度165度……178度! 樹脂充填圧、設計値の12メガパスカルに到達!」
シエルが絶叫した。
「全周囲のクリアランスに樹脂が均一充填されています! ボルト埋設深度、所定のマイナス50.00メートルでピタリと定着しました!!」
「回転停止! 加圧保持モードへ移行!」
アレクが鋭く命じると、ゴーレムたちは回転を止め、硬化が完了するまでの15分間、ボルトの頭頂部に200トンの油圧荷重をかけ続けて浮き上がり(バックラッシュ)を完全に抑え込んだ。
ゴォォォォ……と地底の熱気が静まり返っていく。
やがて、孔口から溢れ出た樹脂が、黄金色から漆黒のダイヤモンドのような光沢を放つ超高強度硬化体へと変貌を遂げた。
冷え切った樹脂に触れたバルガン親方が、鋼鉄のハンマーでガンガンと叩いて見せた。
カァァァンッ! カァァァンッ!
澄み切った硬い金属音が、岩盤とボルトが完全に一対の剛体となったことを証明していた。
「硬化完了……! 付着強度測定、非破壊超音波パルス試験――合格(PASS)!」
シエルの声が、涙混じりに震えていた。
「第1号アンカーボルト……設計極限引張耐力『2000万トン』を完全に確保! 大地と完全に一体化しましたわ!!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!」」」
10万人の職人たちから、地鳴りのような大歓声が沸き起こった!
80トンの巨大ボルトが、神話の岩盤深くに、永遠に揺るがぬ根を下ろしたのだ。
「へっ……1本目、完了だな!」
エドワードが額の汗を拭い、アレクと拳をゴツンと突き合わせた。
「アレク、残り7本だ! この調子で全部ぶち込んでやろうぜ!」
「ああ」
アレクは力強く頷き、時計を見つめた。
「工期30日目、順調だ。残り7本、本日中に全数定着を完了させる。これが終われば――いよいよ16基の油圧ジャッキを除圧し、世界の心臓を完全自立させる瞬間が訪れるぞ」
真の原状回復の完成へ向けて、最後のピースが着実に嵌め込まれていくのであった。




