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『ダンジョン原状回復士の事件簿』〜勇者がぶっ壊した迷宮、敷金全額没収の上で元通りに直して帰ります〜  作者: 六井求真


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第134話:超音波共振ハイブリッド掘削の轟音

工期29日目、午前10時00分。

 地下100階、全高500メートルの世界の心臓『始祖コア』の真下。

 直径300メートルの巨大円形台座の周囲には、地底の静寂を粉微塵に吹き飛ばすほどの凄まじい熱気と重機械の唸りが渦巻いていた。


 モース硬度10を超える神話級の岩盤――『オリハルコン花崗岩盤』。

 通常のダイヤモンド超硬コアドリルでは1時間に2ミリしか削れず、新設アンカーボルト用の孔を掘るのに20年以上かかるという絶望の壁に対し、アレクと師匠ガントが提示した奇策――『超音波共振ハイブリッドマイクロクラック削孔工法』の実証が、いよいよ開始されようとしていた。


「アレク主任、削孔位置の芯出し(センターリング)完了です!」

 中央デッキで、シエルが青白いホログラムモニターを指差した。

「対象は、破断した旧第1号アンカーボルトの直近岩盤! 目標削孔諸元――内径5.5メートル、削孔深度50.0メートル! 鉛直度許容誤差は1000分の1以内(50メートル先で50ミリ以内のズレ)です!」


「うむ。新設ボルト径5メートルに対し、周囲250ミリの均一な樹脂充填クリアランスを確保する。鉛直度が狂えば、80トンのボルトが孔壁に接触して挿入不能になるぞ」

 黄色いヘルメットのアレク・ユグレットは、手元の図面バインダーを指先で叩いた。


 その台座の直下には、異様な光景が広がっていた。

 地下90階で修理・車検を完了させた100台のアブソリュート・ゴーレムのうち、重量級の『作業隊長機』12台が、直径5.5メートルの巨大な回転削孔リングフレームを円形に取り囲んでいたのだ。

 ゴーレムたちの巨体には、特製の油圧シリンダーと極太のミスリル鋼製反力アームが連結され、岩盤に向かって全体重を垂直に押し付ける構造となっている。


「ガント師匠、超音波励起の準備は?」

 アレクが振り返る。


「いつでもいけるぜ、バカ弟子」

 師匠ガントが煙管を腰に差し、自ら設計した巨大な魔導共振発振器の主幹スイッチに手をかけた。

「岩盤の結晶格子が共振を起こすのは、周波数『28万4000ヘルツ』だ。この超音波が岩盤の原子結合を揺さぶり、分子間に無数の微細クラック(マイクロクラック)を励起させる。……そこへゴーレム共の怪力でドリルをねじ込むんだ。タイミングがコンマ1秒狂えば、ドリル刃が弾き飛ばされるぞ!」


「エドワード総棟梁、押し付け荷重と回転トルクのスタンバイはいいか?」


「へっ、バッチリだぜ!」

 ゴーレム隊の足場ステージの上で、二本線ヘルメットのエドワードがチタンラチェットを天に突き上げた。

「12台のゴーレムの油圧同調ライン、ルシアの配管でバッチリ繋がってる! 合計押し付け荷重『500トン』! 最大回転トルク『45万ニュートンメートル』! いつでも岩盤をすり潰してやるぜ!」


「よし」

 アレクは胸元のホイッスルを咥え、息を吸い込んだ。


 ――ピィィィィィッ!!


 鋭い笛の音が鳴り響いた。


「超音波発振器、出力全開! 周波数28万4000ヘルツ照射開始!」


 キィィィィィィィィィィン……ッッッ!!


 耳をつんざく超高周波の共鳴音が、大空洞の空気を震わせた。

 岩盤に密着した12基の音響トランスデューサーから、目に見えない衝撃波がオリハルコン花崗岩の深奥へと叩き込まれる。

 黒く輝いていた硬度10の岩盤表面が、超音波の共振エネルギーを受けて淡い紫色の燐光を放ち始めた。

 岩盤内部の分子格子が激しく振動し、原子間の結合力が劇的に低下していく!


「岩盤の分子間結合エネルギー、85パーセント低下を確認! マイクロクラック群の発生、深度3メートルまで到達!」

 シエルが叫んだ。


「今だ! ゴーレム隊、垂直荷重500トン負荷! ドリル回転開始!!」


「野郎ども、押し潰せェェェェッ!!」

 エドワードの咆哮とともに、12台のゴーレムの油圧シリンダーが一斉に唸りを上げた。

 ズズズズズ……と500トンの暴力的な重量が削孔リングへと叩きつけられ、直径5.5メートルの回転ヘッドが回転を開始した。


 ギギギギギギ……ズガガガガガガガガッッッ!!!!


 地底が割れんばかりの轟音が爆発した。

 先ほどまで最新鋭ダイヤモンドコアドリルを真っ二つにへし折っていた神話の岩盤が――まるで、よく熟したチーズのように、滑らかに、そして凄まじい勢いで削り取られ始めたのだ!


「削孔速度、測定開始!」

 シエルがホログラムモニターに張り付いて叫ぶ。

「深度50センチ突破……1メートル……1.5メートル! 現在の掘削速度――『毎分48.5センチ』!! 理論値通りの高速掘削を達成しています!!」


「うおおおおおおおおっ!? 削れてる! 本当にゴリゴリ削れてるぞ!!」

 バルガン親方が髭を震わせ、目を剥いて叫んだ。

「1時間で2ミリしか削れなかったあのバカ岩が……数分で人間の背丈よりも深く掘り進んでやがる!!」


 削孔孔の周囲からは、超音波によって粉末状に破砕されたオリハルコン花崗岩の微粉末が、高圧エアブローによって猛烈な白煙となって噴き出していた。

 それを、ルシア率いるサキュバスと魔族の吸引部隊が、特製の大型バキュームダクトで瞬時に回収していく。

 粉塵が視界を遮ることも、作業員の肺を傷めることもない。完璧な環境管理であった。


「深度10メートル突破! 鉛直度偏差、わずか1.2ミリ!」

「深度25メートル! 半分通過!」

「深度40メートル! 岩盤性状変化なし、安定掘削継続中!」


 シエルのカウントダウンが響くたび、ゴーレムたちの力強いピストン運動が繰り返され、削孔深度は深淵へと伸びていく。

 12台のゴーレムは、アレクの事前プログラミング通りに完璧な姿勢制御を保ち、500トンの荷重をコンマ1ミリの偏心もなく垂直下方向へと伝え続けた。


 そして――掘削開始からわずか1時間45分後。


 ――ガツンッ!! ドォォォォンッ!!


 削孔ヘッドが所定の深度リミッターに到達し、自動停止クラッチが作動した。


「深度50.00メートル、到達!! 削孔第1号孔、完了ですわ!!」

 シエルの歓喜に満ちた叫びが、大空洞に響き渡った。

「鉛直度三次元レーザー測定――全深度における偏心量、最大わずか6.8ミリ! 許容公差50ミリを完璧にクリア! 芸術的な垂直大口径孔が穿たれました!!」


「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!」」」


 削孔デッキを取り囲んでいたドワーフや王国兵たちから、大地を揺るがすような大歓声が沸き起こった!

 20年以上かかると絶望されていた神話岩盤の掘削が、わずか1時間45分で成し遂げられたのだ。


「へっ、見たかバルガンのオッサン! これがアレクの頭脳と、ガントのジジイのデータ、そしてオレたち職人のチームワークの力だぜ!」

 エドワードが汗を拭い、チタンラチェットを鳴らして誇らしげに胸を張った。


「ぐぬぬ……まいった! 完敗だ!」

 バルガン親方は豪快に頭を掻き、アレクとガントに深く頭を下げた。

「物理工学ってのは、魔法よりも遥かにスゲエ魔法だな! これなら勝てる! 工期内に8本全部掘り抜けるぞ!」


「ああ、勝てるさ」

 アレク・ユグレットは微笑むことなく、しかし力強い眼差しで頷いた。

「だが、立ち止まっている暇はない。残り7孔。この手順を寸分の狂いもなく反復し、本日中に全8本の削孔を完了させる。――全削岩班、第2号孔へ移動開始!」


「「「アイアイサーッ!!!!」」」


 物理工学の勝利に沸く地下100階で、10万人の大軍勢は更なる進撃を開始した。

 神話の岩盤を穿つ超音波の轟音は、世界の心臓を永遠に支える強固な基礎の完成へと向かって、力強く地底に鳴り響き続けるのであった。

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