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『ダンジョン原状回復士の事件簿』〜勇者がぶっ壊した迷宮、敷金全額没収の上で元通りに直して帰ります〜  作者: 六井求真


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第127話:第九ジャッキの油圧暴走とエドワードの決死行

工期22日目、午後14時45分。

 地下100階、全高500メートルの世界の心臓『始祖コア』の真下。

 残存アンカーボルトのうちの1本――太さ800ミリのミスリル鋼製『第6号アンカーボルト』が爆発的に破断した瞬間、現場の空気は完全に凍りついた。


 ボルトの破断によって拘束を解かれた数100万トンの復元衝撃エネルギーが、行き場を失って南西側の台座へと一気に雪崩れ込んだのだ。


 ――ズドオオオオオオオオッ!!


「きゃあああっ……!?」

 地上50メートルの中央計測デッキで、シエルが悲鳴を上げた。

 ホログラムモニターに映し出された16基の油圧グラフのうち、南西側の中心に位置する『第9番ジャッキ』のバーグラフが、限界値を示す深紅のゾーンを軽々と突き破った。


「第9番ジャッキ内圧、瞬間最大『280メガパスカル』を突破! 設計耐圧の140パーセントに達しています! 過圧安全リリーフ弁、作動限界を超過――!」

 シエルの叫びが終わるよりも早く、現場で破滅の音が炸裂した。


 ――プシューーーーッッッ!! ドババババババッ!!


 第9番ジャッキの側面に設置された超高圧安全弁のシールパッキンが、超高圧の作動油に耐えきれずに吹き飛んだのだ。

 霧状になった深紅の作動油『クリムゾン・フルード9000』が、秒速数100メートルのウォータージェットとなって猛烈な轟音とともに大気中へ噴出し始めた。

 油圧が急激に抜けていく。

 それによって、第9番ジャッキのピストンがミリ単位で急速に沈み始めたのだ。


「第9番シリンダー、油圧喪失! ストロークが逆行しています! 現在の沈降量、マイナス1.2ミリ……2.5ミリ……! コアが南西側へ急速に再転倒を開始しました!」


「なっ……!?」

 エドワードが目を見開いた。

 見上げる始祖コアの青白き巨体が、グラリと揺れ、先ほどまで持ち上がっていた南西側へと再び傾き始めていた。

 このまま第9番ジャッキの油圧が完全に抜ければ、隣接する第8番、第10番ジャッキに荷重が連鎖してパンクし、10000万トンの巨体は台座から滑落して地上へ激突する。

 残された時間は、わずか数10秒。


「第9番の主動操作員、直ちに緊急遮断スピンドルを締めろ!」

 アレクがマイク越しに怒号を飛ばす。


「だ、駄目です! 噴き出した作動油の圧力風で近づけません! 操作員が吹き飛ばされました!」

 現場のドワーフ職人が血を吐くような声で叫んだ。

 霧状の作動油は超高圧の刃となって吹き荒れており、生身の人間が近づけば皮膚を切り裂かれて即死する死のゾーンと化していたのだ。


「くそったれがァァァッ!!」


 その時、閃光のように動いた男がいた。

 二本線ヘルメットに総棟梁の腕章を巻いた元勇者――エドワードであった。


「エドワード、待て! 近づくな!」

 師匠ガントが叫ぶ。


「待ってられるかよ! オレたちが4日かけて組み上げた足場と、10万人の仲間を……こんなところで潰されてたまるかァッ!!」

 エドワードは腰の安全帯から、純チタン製の大型ラチェットレンチを抜き放った。

 そして、かつて魔王軍の軍団長と刃を交えた元勇者としての全闘気を、その屈強な肉体にみなぎらせた。


「《剛体気流装甲(オーラアーマー)》ッ!!」


 エドワードの全身から黄金の闘気障壁が爆発的に噴き上がった。

 高圧作動油のジェット噴流がバチバチとエドワードの皮膚とヘルメットを削り取るが、エドワードは歯を食いしばり、一歩も退かずに噴流の渦中へと突進した。


「うおおおおおおおおっ!!」


 猛烈な油煙と激痛の中、エドワードは第9番ジャッキの緊急遮断スピンドル――固着トルク600ニュートンメートルで締め付けられた鋼鉄のハンドルへと手を伸ばした。

 だが、漏れ出す油圧の背圧によって、スピンドルは猛烈な逆回転を起こそうと暴れていた。生半可な力ではビクともしない。


「回れ……回れよクソッタレがァッ!!」

 エドワードは愛用のチタンラチェットのソケット部をスピンドルの六角軸に力任せに噛み合わせると、全身の体重を乗せてレンチの柄にぶら下がった。


 ギギギ……ッ!!

 エドワードの腕の筋肉が断裂寸前まで膨れ上がり、血管が浮き出る。

 だが、280メガパスカルの背圧はあまりにも重く、ラチェットの歯車が軋みを上げて逆戻りしかけた。


「アレク! 背圧を抜け! このままじゃオレの腕がもげるぞッ!!」


「ルシア!」

 地上デッキのアレクが、コンマ零秒で指示を飛ばした。

「第9系統のリターンバイパス電磁弁を強制励磁! ドレンタンクへの緊急リリーフ弁をパルス状にマイクロ解放しろ! 配管の衝撃圧(サージ圧)を相殺しながら、エドワードの操作抵抗を1時的にゼロまで落とせ!」


「任せなさいまし! 魔王軍流・流体パルス背圧キル!」

 ルシアが両手で魔導回路を操作し、背圧ドレンのソレノイドを一瞬だけ励磁させた。


 フッ……!

 スピンドルにかかっていた超高圧の抵抗が、奇跡的な連携によって一瞬だけ消失した。


「今だ、エドワード! 全開から全閉まで、一気に2回転半締め込めッ!!」

 アレクの咆哮が響いた。


「おおおおおおおおおおおおッッッ!!!!」


 エドワードの咆哮とともに、チタンラチェットが黄金の光を放って回転した。


 ――カカカカカカンッ! ガチンッ!!

 ――カカカカカカンッ! ガチンッ!!


 凄まじいスピードでスピンドルがねじ込まれ、噴き出していた作動油のジェットがピタリと遮断された。

 漏洩停止。

 第9番ジャッキのピストン内室が完全に密閉され、油圧の沈降が――『マイナス3.1ミリ』の地点で、ピタリと静止したのである。


「遮断弁……完全閉止完了……!」

 エドワードは全身に作動油を浴び、肩で荒い息をつきながら、ラチェットを握りしめたまま膝をついた。

 ヘルメットのシールドは油で真っ赤に染まり、作業服のあちこちが擦り切れていたが、その顔には不敵な笑みが浮かんでいた。


「止めたぞ……アレク……! 油圧漏れ、止めてやったぞ……!」


「第9番ジャッキ内圧、210メガパスカルで安定! 油圧漏洩、ゼロを確認!」

 シエルの歓喜に満ちた叫びが、大空洞に響き渡った。

「第8番、第10番ジャッキへの連鎖荷重も回避されました! コアの沈降、完全停止!」


「よくやった、エドワード!」

 アレクの声が、珍しく熱を帯びてマイク越しに轟いた。

「シエル、ルシア! 直ちに第9系統の予備昇圧ラインを開放! 沈降した3.1ミリを取り戻せ!」


「予備ライン開放! 昇圧開始!」

 ルシアが即座にレバーを操作すると、第9番シリンダーへ新たな作動油が送り込まれ、ピストンが再びミリ単位で頭をもたげた。


 ズズ……ガチンッ!

 第9番ジャッキの受圧座が、失われた3.1ミリを取り戻し、再び16基全体の完全同調ラインへと復帰したのである。


「す、すげぇ……あのバカ勇者、生身で280メガパスカルの油圧弁をねじ伏せやがった……!」

 ドワーフの職人たちが口々に叫び、やがてそれは10万人による割れんばかりの拍手と歓声へと変わっていった。


「へっ、これくらい……時給1500ゴールドの棟梁なら……朝飯前だっつーの……」

 エドワードは油まみれの顔を腕で拭い、立ち上がってチタンラチェットを天高く突き上げた。


「さあ、アレク! 邪魔者は全部片付いたぜ! 最後のひと押し、一気に決めてやれッ!!」


「了解した」

 アレク・ユグレットは頷き、再びホイッスルを咥えた。

 ピンチを乗り越えた10万人の絆は、もはや何者にも揺るがない。

 10000万トンの始祖コアは、いよいよ最終ストローク――1000年前の垂直姿勢の完全復元へと向かって、力強く押し上げられていくのであった。

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