第118話:損害鑑定報告:残り11日の寿命
地下100階『始祖コアの間』。
直径3キロメートル、天井高800メートルの超弩級地下空洞の中央には、全高500メートルに及ぶ青白き結晶巨球【始祖コア】が、激しい偏心振動とともに鈍い地鳴りを放ち続けていた。
ズゥゥゥゥン……! ギチギチギチ……!
一拍ごとに空洞全体が数ミリ単位で波打ち、吹き荒れる高濃度エーテルの風が10万人の作業員のヘルメットを激しく揺さぶる。
現場総監督アレク・ユグレットは、作業台の上に広げた特大の測量方眼紙と、古代竣工図面第980番を見比べながら、手元の白手袋に握ったペンを寸分の狂いもなく走らせていた。
「シエル、レーザートラッカーによる球体表面の3次元スキャンデータを読み上げろ」
「はい、主任!」
シエルが三脚に据え付けられた古代魔導レーザー測量機を操作し、表示画面に映し出された無数の点群データを指差し呼称で読み上げる。
「球体赤道部、外殻結晶のひずみ率、許容限界値の142パーセントを記録! 最大開口幅120ミリメートルの主亀裂、確認数214本! 微細クラックを含めると総数1842本に達しています! 亀裂深さは最深部で2.4メートル、内部のエーテル圧導管にまで到達寸前です!」
「クロ、空中から亀裂先端の熱源分布を報告しろ」
「へい主任! 南西側の亀裂先端から、青白いプラズマ放電がバチバチ漏れ出してるぜ! 応力集中係数は危険域の3.5倍、いつ結晶が一気に割れてもおかしくねえ状態だ!」
空中を旋回するクロが鋭く叫ぶ。
「クラックの進展速度は?」
「毎時0.8ミリメートルです! 球体が自重で傾斜しているため、南西側の外殻にかかる圧縮応力が極限を超え、亀裂の先端が進行し続けています!」
「やはりそうか」
アレクの碧眼が、冷徹に数値を咀嚼する。
「自重10000万トンが、偏心角3.8度で傾いているのだ。基礎部にかかる曲げモーメントは推定で約2億50000万キロニュートンメートル。残存する26本のアンカーボルトが引き千切れるのは、もはや時間の問題だ」
「さらに深刻なのは、共振現象の発生だ」
アレクは測量図の振動波形をペン先で指した。
「球体の固有振動数は毎秒1.2ヘルツ。一方、地底のマントル対流による微小振動が1.18ヘルツ。両者がほぼ完全に同期(共鳴)し始めている。共振によって揺れが増幅されれば、ボルト破断の加速度は幾何級数的に跳ね上がる」
「お、おいアレク……!」
背後で聞いていたエドワードが、青ざめた顔で身を乗り出してきた。
「2億50000万キロニュートンだか何だか知らねえが……要するに、あとどれくらい持っちまうんだ!? 世界の寿命は、あと何日残されてるんだよ!?」
ドワーフのバルガン親方も、巨大な顎髭を震わせて詰め寄る。
「アレク、はっきり言ってくれ! 地盤の耐力計算なら儂らもプロだ。あの傾き方と地鳴りのピッチ……素人目に見ても、もう首の皮一枚で繋がってる状態じゃねえのか!?」
アレクは手元の計算用紙に最後の偏微分方程式を書き殴り、赤ペンで太い二重線を引いた。
「正確に告げる。残り時間は――『11日と14時間22分』だ」
「「「じ、11日……!?」」」
周囲にいた工兵隊長や重装騎士団長たちが、一斉に息を呑んだ。
「当初、地上の賢者たちが試算していた世界の心臓の寿命は『残り17日』であった。だが、それはコア本体の魔力減衰だけを机の上で計算した空想の数字だ。現場の実測構造力学に照らせば、基礎アンカーの疲労破壊による物理的自壊のタイムリミットは、それよりも遥かに短い。残り11日を過ぎた瞬間、コアは基部からへし折れて床面に激突し、世界全土が蒸発する」
「ひ、ひぃぃぃっ……! そんな馬鹿な……!」
「11日なんて、資材を運ぶだけで終わっちまうぞ!」
10万人の間に動揺と絶望が走りかけた、その時であった。
バサァッ!!
アレクが作業台の上に、一枚の長大な新規施工図面を力強く広げた。
それは、アレクが地下80階から99階までの行軍の合間に、不眠不休で引き直した前代未聞の特大設計図であった。
――【PROJECT PRIME: PHASE-1 / CORE SUPPORT 500M FREE-STANDING TRUSS SCAFFOLDING & 16-JACK SYNCHRONOUS LIFTING SYSTEM】
――『始祖コア外周500メートル自立式立体トラス足場架設および16台同調油圧ジャッキ工法施工要領図』
「動揺している暇はない。工期が11日なら、10日で終わらせればいいだけの話だ」
アレクの毅然たる声が、絶望を切り裂くようにドームに響き渡った。
「見ろ。これが今回の原状回復の全工程だ。全高500メートルのコアの周囲に、外径600メートルの巨大立体トラス足場を組み上げる。単管パイプを三角形に接合するトラス構造は、四角形と異なり外力による変形が理論上ゼロになる。この三角形の集合体を500メートルの高さまで円筒状に編み上げることで、秒速40メートルの魔力暴風雨も、10000万トンの振動も完全に足場全体で受け止めて地盤へ逃がす!」
「外径600メートル、高さ500メートルの足場……!」
エドワードの目が、職人としての凄まじい光を放ち始めた。
「そうだ。そして足場が組み上がった直後、基部に配置した16台の特大同調油圧ジャッキを起動。1台あたり定格能力1000万トン、計16000万トンの油圧パワーで、10000万トンの始祖コアを1ミリ秒の同調精度でわずか50ミリメートルだけリフトアップ(持ち上げ)する!」
アレクは白手袋の拳をギュッと握り締めた。
「球体を宙に浮かせて水平を垂直に戻した状態で、深さ50メートルの新設ケミカルアンカー128本を岩盤に削孔定着。同時に外殻の亀裂1842本を超音波探傷しながら樹脂圧入で完全補修する。――これ以上の工法はこの世に存在しない」
「がはははっ……! すげえ……! 途方もねえが、筋が通りすぎてて鳥肌が立ってきたぜ!」
エドワードが腰のチタンラチェットを抜き放ち、ギラギラとした野生の瞳でアレクを睨みつけた。
「世界の心臓を丸ごと包む500メートルの足場架設……! オレたち鳶職人にとって、これ以上の晴れ舞台が歴史上のどこにあるってんだ! やってやろうじゃねえか、アレク総監督!」
「ルシア、冷却水のバイパスラインの温度制御はどうだ?」
「はい! 第3系統から第6系統までの排熱ドレン弁を全開に設定済みです! ジャッキアップ時に発生する圧縮熱も、毎分2万リットルの循環冷却水で完全に抑え込めます!」
ルシアが即座に数値を返し、胸を張る。
「シエル、100台のアブソリュート・ゴーレムの揚重配置計画は?」
「完璧です! 外周600メートルの円周上に、3.6度間隔で100台を均等配置しました! 1台あたり定格揚重50トン、全機連動で1時間あたり3000トンの鉄骨トラス材を高度300メートルまで吊り上げ可能です!」
「よし」
「現在の時刻は午前8時45分。資材の荷解きと第1層ベースプレートの設置を直ちに開始する。――だが、その前に一つだけ、果たさなければならない対面がある」
アレクは視線を、蒸気が立ち込めるコア基部の暗がりへと向けた。
「師匠が、そこで待っている」
「ガントの親方……!」
エドワードが息を呑み、リリアナが祈るように胸の前で手を組む。
「10万人の作業員と、最高の資材と図面を携えて、一番弟子が迎えに来ましたよ……と、親方に教えて差し上げなくてはなりませんね」
「ああ。10年間、一人で世界を背負い続けた老棟梁に、交代の時間を告げに行く」
アレク・ユグレットは愛用のラチェットレンチを腰に差し、静かに歩みを進めた。




