第114話:地下98階:高圧魔力蒸気の間欠泉地帯
工期17日目の午前8時30分。
最深部地下100階・始祖コアの間まで、残る階層はわずか2層。
だが、地下98階の連絡回廊に到達した東西合同原状回復隊を待ち受けていたのは、視界を完全に遮断する真っ白な蒸気の白壁と、耳をつんざく爆音であった。
――シュドォォォォォォンッ!! ゴォォォォォッ!!
幅50メートル、長さ300メートルに及ぶ大裂罅の谷底から、数秒おきに純白の魔力蒸気柱が数10メートルの高さまで勢いよく噴き上がっていた。
噴出温度は摂氏300度、噴出圧力は実に30メガパスカル。
超高圧の蒸気が岩盤を削り取りながら吹き荒れ、通路全体の気温を一瞬で摂氏80度近くまで跳ね上げている。
「うわぁっ……! 熱いなんてもんじゃねえ! 近づいただけで眉毛が焦げそうだ!」
上級主任の腕章を巻いたエドワードが、耐熱バイザーを下ろしながら後ずさりする。
「おいアレク、岩盤の割れ目という割れ目から、蒸気の間欠泉がランダムに噴き出してやがるぞ! こんなの足場を組もうにも、下から突き上げられて一瞬で吹き飛ばされちまう!」
「始祖コアの冷却系統破損に伴う、高圧ドレンの地層漏洩現象だ」
アレク・ユグレットは手元の赤外線サーモカメラを覗き込み、岩盤の温度分布を冷静に分析した。
「本来であれば地下99階の排熱コンデンサへ送られるべき高圧蒸気が、亀裂を通じてこのフロアの破砕帯へ逃げ出している。放置すれば背圧によって地下100階の主幹配管が破裂するだけでなく、我々の進軍ルートが完全に消滅する」
「ま、待ってください! 迂回路はないのですか!?」
シエルが青焼き図面をめくりながら叫ぶ。
「ない。この間欠泉地帯の直下を通る中央坑道こそが、5000トンの資材を積んだアブソリュート・ゴーレム部隊が通過できる唯一の幹線ルートだ。迂回は不可能。――この蒸気の噴出孔を、正面から完全に止水(グラウト封鎖)して突破する」
「止水だって!? 摂氏300度、30メガパスカルの蒸気をどうやって止めるんだよ!」
エドワードが目を剥く。
「ドワーフ工兵隊の真骨頂を見せる時だな」
重厚な笑い声とともに、隊列の先頭へ歩み出てきたのは、白髪の顎髭を蓄えた老ドワーフ棟梁――ドワーフ王国重機工兵隊長のバルガン親方であった。
その背後には、巨大な円筒形の鋼鉄削岩シールドマシンと、高圧注入ポンプ車3台がズラリと車列を組んでいた。
「がっはっは! アレク総監督の言う通りだ! 湧水や蒸気の吹き出しなんざ、鉱山掘りにとっては日常茶飯事よ! シールドマシンの耐熱前面シールドで蒸気を遮蔽しながら、亀裂の奥深くに特殊な薬液をブチ込んで固めてやるぜ!」
「バルガン親方、配合は指示通りだな?」
アレクが確認する。
「おうよ! アレクから指定された『超微粒子ケイ酸ナトリウム系・急速硬化耐熱グラウト材』だ! 摂氏500度の高熱下でも15秒で硬化し、圧縮強度60メガパスカルの人工岩盤を形成する特注品だ!」
「よし。工法は『高圧止水グラウト注入・同時前進工法』を採用する」
アレクは白手袋のスケールを前方へ突き出した。
「バルガン親方のシールドマシンを先頭に、蒸気の直撃を耐熱フェンダーで受け止めつつ、噴出孔周辺の健全部へ斜め45度で注入管を削孔圧入。ポチの粘性制御ジェルを混合した耐熱グラウト材を、噴出圧を超える35メガパスカルで一気に圧入して亀裂の根元を閉塞する!」
「ピキュッ!」
ポチがアレクの肩から飛び出し、グラウト注入車のミキサータンクへと飛び込んだ。
ポチの魔法粘性ジェルが溶け込むことで、セメント薬液の分離抵抗性が極限まで高まり、激しい蒸気流に押し流されることなく亀裂の奥底へ確実に充填されるのだ。
「全注入班、配置につけ! シールドマシン発進!」
バルガン親方の怒声とともに、巨大な重機が轟音を上げて白煙の渦へと突入した!
ズズズズズ……! ギュオオオオオッ!
摂氏300度の蒸気がシールドマシンの前面装甲に叩きつけられ、凄まじい水蒸気爆発の音が響く。
だが、分厚い耐熱装甲はビクともしない。
マシンの左右から繰り出された油圧削岩ドリルが、赤熱する岩盤へ猛烈な勢いで突き刺さる!
ダダダダダッ!! ガガガガガッ!!
「削孔完了! 注入深度8メートル、健全部到達!」
「耐熱パッカー拡張、注入ライン直結――グラウト圧入開始ッ!!」
ドドドドドッ! ドババババッ!
高圧ポンプから送り出された乳白色の特殊耐熱グラウト材が、蒸気の吹き荒れる岩盤の深部へと怒涛の勢いで押し込まれていく。
蒸気圧30メガパスカル対、注入圧35メガパスカル。
極限の圧力の押し合いの中、ポチのジェルで超粘性化した薬液が、噴出孔の微細な割れ目を一網打尽に埋め尽くし、わずか15秒でダイヤモンドのように硬質な人工岩盤へと硬化していく!
――プシューッ……プスプスプス……スゥゥゥゥ……。
先ほどまで轟音を立てて吹き荒れていた巨大な蒸気柱が、一箇所、また一箇所と勢いを失い、完全に断たれていく。
わずか1時間のうちに、大裂罅の谷底に口を開けていた18箇所の高圧噴出孔が、完全に硬化した純白のグラウトプラグによって完璧に密閉された。
空間を満たしていた摂氏80度の熱波が引き、視界を塞いでいた濃密な白煙が換気ファンによって吸い出されていく。
後に残されたのは、蒸気ひとつ漏れない、滑らかで強固に補修された平坦な岩盤道路であった。
「「「お、おおおおおおおおっ……!!」」」
10万人の作業員たちから、割れんばかりの歓声が上がった。
「グラウト硬化完了。漏洩蒸気圧ゼロ、地盤支持力、定格荷重60トンをクリア!」
シエルが歓喜の声を張り上げる。
「見事だ、バルガン親方。完璧な止水施工だ」
アレクが頷くと、油まみれの親方が豪快に白い歯を見せて笑った。
「がっはっは! 土木屋を舐めるんじゃねえぞ! どんな荒れ狂う地獄の底だろうと、地面がある限りオレたちの道は通せるんだよ!」
「だが、油断は禁物だ。――シエル、超音波探傷器と地中レーダーで、グラウトプラグの充填率を検査しろ」
「はい、主任!」
シエルが背中の測定機から小型プローブを取り出し、硬化した人工岩盤の表面を慎重に滑らせた。
「エコー反射測定、完了! 空隙率0.02パーセント以下、深さ12メートルの岩盤割れ目まで薬液が完璧に充填されています! 漏洩蒸気の再噴出リスクは完全にゼロです!」
「よし。品質管理試験、合格だ」
アレクは検査帳票に認可印を力強く押し込んだ。
そこへ、エドワードが安全帯のフックを鳴らしながら駆け寄ってきた。
「おいおい、バルガン親方! ドワーフのシールドマシンってのは、化け物みてえなドリルだけじゃなくて、こんな注射器みたいな繊細な仕事までできるのかよ!」
「当たり前よ、エドワードの若造!」
バルガン親方が煙管を取り出してニヤリと笑った。
「山をくり抜くってのはな、ただ力任せに削るだけじゃねえ。地中の水と熱を宥め、地盤の機嫌を取りながら固めて進むのが本物の土木ってもんよ。お前が空中で組む足場と同じさ。土台がしっかりしてなきゃ、どんな大業もただの砂上の楼閣だからな」
「へへっ、耳が痛えや。オレも地下100階で、親方の掘った頑丈な岩盤の上に、天辺まで届くトラス足場をビシッと突っ立ててみせるぜ!」
「おう! 期待してるぜ、時給1500ゴールドの棟梁殿!」
現場にワッと温かな笑い声が広がった。
地獄の間欠泉地帯を突破した先には、地下99階へと続く巨大な下り勾配スロープが口を開けていた。
そこから吹き上がってくる風には、これまでのような不快な有毒ガスや湿った泥の臭いは一切なく――ただ、世界の心臓部だけが放つ、凛とした圧倒的な純粋魔力の脈動が満ちていた。
「道は開かれた。全工区に通達、これより地下99階最終集積基地へ進軍する!」
アレクの鋭いホイッスルが響き渡る。
「本日の目標到達地点まで残りわずかだ。足元注意、車間距離維持! 全工程ゼロ災で突入せよ!」
「「「ゼロ災で突入、ヨシ!!!」」」
5000トンの巨兵たちと10万人の東西合同原状回復隊は、地獄の間欠泉を完全に克服し、いよいよ最深部・地下100階の直前へと堂々たる凱歌を上げて進軍するのであった。




