第109話:5000トンの重量物輸送ライン構築
工期14日目の早朝、午前7時00分。
地下90階『古代中央整備回廊』は、前日の熱気冷めやらぬまま、新たな工事工程の幕開けを迎えていた。
「本日の安全衛生目標! 重量物搬送時の接触災害ゼロ、および資材倒壊ゼロ! 運行ルートの指さし確認、ヨシ!」
「「「ゼロ災で行こう、ヨシ!!!」」」
10万人の東西合同原状回復隊の力強い唱和とともに、地下90階に整列した車検完了済みの巨兵たちに火が入る。
整備された油圧ピストンが滑らかに作動し、100台の巨兵たちの単眼が一斉に点灯した。
――ズゥゥゥゥン……! ズゥゥゥゥン……!
地響きとともに、綺麗に整備された100体のアブソリュート・ゴーレムが、二列縦隊で行軍していた。
頭部に巻かれた緑色の『車検合格リボン』が、換気ダクトから吹き抜ける冷風に誇らしげにたなびいている。
その両腕のマニピュレータには、これまでの人力トロッコ輸送では到底運びきれなかった超長尺のミスリルトラス鉄骨――1本あたり重量20トン、長さ30メートルに及ぶ巨大部材が、左右それぞれに軽々と抱え上げられていた。
「おいおい……! 見ろよあれ! オレたち数10人がかりで滑車を使ってフウフウ言いながら運んでた特大トラスを、片手でひょいと持ち上げて歩いてやがるぞ!」
「1体あたり定格積載量50トン……! それが100台だから、一挙に5000トンの資材が一気に動いてるんだ!」
ドワーフの運搬工夫たちが、信じられないものを見る目で口をあんぐりと開けていた。
これまで地下50階から地下90階までの資材輸送は、魔力軌道レールと人力押しトロッコ、そしてオークたちの怪力に頼る部分が大きかった。
しかし、地下100階の始祖コア周りに組み上げる予定の『全高500メートル自立式トラス足場』に必要な鉄骨の総重量は、実に数0万トンに達する。
人間と魔族の筋力だけでは、どんなに急いでも地下100階への全資材集積だけで予定工期の30日を使い果たしてしまう計算であった。
だが、この100台の点検重機部隊の戦力化によって、物流の常識が完全に覆ったのだ。
「全機体、搬送速度を時速15キロメートルに保て。前後の車間距離は正確に20メートルを維持。急発進・急ブレーキは荷崩れの原因となるため厳禁だ」
隊長機の肩の上に設置された臨時指揮台で、現場総監督アレク・ユグレットがメガホンを手に指示を飛ばす。
隊長機のエメラルドグリーンの単眼がピコリと光り、アレクの無線指示を即座に後続の99台へと魔力波で中継する。
100台の巨兵たちは、寸分の狂いもなく等間隔を維持し、流れるような美しさで白銀の軌道上を前進していく。
「がはははっ! すげえなオイ! オレたち足場班が歩いてついていくのがやっとのスピードだぜ!」
隊長機の反対側の肩に乗ったエドワードが、風を浴びながら満面の笑みで叫んだ。
「昨日までは資材が届くのを待つ『手待ち時間』があったが、これなら足場パイプもクランプも、欲しい時に山ほど現場に届くじゃねえか! 進軍速度はこれまでの5倍以上だぞ!」
「これが『物流の機械化』だ」
アレクは手元の工程管理グラフに赤ペンを走らせながら、冷静に語った。
「現場の施工速度を決定づける最大のボトルネックは、職人の作業スピードではない。現場へ部材を届ける兵站輸送ラインの搬送能力だ。どんなに腕のいい職人が10万人揃っていようと、鉄骨やボルトが現場に届かなければ、彼らは腕を組んで待つしかない。この5000トン重機輸送ラインが確立されたことで、地下90階から最深部地下100階までの資材集積予定期間は、当初の10日間からわずか2日間に圧縮された」
「8日間の工期短縮……!?」
エドワードが目を丸くする。
「世界の心臓の寿命は残り17日……! そのうちの8日分を浮かせたってのか!? おいアレク、お前本当に神様なんじゃねえのか!?」
「神ではない。ただの合理的な原状回復士だ」
アレクは淡々と返した。
「動かない機械に油を差し、使われていない設備を適正に稼働させただけだ。工学に基づいた当然の帰結に過ぎない。かつてのお前たち勇者パーティは、ダンジョンに眠る古代遺物をすべて『敵』か『宝箱』としてしか見ていなかった。だが、設備保全の視点を持てば、迷宮のすべてが工事を助ける重機やインフラに変わる」
「うぐっ……! 耳が痛え……!」
エドワードがヘルメットを押さえて身悶えした。
「昔のオレなら、このゴーレムたちを見たら『よっしゃあEXP稼ぎだ! 聖剣ギガントスラッシュ!』って叫んで、全部バラバラにぶっ壊してたぜ……。そんで後からトラスを担いで腰を痛めてたんだな。……直して味方にする方が、百倍賢えよ」
「過去の無知を反省できるなら、一人前の職人に近づいた証拠だ」
アレクが珍しく小さく口元を緩めた。
5000トンの巨兵輸送部隊は、地下91階の緩やかな下り勾配をスムーズに突破していく。
道中、かつて勇者たちが破壊した跡と思われる小規模な瓦礫や崩落岩が軌道上に転がっていたが、ゴーレムたちの右腕のマニピュレータが一閃するたびに、重さ数10トンの巨岩が道端へ軽々と放り投げられ、即座に安全な走行路が確保されていく。
もはや魔獣の襲撃すら発生しなかった。全高5メートルの鋼鉄巨兵が100体、大地を揺るがしながら行軍する圧倒的な威圧感の前に、地下深層の兇悪な魔獣たちすら尻尾を巻いて岩陰に逃げ惑うばかりであった。
そこへ、中型通信ゴーレムを介して、本隊後方のシエルから緊急通信が入った。
『アレク主任! 先行偵察班のクロさんから緊急報告です! 地下92階の分岐路の奥に、通常の通路とは異なる古代の重密閉扉を発見したとのことです!』
「重密閉扉……? 防衛トラップの類か?」
『いいえ! 扉の表面に、古代共通語で【CENTRAL ARCHIVE & BLUEPRINT VAULT】――『中央書架および図面保管庫』と刻まれているそうです!』
シエルの興奮に満ちた声に、アレクの手元がピクリと止まった。
「……何だと?」
普段はいかなる怪異や危機に対しても眉ひとつ動かさないアレク・ユグレットの碧眼が、鋭く見開かれた。
「図面保管庫……1000年前に失われた、始祖ダンジョン竣工時のオリジナル原図が眠っている可能性があるということか」
『はい! クロさんが隙間から内部を覗いたところ、特殊な防湿・防塵魔法フィールドで守られた巨大な図面棚が何百列も並んでいるのが確認できたそうです! 扉の鍵穴はアブソリュート・ゴーレムの隊長機が持つマスター認証キーと同一規格のようです!』
「全機体、進路を微修正。地下92階の中央書架ゲートへ直行する!」
アレクの声音に、普段にはない熱い気迫が宿った。
「エドワード、現場へ急ぐぞ。施工において、正確な竣工図面に勝る武器はこの世に存在しない。これまで我々は、地上に残された不完全な抜粋図と、師匠の走り書きメモを頼りに手探りで配管を繋いできた。だが、もし竣工当時の原図が手に入れば――」
「手に入れば、どうなるんだ!?」
「手探りの補修工事から、寸分の狂いもない設計値通りの『完全原状回復』へと移行できる。始祖コアの真の修復手順も、すべてそこに記されているはずだ!」
「おうよ! よく分からねえが、世界一の宝の山ってことだな! 全速前進だッ!」
5000トンの鋼鉄の巨兵たちを引き連れた東西合同原状回復隊は、1000年の設計図が眠る地下92階の扉へと向かって、力強く突き進んでいくのであった。




