第105話:地下90階:古代巨兵アブソリュート・ゴーレム出現
地下85階の防災誤作動区画を鮮やかに突破した東西合同原状回復隊は、さらに5層の深淵を下り、工期13日目の午後13時30分、ついに『地下90階』へと足を踏み入れた。
そこは、これまでの狭隘な回廊とは比較にならないほど広大な、超弩級の人工ドーム空間であった。
天井の高さはおよそ100メートル、奥行きは1キロメートル以上。
壁面には規則正しく並ぶ何1000本もの油圧配管と超伝導魔力ケーブルが整然と張り巡らされ、床面には超重量物用の太い軌道レールが縦横無尽に敷設されている。
「……広いな。ここは一体何なんだ?」
エドワードがヘルメットを押し上げ、白銀に輝く広大なフロアを圧倒されたように見渡す。
「古代中央整備回廊だ」
アレク・ユグレットは手元の古いダンジョン構造略図を広げ、冷徹に告げた。
「このダンジョンの動力源である『始祖コア』へ、資材や巨大交換部品を搬送・据付するためのメインファクトリーだな。言わば、1000年前の巨大重工業プラントの中心地だ」
「プラントの中心地……ってことは、安全なのか?」
「いや、むしろ逆だ。これほどの大規模設備が無人のまま1000年放置されていたということは――」
アレクが言葉を切った、その瞬間であった。
――グォォォォォォォォン……!
地底の底から湧き上がるような、重低音の魔導タービン回転音がドーム全体を満たした。
床面の太いレールがビリビリと激しい振動を放ち始め、前方の暗がりから、二列に整列した無数の『巨大な影』がゆっくりと起き上がり始めたのだ。
ガキンッ! ギギギギギッ!
重厚な金属の擦れ合う軋み音とともに、その影たちの胸部と頭部に、禍々しい深紅の光球が一斉に灯った。
一つ、二つ、十……五十……百!
合計100体の巨大な単眼が、闇の中で真っ赤に点滅し、合同原状回復隊の10万人を一斉に睨みつけた!
「「「なっ……な、何だあれはぁぁぁぁっ!?」」」
前衛の兵士たちから、悲鳴にも似た戦慄の声が上がった。
光の下へ姿を現したのは、全高5メートルを超える鋼鉄の巨兵群であった。
装甲は傷一つない超高硬度のアダマンタイト合金。太い四肢には巨大な油圧シリンダーが何重にも組み込まれ、右腕には鋭利な回転ブレードと超大型マニピュレータ、左腕にはバチバチと青白い火花を散らす巨大な荷電粒子砲――のように見える長大な筒状ノズルが装着されていた。
「こ、古代の殺戮巨兵……『アブソリュート・ゴーレム』だぁぁぁっ!!」
重装騎士団の副長が顔色を真っ青にして叫んだ。
「古代文明が迷宮の最深部を守護するために遺した、神話級の防衛番兵だぞ! 1体だけでも都市を一つ滅ぼすと言われている化け物が、100体もいやがるッ!」
「総員、臨戦態勢! 迎撃陣形をとれッ! 一歩も引くな、ここで食い止めるんだ!」
騎士たちが抜刀し、魔道士たちが破壊魔法の詠唱を開始しようとした。
100体の巨兵たちもまた、ズシン……ズシン……と大地を揺るがす地響きを立てながら前進し、左腕の放電ノズルを合同隊の先頭へと向け、ギチギチと照準を合わせ始めた。
一触即発の破滅的全面衝突。
だがその時、10万人の軍勢の最前線へ、たった一人でスタスタと歩み出る男がいた。
――ピピーッ!!
耳をつんざくほど鋭いホイッスルの音が、ドーム内に鳴り響いた。
「「「え……!?」」」
全員が息を呑んで視線を向ける。
そこには、両手を広げて騎士団の切っ先の前に立ちはだかる、現場総監督アレク・ユグレットの姿があった。
「武器を収めろ! 攻撃魔法の詠唱を直ちに中止しろ!」
アレクの厳格な怒声が飛んだ。
「な、何を馬鹿なことを言っているのですかアレク殿!」
魔導部隊長が血相を変えて叫ぶ。
「見えないのですか!? あの巨兵どもは荷電粒子砲を構えて、我々を一撃で蒸発させようとしているのですよ! 先手を取って核熱魔法で粉砕しなければ、10万人全員が消し炭になります!」
「消し炭になどならん」
アレクは微塵も動じず、5メートル前方で赤色単眼を光らせる隊長機ゴーレムを指差した。
「よく見ろ。あの左腕のノズルから放電しているのは荷電粒子砲ではない。高周波アーク放電を用いた『大口径プラズマ溶接・肉盛補修トーチ』だ。右腕のマニピュレータも敵を殴り倒すためのナックルではなく、重量鉄骨を把持するための3爪油圧クレーンフックだ」
「……は? よ、溶接機……?」
エドワードが呆然と呟いた。
「そうだ。あれは侵入者を迎撃する兵器ではない。このフロアの軌道レールと始祖コアの配管を維持・補修するために設計された、古代の『全自動設備点検・軌道重機ロボット』だ」
「じ、重機……!? あの神話の巨兵が、ただの工事用ロボットだってのかよ!?」
エドワードが目を剥く。
「そうだ。そして何よりも、彼らの様子を観察しろ」
アレクは静かに、隊長機の全身を指差した。
巨兵は腕の溶接トーチを向けてはいるものの、その全身はガタガタと激しく痙攣し、各部の関節シリンダーから、キーキーという耳を覆いたくなるような金切り声のような金属摩擦音を撒き散らしていた。
胸部装甲に埋め込まれた表示パネルには、鮮烈な赤い文字で、一定周期の点滅が繰り返されていた。
――【WARNING:ERROR CODE E-042】
「見ろ。あの胸の警告ランプの点滅周期は毎分60回。アラートコードE-042だ」
アレクの瞳には、敵に対する恐怖など微塵もなく、ただ職人としての深い哀憐とプロの観察眼が宿っていた。
「主軸ベアリングの焼き付き寸前、および全系統作動油の完全枯渇だ。彼らは我々を殺そうとして迫っているのではない」
アレクは手元の工具箱から、最高級の超高圧魔導スピンドルオイル缶を取り出し、高く掲げた。
「1000年、誰にもオイルを差してもらえず、全身のベアリングが焼き付き、関節の激痛に悲鳴を上げながら、それでも命令に従って点検パトロールを続けようとしているだけだ。――あいつらは敵ではない。助けを求めている重機たちだ」
「た、助けを求めてるって……!? あんな殺る気配全開のデカ物に油を差しに行く気かよ!?」
エドワードが腰を抜かしそうになりながら叫ぶ。
「おいアレク、見ろよ! あいつらのプラズマトーチ、火花がバチバチ散ってて、近づいたら一瞬で蒸発しちまうぞ!」
「危険を回避する手順は確立されている」
アレクは作業服の袖をまくり、手元に特大ラチェットレンチを構えた。
「第1シーズン第22話の採掘坑道で暴走していた中型ゴーレムの修理を覚えているか? 基本構造はあれと完全に同一だ。古代の重機ロボットはすべて、作業員の接近時に誤作動で危害を加えないよう、背部に『非常停止兼メンテナンス用キルスイッチ』が規格化されて義務付けられている」
「背中のスイッチ……! だが、あいつらは正面を向いてギチギチとこっちを睨んでるんだぞ! 背中になんてどうやって回り込むんだ!」
「エドワード、お前の出番だ」
「はあ!? オレ!?」
突然名指しされた元勇者が素っ頓狂な声を上げた。
「お前は大陸一の足場鳶職人だ。足場パイプを投げ渡し、あいつらの視界を1時的に遮光する『目隠し足場』を瞬時に構築しろ。ゴーレムの照準カメラは頭頂部の単眼レンズだ。上部を遮光ネットで塞がれれば、安全装置が働いて動作速度が30パーセント低下する」
「な、なるほど……! 視界を塞いで動きを鈍らせるのか!」
エドワードの目が、一瞬で職人の鋭い輝きを取り戻した。
「任せとけ! チタンパイプと防塵遮光ネットなら、トロッコに山ほど積んである! あんな図体のデカい鉄屑の頭の上に、30秒で鳥かご足場を組んでやるぜ!」
「クロ、上空から隊長機の熱源シリンダーの位置をマーキングしろ。リリアナ、作業員たちを後方20メートルへ退避させ、安全圏を確保しろ」
「ガッテンだ! 一番熱くなってる膝の裏を教えてやるぜ!」
「承知いたしました、アレク様♡ ……皆様、大人しく下がらなければ、私が聖なる鉄拳で後方へ吹き飛ばしますよ〜?」
聖女の爽やかな笑顔の脅迫に、10万人の兵士たちがサーッと後退する。
「ポチ、私と共に突入するぞ。お前の高圧ノズルで、注油口の固着した錆を一気に吹き飛ばせ」
「ピキュッ!」
ポチがアレクの右腕に巻き付き、高圧グリスガンのような頑丈なノズル形状へと硬化した。
すべての役割分担が電光石火で完了する。
前方では、激痛の軋み音を上げる100体のアブソリュート・ゴーレムが、重い金属の足を踏み鳴らし、溶接トーチを青白く輝かせながら間合いを詰めてくる。
「これより、地下90階点検重機100台に対する緊急救命メンテナンスを開始する」
アレク・ユグレットは白手袋を締め直し、オイル缶とラチェットを手に、堂々と巨兵の群れへと駆け出した。
「すべての機械に、適切な保全と潤滑油を。――それが原状回復士の義務だ!」




