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『ダンジョン原状回復士の事件簿』〜勇者がぶっ壊した迷宮、敷金全額没収の上で元通りに直して帰ります〜  作者: 六井求真


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103/122

第103話:地下85階:古代自動防衛システムの覚醒

工期13日目の午前8時00分。

 丸一日の完全休養(サンデー・オフ)を経て、肉体と神経を極限までリフレッシュさせた10万人の東西合同原状回復隊は、整然たる隊列を組んで地下80階前線基地を出撃した。


「全工区、足元よし! 呼吸用防毒マスクよし! 工具脱落防止ワイヤーよし! 今日も一日、ゼロ災で行こう、ヨシ!」

「「「ゼロ災で行こう、ヨシ!!!」」」


 大気を震わせる10万人の唱和が、地下大空洞に轟く。

 二本線ヘルメットのエドワードを先頭に、仮設敷設された複線トロッコ軌道沿いを迅速に行軍し、部隊はわずか2時間で地下85階の境界へと到達した。


 そこは、これまでの岩盤をくり抜いただけの無骨な坑道とは、一線を画す異質な光景であった。

 壁面も床面も、継ぎ目のない白銀の未知金属――古代合金ミスリルチタンによって鏡面のように滑らかに磨き上げられており、天井には数1000年前の超魔導文明が埋め込んだ燐光管が、青白く冷徹な光を放っている。


「……すげえな。ここが地下85階……古代超文明の『管理隔離層』か」

 エドワードが腰のインパクトレンチに手を添え、壁面の冷たい金属光沢を見上げて息を呑む。

「おいアレク、妙に静かすぎねえか? 魔獣の一匹も見当たらねえし、チリひとつ落ちてねえぞ。まるでお偉い貴族の霊廟の中みたいだ」


「油断するな。ここは通常のダンジョン生態系から完全に隔離された閉鎖環境だ」

 アレク・ユグレットは手元の図面バインダーをめくり、足元の金属床を爪先で軽く叩いた。

「床下と壁面内部に、高圧魔力供給ラインと油圧制御バイパスが網の目のように巡らされている。休養明けで集中力が高まっているとはいえ、一歩の踏み込みにも細心の注意を払え」


「了解だ、主任! 先行偵察班、探知水晶を前方に展開――」

 重装騎士団の斥候が、慎重に銀色の床面へ足を下ろした、その瞬間であった。


 カチリ。


 静寂の回廊に、微小だが硬質な金属の噛み合い音が響いた。

 斥候の踏み抜いた床タイルが、わずか3ミリメートルほど沈み込んだのだ。


 ――ビビビビビビッ! ヴォォォォォンッ!


 突如として、天井の青白い燐光が一斉に禍々しい深紅へと反転した。

 通路の壁面から、耳を劈く警報ブザーが鳴り響き、空間全体の魔力濃度が跳ね上がる。


『警告:セクター85-B区画に未登録生体反応を多数検知。熱源クラス特A。防護プロトコルを即時発動』


 天井のスピーカーから、無機質な古代共通語の音声アナウンスが流れた。


 ズドォォォォンッ!! ガガガガガッ!!


 次の瞬間、天井と床面から厚さ500ミリメートルを超える巨大なアダマンタイト防護隔壁が猛烈な勢いで滑り落ち、回廊を瞬時に十数個の小部屋へと分断した!


「なっ……!? 隔壁が落ちてきたぞ!?」

「前衛部隊と後続の資材搬送部隊が分断された! 退路が完全に塞がれたぞ!」

 騎士たちとドワーフたちが混乱して叫ぶ。


 それだけでは終わらなかった。

 分断された密閉区画の天井スリットが開き、無数の銀色ノズルが姿を現した。ノズルの先端から、ジジジ……と高周波の放電音が漏れ出し、空間全体を焼き尽くさんばかりの超高熱プラズマアークが青白い光芒となって噴射され始めたのだ!


「ひ、ひぃぃぃっ! プラズマ放射トラップだ!」

「古代の殺戮迎撃兵器だぞ! 逃げ場のない密閉空間で丸焼きにされる!」

「盾を構えろ! 結界班、最大出力で防御魔法を展開しろッ!」


 パニックに陥った冒険者や兵士たちが、武器を抜いて防護結界を張ろうとし、プラズマの噴出口に向けて大剣や魔法を叩き込もうとする。

 だが、その混乱の渦中に、鋭く澄んだ金属音が響き渡った。


 カンッ!


 アレク・ユグレットの愛用する真鍮製スケールが、暴れようとした騎士の剣の平を的確に叩き落としていた。


「武器を収めろ! 天井のノズルに衝撃を与えるな!」

 アレクの怒声が、警報音を圧して回廊に響いた。


「な、何を言っているんだ現場総監督殿! 迎撃トラップを破壊しなければ、我々は丸焼きになって全滅してしまうぞ!」

 血相を変える騎士に対し、アレクは白手袋の指先で天井から吹き出すプラズマの根元を指差した。


「よく見ろ。放射されているプラズマの噴射パターンは、生体掃討用の拡散指向型ではない。天井から床面に向けて均一に広がる円錐状のスプリンクラーパターンだ。しかも、噴射されている熱線の温度は摂氏350度――可燃性有機物を瞬間炭化させるための『初期消火用過熱水蒸気・魔力分解プラズマ』の基本仕様だ」


「……は? しょ、初期消火……!?」

 エドワードが目を丸くして立ち尽くす。


「そうだ。これは侵入者を皆殺しにするための殺戮トラップではない」

 アレクは手元の古代設備図面の断面図を開き、冷徹な分析を告げた。

「ここは古代の可燃物保管エリアに隣接する防火区画だ。床に敷設された熱感応・重量感応プレートが、1000年の経年劣化によってセンサーのキャリブレーション狂いを起こしている。10万人の体温と質量を『大規模火災の発生』と誤認し、防火シャッターの自動降下と、過熱プラズマ消火設備が作動しただけの話だ」


「しょ、消火器だってぇぇぇぇ!?」

 エドワードの絶叫が、防護隔壁の中に木霊した。

「消火器の勢いで人間を焼き殺そうとしてんじゃねえよ! 紛らわしい真似しやがって!」


「火災発生時に逃げ遅れた者がいれば炭化する設計なのは、古代の無人プラントの安全基準が極端に杜撰だった証拠だ。現代の全大陸安全衛生基準に照らせば、重篤な設計瑕疵と言わざるを得ない」

 アレクは淡々と評価を下しながら、背負っていた工具箱のバックルを外した。


「だが、仕組みが分かれば恐れるに足らない。攻撃魔法で壁やノズルを破壊すれば、連動する高圧魔力主幹パイプが破裂し、このフロア全体が二次爆発を起こす。設備を力任せに壊すな」


「じゃ、じゃあどうすんだよ!? このままじゃ結界が保たねえぞ!」

 エドワードが結界のひび割れを見上げて焦りの声を上げる。プラズマの余熱で、回廊内の室温はすでに摂氏60度を超えつつあった。


「シエル、壁面の計装配線図を出せ」

「はい、主任! 地下85階、防災制御盤の図面です!」

 シエルが即座に丸めた青焼き図面を広げ、照明ランタンで照らし出す。


「見つけた。この区画の消火システムを司る中央配電盤は、隔壁の裏側――左壁面のメンテナンスハッチ内部にある」

 アレクは迷うことなく、工具箱から絶縁被覆の施されたメガボルトテスターと、耐電ラチェットドライバーを握り締めた。


「エドワード、耐熱防護シールドで頭上をカバーしろ。私が配電盤をこじ開け、火災報知器の誤作動回路を遮断する」


「おうよ! 足場と盾ならオレの十八番だ! 誰一人、黒焦げにはさせねえぜ!」

 エドワードがミスリル製の大型防護板を頭上に掲げ、アレクの頭上をプラズマの熱波から完璧に遮蔽した。


「クロ、配管ダクトの上部から温度センサーの配線ルートを監視しろ。異常発熱があれば即座に知らせろ」

「ガッテン承知だ、主任! 焦げ臭いケーブルの臭いを追えば一発だぜ!」

 クロが黒い翼を羽ばたかせ、防護板のわずかな隙間を縫って天井近くのダクトレールへと舞い上がる。


「ポチ、私の左肩で絶縁ジェルを展開。万が一の漏電アーク放電を完全にグラウンドへ逃がせ」

「ピキュッ!」

 ポチがアレクの肩の上で青緑色のゼリー状に広がり、即席の絶縁アースシールドを形成した。


「リリアナ、後方の分断された区画にいる作業員たちへ通信魔導具で指示を通せ。決して外壁を破壊しようとせず、耐熱シートを被って床に伏せるよう伝えろ」

「了解いたしました、アレク様! ……もし命令を聞かずに暴れる筋肉バカがいれば、後で敷金から罰金を引いてあげますね♡」

 聖女の愛らしい毒舌が通信機越しに響き渡り、分断された区画で取り乱しかけていた兵士たちが「ひっ……! お、大人しく伏せます!」と一斉に大人しくなった。


 すべての初動指示をわずか10秒で完遂したアレクは、エドワードの盾の影から猛烈なプラズマ炎の吹き荒れる通路へと身を躍らせた。

 熱波によって作業着の裾がチリチリと音を立てるが、アレクの視線は微塵も揺るがない。


「1000年、誰にも点検されずに火災警報を鳴らし続けた哀しい機械設備だ。――今すぐ、静かに眠らせてやる」


 古代の炎が舞い散る中、原状回復士アレクのドライバーが、壁面の硬質ハッチのボルトへと正確無比に突き立てられた。

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