1_10 平和ではない状態ではないことが平和と言えるのか
ハ・ガルドが戻ってくると、テンションがやや高い部下が寄ってきた。
「隊長、聞きました? 森の近くの小競り合い」
新しく徴兵されてきた、ラマ系の獣人、たしかラ・マルドだったか。
ここが最初の戦地らしく、気負いが無いのか、真剣みがないのか判断に困る感じだ。
「重症は出たらしいっすけど、死んでないっすよ。主治医も、後遺症なく治るって言ってるらしいっす。寝たきり一か月? でも完治するみたいなので、まあまあ、怪我が軽くてよかったっすー」
「そうだな」
ラ・マルドはそれで安心したのか、勢いが増す。
「向こうも似たような感じらしいっすよ。なんか、森の近くってすげえっすね。結界、ありがてえっす」
ガルドの口角がほんの少しだけ動く。笑いではない。
「ありがたい、ね」
「はい。だって、普通なら死ぬじゃないっすか。謎の力で死なないですし、練度も上がるっていってました!」
「まあ、死なずに前線の訓練を重ねれるのはある意味貴重だな」
「ですね! では、失礼します!」
ラ・マルドは敬礼の形だけは立派に決め、明るい足音を立てて遠ざかっていった。
その背中が見えなくなってから、マーヤが小さく息を吐いた。
「思うところがあるのか?」
ガルドはマーヤに向かって顎をしゃくる。
「軽くてよかった、というのは本当です」
ガルドは「ふん」と短く鳴らした。肯定なのか、鼻で笑ったのか、分からない音だった。
「ただ」
マーヤは言葉を切り、声を整える。丁寧さの下に、苛立ちが薄く混じる。
「先が見えるなら、という条件ですが」
ガルドは嘆息する。
「終わりがなぁ……」
マーヤは頷いた。
「はい。終わりのない殺し合いなんて、こんなの戦争じゃないです。もっと邪悪な何かですよ。そうじゃないですか?」
それを聞いてガルドの口角がわずかに歪む。
「その通りだ」
受け取り場所が変わったのは、その日の朝に知らされた。伝令は要点だけを置いていき、余計な飾りは一切なかった。
ガルドは鼻で笑って終わらせた。
「ふん」
機嫌の悪い音だけが出た。
マーヤはその音を聞き流して、淡々と確認する。
「場所は、森から外れますね。いつもの所じゃないですね」
「そうらしいな」
「物資のリストを見ましたが、ちょっとシブいですね」
ガルドは返事をしない。返事をしないのは、同意と同じだ。
マーヤが言葉を選んで落とす。
「キナ臭い話も聞いてますし、我々が思った以上に 頑張って しまったんでしょうね」
「イヤな想定もあったもんだ」
「……はい」
マーヤは静かにうなずく。このガルドという肉食獣人は、粗野な雰囲気を出しているが、その精神は草食獣人に近い。
草食獣人の中でも比較的エリート層の自分と同じ目線な肉食獣人がいるなんて思ってもみなかった。
森から少し離れた小道は、湿った土の匂いが強い。見通しも足場も悪い。獣道であればいいが、敵の斥候が通る道なら目も当てられない。
ガルドはイヤな想像をしたが、残念ながら現実は無常だった。
人影が見えた。
人類だ。
手を挙げて、見つかる前に隊を静止しようとしたが、新兵が音を立ててしまった。
その音を聞いて、先頭の青年——ラントが、半歩だけ前に出て止まる。止まったまま、こちらを見た。
表情がギリギリ見えるか見えないかの距離だが、お互いに驚愕しているのが分かった。わかってしまった。
距離が悪い。逃げるには近い。話すには遠い。矢も槍も届く。
ガルドは弓に手をかけた。かけただけで抜かない。抜かないのに、背後の部下の息が乱れるのが分かった。
「落ち着け」
ガルドが低く言った、お互い足場が悪すぎる。
だが、その瞬間だった。
「うわあああああ!!!!」
背後の部下が動いた。恐怖に押された動きだった。
ガルドが舌打ちした。
止める暇がない。止めたところで、向こうが止まる保証もない。
戦闘が始まってしまった。
「クソが……!!」
飛んできた矢をよけ、人類側に矢を打ち返す。
「非戦闘員は後退、歩兵は前へ! マーヤ、お前は本部に走れ」
「は……はいっ!」
ガルドは、大鉈を抜き、ラントに向かい合う。
「抜けるようだな」
ラントはそう言って、皮肉気に笑う。
「そうだな。イヤな話だぜ。」
そう返して、ガルドは距離を一瞬で縮める。
「!?」
ラントが防げたのは半分奇跡だった。
ぬかるんだ地面でガルドの速度が少し落ちていたこと、ガルドがまだ落ち着いていなかったため攻撃が単調だったこと。
ほかにもいろいろ有るだろうが、ラントは獣人族隊長と互角に切り合っていた。
「人間の癖にやるじゃねえか」
「ここまで冷静な肉食獣人も初めて見たぜ」
ラントの切り上げを、首を少し倒すことで避ける。
獣人の動体視力は人類よりもはるかに高い。
「何でここにいた。ピクニックか?」
ガルドの質問にラントは質問で返す。
「お前らもだ。薪を集めたければ別のところが良いだろ」
実際のところ、ラントは人類側が獣人族の補給ルートが今回イレギュラーであることをつかんでおり、その情報の真偽を確かめるために少人数でこっそり偵察に来ていた。
そこに道なき道を歩いてきた獣人と鉢合わせしてしまった。
「クソが、情報戦はそっちが上手みたいだな。だが、使えなければ意味がない」
ガルドはラントの剣をはじき、後ろからすり寄ってきた人類側の兵士の剣を腕ごと切り飛ばす。
「ぎゃああああ!!」
「肉食獣人は耳が良いんだよ」
だが、その人類は、ひるまずにタックルをしてきた。
「マジか!?」
大きく避けたせいでスキだらけになったところを、ラントの打ち込みで鉈を吹っ飛ばされた。
「隙あり!!」
そこにラントが首を狙って剣をふるうが、直前で剣先がブレる
「バカが」
ガルドはその剣に嚙みつき、ゴギギ、とあり得ない音を立ててかみ砕いた
「はあ!?」
「ハイエナ獣人の咬筋は獣人最強なんだよ」
ラントとガルドはお互い両手をつかんで睨み合う。手四つという状態だ。
「投降しろ」
ガルドはこっそり周りを観察しながらラントにそういう。
自分だけなら優位だが、いかんせん相手のほうが少し多い。追っ手を出していないとも限らない。
「できるとでも?」
「二階級特進でもしたいのか?」
「そんな気は無いね。ただこれでも部隊長なんでねっ!」
ラントは体を沈めて、ガルドを投げ飛ばそうとする。
「おっ!?」
獣人が使わない、柔道みたいな技だった、ただ、その瞬間、ラントが足を取られ、バランスをくずした。
「オラァ!!」
ぬかるみに足を取られたラントをガルドは蹴り飛ばした。そのままラントは3mほどの崖を転げ落ちる。
「ぐっ……」
落ちるときに岩に体をぶつけたのか、ラントの動きは緩慢だ。
ガルドは落ちていた弓を構え、ラントを見る。
喉元が見える。首筋が見える。そこに通せば終わる。終わるはずだ。
ラントはこちらを見ている。ただ、そこに憎しみはない。下手を打った後悔だけだった。
ガルドは短く舌打ちした。
そして矢を放った。
矢は、ラントの首筋をかすめた。
かすめるほどの精度で、あえて外れ、横の大木に深々と突き刺さる。木肌が裂ける音が、やけに大きく響いた。
ラントの呼吸が止まる。
「撤収だ!」
ガルドが声を上げると、それぞれ相手と距離を取ってじりじりと後ろに下がる。
重症はいるが、お互い死人は 運よく 居ない。
「隊長、殲滅はしなくても?」
「追手が出ている可能性がある。急いでカバーに回れ。あとここも結界の作用があるみたいだ。2グループに分かれろ、片方は走ってカバー。もう片方は俺と一緒に遅滞だ」
それを聞いて部下は頷いて、半数を残して森の奥に走って消える。
「運がよかったな」
ガルドは崖下のラントにそういって、踵を返す。
「時間切れだ、撤収するぞ!」
森の奥に消えていくガルドを見て、ラントはため息をついて大の字になる。
「隊長! 大丈夫ですか!?」
崖の上から声が聞こえる。
「あー、何とかな。ロープかなんかあったら投げてくれ」
「わかりました! 少々お待ちください!」
そういって、崖の上から消える。
ラントはもう一度大きなため息をつく。
「……邪神様様、かな。それともこれが」
邪神の目的なのか。
結界の影響なのか。
澪と過ごした時間から生まれた情けなのか。
森の外は、まだ戦場だ。
なのに、森の近くは、戦場として壊れていく。
胸の奥が不快で、重くて、どこにも吐き出せなかった。




