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1_9 小さな世界のログハウスは今日も平和(主観的

 今までと異なり、あの会議以来澪のところにぽつぽつ人くるようになった。


 彼らは大勢で押しかけるようなことはない。来るのはいつも二、三人で、お行儀をよく。まあ、最前線の面子からは考えられないようなお上品さだが、澪はそんなことは知らなかった。彼らが森を刺激しない、澪を刺激しない、その“作法”が、いつの間にか彼らの間で揃っていたなんて。


 彼らと会話するのは本当に何でもないような雑談や、ちょっとした前世の豆知識など。お互い教え合うのも、もっぱら生活の話だった。


 なにせどうやら澪の前世と今の世界では文明レベルが千年くらいは隔絶していそうだったので、下手に何かを言うと魔女扱いになるのではないかと澪は危惧していた。今のところ魔女どころか邪神扱いなのは気づいていなかった。


 彼らが教えてくれたのは山菜の見分け方や干し方、保存食の塩加減、畑の土の起こし方。虫を寄せにくくする草の束ね方。水を運ぶ順番の工夫。


 どれも地味で、化学肥料や防虫剤に慣れていた澪にとってはありがたい教えだった。


 日課の雑草むしりを終えて、腰をトントン叩きながら、高く昇ってきた太陽を見て、ふうと一息をつく。


「最近ちょっとにぎやかになってきたなぁ。とは言え、来るのは双方合わせて週一くらいだけど……。この世界って、そういえば曜日とかあるのかな。あとでまた聞くか」


 そんなことを考えていると、滝つぼと逆側から人の気配がした。久々の訪問者、ラントとティッシだ。


 二人ともファーストコンタクトの時より大分肩の力が抜けていた。とは言え獣人とバッティングしないか、魔獣が居なくなったとはいえ危険な動物は生存しているので気を抜いてはいなかったが。



「お疲れ様です。お茶どうぞ。」


 ラントが持ってきた袋には、干し肉と塩漬けの豆が入っていた。ティッシの袋には、乾いた葉と、硬そうな保存菓子がいくつか。澪は並べられたそれを見て、まず「ちゃんと暮らしてるんだな」と思ってしまう。


「あざす。今日は干し肉と豆。それから茶葉みたいなやつもあります」


 ラントが言うと、ティッシがすぐに口を挟む。


「渋いやつです。ちゃんと渋いっす」


「ありがとうございます。返礼のオイモも用意してます。」


 澪は笑って頷き、お茶菓子を出す。


 最近ハマっている揚げたサツマイモ。イモは成長が早くて良い。薄く切って、からりと揚げて塩だけを振ったもだが、この世界では油はまあまあ貴重らしい。


 サラダ油はログハウスの「よく分からない無限のもの」の中に入っている。味もそっけもないが、逆に雑味がないので、最近は実はこっちのほうが良い、というより高級品なのでは思うことがある。制度のバグだなとおもったが、口に出すと取り消されそうなのであえて澪は気にしないことにした。


「お茶菓子、このイモでつくったんですよ。これで大丈夫ですか? お口にあいます?」


「大丈夫っす。大丈夫すぎます」


 澪の言葉に、ティッシはもぐもぐしながらキラキラした目で頷く。


 ラントも一つ摘まんで、素直に言った。


「うまい」


「揚げ物なんて庶民が口にできるもんじゃないっすもんねぇ」


 澪はそこで、ふと思い出したように言った。


「そういえば、お互いちゃんと自己紹介してなかった気がしますね。何度も会ってるのに、今さらですけど」


 ティッシが「確かに」と言って笑い、ラントも頷く。


 ラントは一度だけ口調を整えかけて、澪に気づかれて止まった。


「無理しなくていいですよ。いつもの感じで」


 ラントは少し照れたように頷く。


「じゃあ、お言葉に甘えて。俺はラント。前線で使いっ走りしてる。あとこいつらのちょっとしたまとめ役みたいなポジションだ」


「ティッシです。弓持ってる方っす」


 ティッシが胸を張るでもなく、でもはきはきと言う。


 澪は湯呑みを持ったまま笑った。


「澪です。畑をやってます。森の中は怖いので行きません」


「知ってます」


 ティッシが即答して、澪は軽く肩をすくめた。


「ですよね」


お互い笑う。


澪は、ばれてたかという気恥ずかしさから。


ラントとティッシは、邪神が森が怖いとか面白い冗談だなという全く信じていないポイントで。


「そういえば出身ってどこなんですか。聞いてもわからないかもしれないんですが」


「ラント村っていう、ずっと南の方の国境沿いの村が出身だ」


 ラントは湯呑みを置いてから、あっさり言った。


 ティッシが目を丸くする。


「そうなんすか。初耳っす」


「言ってなかったか。まあ、よくある貧乏農村ってやつだな。当時は戦争が今よりマシだったせいか、口減らしに当たらなかったのが運が良かったのかもな。シケた村だったけど、まあ、いいところだったよ」


 ラントは苦笑する。


 澪が自然に続ける。


「将来的には帰るんですか?」


 ラントは一瞬だけ黙って、苦笑した。


「……まあ、帰る村がなくなっちまったので、今ここにいるって感じだな」


 言ってしまったあと、ラントは湯呑みを持って一口飲んだ。言葉の重さを茶で流すみたいに。


 澪は何か言おうとして、やめた。ティッシも同じだったらしく、サツマイモの皿を少しだけ澪のほうへ押した。


 沈黙を埋めるのに、甘いものは便利だ。


 澪が話題を変えるように言う。


「ラントさんは、これからどうしたい、とかあるんですか?」


「と言うと?」


「私は今のところ平和な生活以外の予定が無くて……、参考にさせていただければ、という感じでしょうか」


 澪の言葉にラントは少し考えてから答えた。


「正直、まだよく分からない。功績が欲しいと思う時はある。力があれば、何かできたんじゃないかって、今でも思うからな」


 ティッシは湯呑みを回しながら言う。


「 陞爵っすか? 貴族とか、憧れたりするんですか? レナート様みてると大変そうっすよ」


 澪も内心で頷く。礼儀作法とかマナーとか、しんどそうだ。小説で見る限りはドロドロしてそうだし。毒見のある生活なんて無理だ。キノコみたいに効かない可能性もあるが。


 いやそうな顔をする二人を見てラントは小さく苦笑して、肩をすくめる。


「堅苦しいだろうな。でも、飯はうまくなるぞ?」


「そこなんすね。いや、大事っすけど」


「そこだな。あと、生活は少し楽になる。病気や飢えで死ぬ確率は下がる。相手が自然だったらどうしようもないからな」


 ティッシは「まあ」と言いかけて、口を閉じた。代わりに笑って誤魔化す。


「おいしいご飯はうらやましいっすよね。でも確定で兵役の義務があるのはイヤっす」


 澪が顔を上げる。


「兵役って、義務なんですか?」


 ティッシが先に答える。


「義務っす。貴族は全員強制参加で基本、逃げられないっす。年齢で呼ばれて、訓練して、呼ばれたら行く感じっす。平民は徴兵ってかんじっすけど」


 ラントも補足する。


「平民だと普段は仕事してても、呼ばれたら行く。訓練もある。逃げると罰があるし、家にも響く。農作業と被ると大変なんだよな」


「家にも……」


「そうだな。敵前逃亡とか、規律とかいろいろあるが、まあ、スパイ疑惑ってやつが一番じゃないか。国境沿いだと獣人側に情報を売って食品もらってるやつが居たらしいし」


 澪はへえ、と頷いた。かなりシリアスな話だが、どうしてもテレビのインタビューを見ている気分になる。


 現実味がない。


「私、そういうのがないところから来たので、想像つかなくて」


 澪は何の気なしにぽろっとそうこぼした。


 二人の手が同じタイミングで止まり、すぐに動き出す。止まったことをなかったことにするみたいに。


 ティッシが茶を飲んで、明るい声に戻す。


「へえ。いいとこっすね。平和は良いっすね」


 ラントも頷く。


「いいところだな」


 二人はうんうんと頷く。


 あ、と、声を上げてティッシが畑の話に戻す。


「そういや平和で思い出したんすけど、畑の端に、この草束置くと虫減るっすよ。匂いで」


 澪は素直に「へえ」と言って、頭に入れた。


 話が変わったことには澪は気づかなかった。




 帰り際、ラントが袋を背負い直して言った。


「それじゃあまた。なんか希望があれば言ってくれ。権限はないが、レナートさんは良い人だから融通を利かしてくれると思う。お偉いさんだからな」


「ありがとうございます」


 ティッシも小さく手を振る。


「無理しないでくださいね。あと、きのこは拾わないで。マジで」


「はい」


 澪は苦笑して即答した。



 二人が帰っていく足音が遠ざかる。澪は湯呑みを洗いながら、さっきの会話を思い返す。


 兵役。


 義務。


 逃げられない。


 澪は知らなかった。


 この世界に、兵役のない国なんて、平和な国なんて存在しないことを。

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