1_11 手紙の行方
その日、ガルドとマーヤが澪のところへ来たのは、昼を少し回ったころだった。
いつものように二人とも玄関先で足を止め、ノックをする。
澪が戸を開けると、珍しくマーヤが先に一歩出た。
「おはようございます」
澪は少しだけ目を丸くしてから、ぺこりと頭を下げた。
「おはようございます」
マーヤはそこで一度、息を整えた。少しだけ、困った顔をしているのをみて澪は首をひねる。
「実は早速で悪いのですが、お詫びすることがありまして……」
その言葉に、澪の視線が自然と二人の手元へ落ちる。持ってきている荷はある。だが、本来あるはずの量より少ないのだと、見れば分かる。
マーヤは続けた。
「こちらで交換に出す予定だった品が、途中でこちらまで回って来ませんでした。申し訳ありません。こちらの不手際です」
ガルドは少しだけ頭を下げる。
「……なるほど。それは大変ですね」
澪はそう返す。
いろいろあったのだろうけれど、深く聞くとあまり良い結果にならない気がしていた。
「ええと……」
澪は少し悩んで、そういえば、と、最近ちょっと調子に乗って広げすぎた畑の方へ目をやった。
たまに来るラント以外の人類側に、妙に畑に詳しい人がいて、ああでもないこうでもないと盛り上がった結果がこれである。私はいつから業者になったんだというレベルのサイズであった。
「ええと、お困りでしたら、次回で構いませんので、お野菜持って行ってください。私、まだ余裕があるので」
澪は畝の並びを指さし、そこから視線を畑の端へ流した。
「ここから、あっちの端まで。全部持って行ってもらって構いませんよ。ちょっと作りすぎちゃって」
「えっ?」
マーヤ驚いて、一瞬固まった後、すぐに頭を下げた。
「恩に着ます」
それから、ほんの一瞬ためらって、言葉を足す。
「あの、ですが……できれば、このことはご内密に」
「承知しました。内緒、ですね」
マーヤの肩から、少しだけ力が抜けた。
ガルドはまた小さく頭を下げる。
澪が籠を取りに行こうとすると、マーヤが慌てて一歩出る。
「いえ、さすがにこちらでさせていただきます! 注意点などありますか?」
「あ、じゃあお願いしてもいいですか? いえ、特にそこらへんはイモなので、引っこ抜いて土をはたいてもらえば大丈夫ですよ」
「承知しました。ガルドさん」
「ああ、急いで戻って何人か連れて来る」
ガルドは村に収穫要員を連れてくるために走って消えていった。
さすが獣人だけあって、澪なら半日はかかる距離をあっと言うまに駆け抜けた。
ただガルド以外はめちゃくちゃ息が上がっていたので、澪はとりあえずお茶を出しておいた。
「あ、そういえば」
ガルドの部下がえっちらおっちらイモを掘り出しているのを見ていて、ふと思い出した。
「ラントさんから預かりものをもらっていました」
マーヤのまばたきが一度、きれいに止まった。
「え?」
澪は家の中へ引っ込み、すぐに戻ってきた。手には、小さな包みと、数通の手紙がある。封はあいているが、汚れてはいない。
「落とし物と聞いています。こちら、大事なものでしょう?」
澪が差し出すと、マーヤの手が半分だけ伸びて、そこで止まる。受け取っていいのか、一瞬迷ったようだった。
包みの中には、小さな人形が入っていた。粗い縫い目の、手作りのものだ。
澪は、あくまでさらりと言う。
「ラントさんが、そちらにとって多分大事なものを拾ったと、大切に持ってきてくださいました。それ以外は“ダメ”になったみたいですが」
その言い方に、マーヤが澪の顔を見た。
澪はただ、いつもの顔で立っている。少しだけにこりと笑って、小さくうなずく
マーヤは両手で手紙を受け取った。
ガルドは、その間ずっと黙っていた。だが、人形が見えた時だけ、少しだけ優しい顔になっていた。
マーヤはその横顔を見て、少しだけ驚いた顔をしたが、バレるまえにまたいつもの表情に戻していた。手紙を胸元に寄せるように抱え、人形の包みもそっと脇へ抱え込んだ。
「必ず届けます。ありがとうございます」
澪は頷いた。
「ラントさんに伝えておきますね」
澪は笑顔で頷く。
「……ああ、頼む」
ガルドは頷いた。
少し時間は戻って。
その荷を人類側が回収したのは、森の近くの、例の小競り合いのあとだった。
剣劇の音を聞いたせいか、慌てて退いた跡だけが残っていた。ありがたいことに中身はほとんど無事だった。人類側も豊かというわけではない。
村まで持ってきた荷物をレナートは一通り確かめる。内容から獣人側の情勢や戦力の分析ができる。
「向こうは少しゴタついているみたいですな。あの規模の村への補給にしてはかなりしょっぱい。」
グラーフは中身を見て、ふうむ、と唸る。
「いくつかすでに腐っているものもある。無理やり取り上げたか……?」
レナートとグラーフはこれらを見て、獣人側の戦闘維持能力が思ったよりは低そうだなと思った。
「レナート様、これはどうしますか? 何でもない手紙と人形みたいです。捨てておきますか?」
部下の一人が手紙を見せる。
レナートは一通り目を通して、特に暗号などもない家族あての手紙と判断した。
「ラントに捨てさせるか。前回の敗北の罰じゃな」
「えっ?」
グラーフはそう言う。
それを聞いて、レナートは片方の眉を少し上げる。
「ダメですか?」
「いや、適任だろう」
レナートは頷いた。
「ラント、"適切に"処理をしておけ。」
「拝命いたしました」
それを聞いてラントは頷く。
夜の村を箱に入った荷物をもってラントは歩く。
手紙は数通。どれも短く、何通かは子供が描いたような字だ。人形はひとつだけ。
空を見上げた。星がやけに多い日だった。
しばらく黙ってから、ふっと息を吐く。
「借りは返さねえとなぁ」
誰に言ったのか、自分でも分かっていないような声だった。
そして今、その手紙と人形は、獣人側へ戻った。
ガルドは表情を元に戻していたが、さっきの一瞬を見たマーヤの中には、まだその顔が残っていた。言うとよくない気がして、マーヤは何も言わない。
「持っていけそうですか?」
「ええ、ありがとうございます」
ガルドの部下たちは籠にパンパンのイモをもって頭を下げていた。
「いいのか?」
ガルドの手には干した魚がある。
「ええ、こちらも余ってますので」
イモばっかりの籠を見てちょっと悲しそうな顔をしていたガルドへのプレゼントだ。
「恩に着る」
「いえいえ、困ったときはお互い様ですから」
澪の言葉を聞いて、ガルドは少しだけ悲しい顔をする。
「そう……だな」
帰っていく彼らを見送って、澪は外の椅子に座って、少しだけ赤くなってきた空を眺める。
ここでは誰も「敵」とは言わない。誰も「味方」とも言わない。
世界は変わっても、地球と同じ空なんだなあと思った。
「きっと、仲良くは本当はなれるはずなんだろうけれどね。難しいよね」
一人きりのログハウスでは、誰も返事をしない。
暗くなるまで澪は空を眺めていた。




