第七十九話/人生の精算②
幼馴染の彼女と同じ大学への進学が決まり、国宝級イケメン高校生、爽哉の人生は順風満帆だった。卒業式を迎えたその日、第二ボタンはおろか、袖のボタンからネクタイに至るまで、全て取られるモテ男ぶりを如何なく発揮する。自らが築き上げた学園ハーレムの総括とでも言わんばかりに、爽哉の周辺は華やかさに満ちていた。
しかし、そんな彼を神は祝福しなかった……
彼女のストーカーに襲撃され命を落とした爽哉は、稀代のブサメンとして高校生活をやり直す現実を強いられる。学園の抱える問題、断ち切れない因縁、消化不良な想い……。ブサメンの自らと向き合う覚悟を決めた爽哉は、果たして絆を取り戻すことができるのか――
今、試練の扉が開かれる。
【登場人物】
中間爽哉 イケメン高校生→ブサメン高校生
藤川千絵 爽哉の幼馴染
木崎優子 第三十六代生徒会長。図書委員
小澤詩織 攻守両立のコミュニケーションお化け
本八幡香奈 大手健康器具メーカーの社長令嬢
宮永遥 陸上部。インターハイ優勝候補
皆川結衣 第三十七代生徒会長
本条鈴音 第三十五代生徒会長。爽哉の姉的存在
中間涼香 爽哉の妹
内藤亮介 爽哉の親友
大里拓馬 ブサメン高校生→イケメン高校生
「俺の負けだ。俺の魂を消滅させてくれ」
かなみは一度、ゆっくりと目を閉じると深く逡巡し、再びゆっくりと目を開けた。
「君は……バカだ……」
「今、俺が消え去れば、被害は最小限で済む。学校は救われた。優子も、みんなもハッピーだ。千絵も、自分の足で歩いて行ける……。俺を原因とする争いはすべて、終わる。元を質せば、俺がすべての元凶だったんだ。最初は理不尽だとか思ってたけど、今ならわかる。全ての原因は俺にある。結局、俺は自分の事しか考えていなかった。人の気持ちなんて考えないで、やりたいようにやっちまった。それが全ての不幸の連鎖に繋がった。大里も……。あいつを救ってやれなかった事だけが心残りだな……」
「どこまでお人よしなんだ! 自分を二度も刺した男を救いたいのか⁉」
かなみは呆れるように、吐き捨てた。
「あぁ。俺は大里を二度も地獄に叩き落とした……。次があれば、一番に救ってみせるさ」
「次は、ないよ……」
かなみは悔しさを滲ませるように、小さく呟いた。
「心残りはないのかい?」
いつの間にか黄昏の魔女が目の前に立っている。そこにはもう、かなみの姿はなかった。
仰ぎ見た肩越しの空は、異様な朱に染まっている。時間不相応に灼けた空は、これから起こるであろう異常を予告していた。魔女は手に携えた杖を、天へ向かって高らかに掲げた。
「……あるさ。だけど、もう、いいんだ……」
今、優子の顔を見ると、離れられる自信がない。俺はゆっくりと目を閉じた。
走馬灯が駆け巡るように、記憶が流れていく。親しい人たちが、隣を通り過ぎてゆく。
父よ、母よ、ここまで育ててくれてありがとう。親不孝を許してくれ。
涼香、バカ兄貴でごめん。いつまでもお前は俺の自慢の妹だ。
鈴音、バカな弟でごめん。与えられるばかりで、何も恩返しができなかった。
詩織、お前の笑顔は人を救う。俺も何度も救われた。
香奈、お前のキスに痺れたぜ、冥途の土産にもらっていく。
遥、走るのをやめないでくれ。お前が駆ける姿に惚れたんだ。
結衣、お前こそが我が校の誇りだ。受け継いだ志をどこまでも貫き通せ。
高木、お前、意外と面白いヤツだったぜ。後を頼んだ。
亮介、打算抜きで接してくれて、嬉しかった。友よ。
大里、次はお前を救ってみせる。絶対に。
千絵、俺はいつもお前のそばにいる。何があっても、いつも、一緒だ。
優子、愛してる。心の底から、愛してるんだ……
「だめーーーーーーーー‼」
突然の叫び声に俺は慌てて目を開いた。
「優子……」
屋上の扉を開け放って、息を切らせる優子の姿があった。
「そんなの絶対にダメ! 一人でなんて、行かせない……」
ふらつきながらも、魔女に縋るように抱きついた。
「連れて、行かないで……。爽哉くんを、消さないで……かなみちゃん……」
優子は消え入るような声で、魔女に懇願した。
「これは中間爽哉自身が望んだ結果だ。私には……」
魔女は崩れ落ちる優子を振り切るように、一歩前へ出た。
優子は這いずるように立ち上がると、両手を広げて俺の眼前に立ち塞がった。
「優子……なん、で……」
俺には目の前の光景が信じられなかった。目の前に優子がいる。ただ、それだけで満たされた。体の芯が熱をもつ。そして、心が揺れる。急速に掻き乱されていく。
「ごめん……実は、知っていたの……」
知っていた……? 何を……?
「……三年手帳……読んじゃったの……」
三年手帳、だと……。
「いつの間に……」
「文化祭の後、爽哉くん、忘れて帰っちゃって……。それで……仕返しだと思って、盗み見たの……」
そんな馬鹿な……。それでも変わらず、優子は……。
俺は膝から崩れ落ちた。全身の力が抜ける。
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