第八十話/人生の精算③
幼馴染の彼女と同じ大学への進学が決まり、国宝級イケメン高校生、爽哉の人生は順風満帆だった。卒業式を迎えたその日、第二ボタンはおろか、袖のボタンからネクタイに至るまで、全て取られるモテ男ぶりを如何なく発揮する。自らが築き上げた学園ハーレムの総括とでも言わんばかりに、爽哉の周辺は華やかさに満ちていた。
しかし、そんな彼を神は祝福しなかった……
彼女のストーカーに襲撃され命を落とした爽哉は、稀代のブサメンとして高校生活をやり直す現実を強いられる。学園の抱える問題、断ち切れない因縁、消化不良な想い……。ブサメンの自らと向き合う覚悟を決めた爽哉は、果たして絆を取り戻すことができるのか――
今、試練の扉が開かれる。
【登場人物】
中間爽哉 イケメン高校生→ブサメン高校生
藤川千絵 爽哉の幼馴染
木崎優子 第三十六代生徒会長。図書委員
小澤詩織 攻守両立のコミュニケーションお化け
本八幡香奈 大手健康器具メーカーの社長令嬢
宮永遥 陸上部。インターハイ優勝候補
皆川結衣 第三十七代生徒会長
本条鈴音 第三十五代生徒会長。爽哉の姉的存在
中間涼香 爽哉の妹
内藤亮介 爽哉の親友
大里拓馬 ブサメン高校生→イケメン高校生
優子は祈るように胸の前で両手を強く握ると、声を絞り出す。
「最初は創作だと思った。でも、すぐに気がついたの。これは現実だ、って。……大里君との因縁も、藤川さんとの絆も……。私は目が離せなかった……。読んじゃダメだと思っても、手がページを繰り続けた。そして……、いつか、この時が来る予感がしてた……」
運命に抗おうとしていたのは、俺一人ではなかった。
「藤川さんと離れられなくてもいいの! 君がいれば、それだけで……」
優子も、俺と同じように……。
「いままで、よく頑張ったね……もう、大丈夫だよ」
小さな肩を震わせて、優子は呟いた。
俺は四つん這いのまま、床に拳を叩きつけた。何度も何度も叩きつけた。泣いた。子供のように、声を上げて泣きじゃくった。
「皮肉なものだ……。君は、負けを認めてしまった。心の底から願ってしまった……」
魔女は俯いて、呻くように囁いた。赤黒さを増した空は大気が不気味に渦巻いている。引き込まれそうな蠢きに、怖気が走る。
「私が守る、爽哉くんを!」
魔女を見据えて、優子は叫んだ。その足はガクガクと震えている。
「もはや、そういう次元じゃないんだ。審判は……終わった……」
構えを解いた魔女の顔はフードに覆われていて、伺い知ることはできない。しかし、その切ない声が悔しさを滲ませている。
「何か方法は無いの⁉ 爽哉くんを救う方法は!」
魔女は力なく頭を振った。顔を伏せた優子は、振り向いて俺を力強く抱きしめた。
「どこまでも、どこまでもついていく! 私は君についていく!」
優子は叫びながら、泣き果てないままの俺を抱きしめた。
「何があっても……、私……」
優子は天を仰いで、叫びを上げた。
「私は!」
叫んでもなお、澄んだ水のようなその声は、辺り一帯を支配するように響き渡った。
――君と添い遂げる!
それは天への反抗だった。朱の空を睨みつけるように、優子は叫んだ。辺りに降り注いだその声は俺の身体を貫き、染み渡っていった。全ての迷いから解き放たれるように、愁眉が開く。
一緒にいたい。ただそれだけを願って、俺たちは抱き合った。
その瞬間、強い風が吹いた。身体を跳ね飛ばすほどの突風は、校舎の屋上から天へ向かって渦を巻き、雲を割いて立ち昇る。俺たちは抱き合ったまま、這いつくばって耐える事しかできない。徐々に勢いを増す風が、不意にピタリと止んだ。
恐る恐る瞼を開くと、目の前には肉付きの良い一匹のカラスがいた。
「お主が中間爽哉、じゃな?」
「書記官殿⁉」
両腕で顔を覆っていた魔女は急いで身なりを整えると、平伏した。書記官と呼ばれたそのカラスは羽を翻して跳ぶと、給水タンクの上へと降り立った。
「我は閻王の遣いである。審判の結果を伝えに参った」
カラスは微動だにしなかったが、その声は地の底から湧き上がるように響き渡っている。俺は優子と抱き合ったまま、次の言葉を待った。身体が止め処なく震えている。
「お主ら、うるさい」
なんだって……? こいつ、今、なんて……?
「うるさい、と言ったのじゃ。それに、こいつではない。我は婆蛇羅という」
こいつ、心を読んでいる、のか……⁉
「だから、こいつではない。婆蛇羅じゃというておろうが。冥府の審判において、嘘偽りは通じぬ。ゆめゆめ侮る事なかれ……」
固まっている俺たちを見回すように首を捻った婆蛇羅はひと声、カァと鳴いた。
なんだか、締まらないなぁ……。
「これは、この依り代の習性なんじゃ! 気にするな!」
そう言ってそっぽを向くと、もうひと声、カァと鳴いた。
「と・に・か・く! お前ら、うるさいのじゃ! またも無色界へ声が響いた。添い遂げるだの、なんだのと、痴話喧嘩のような声じゃ!」
腕の中を見ると、優子が唖然として俯いていた。
「無色界は神仏の住まう、色も音もない美しい世界。人間の世界で例えるなら、高級リゾートマンションのような所じゃ。人間界のような、壁の薄いボロアパートとは違うのじゃぞ。それが、ここ最近、何度も騒音に見舞われておる。その中心にはいつもお主、中間爽哉がおる!」
なんだか説明が所帯じみている……。
「お主らにも分かり易いように説明しておるのじゃ!」
婆蛇羅は羽を大きく震わせた。
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