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第七十八話/人生の精算①

 幼馴染の彼女と同じ大学への進学が決まり、国宝級イケメン高校生、爽哉の人生は順風満帆だった。卒業式を迎えたその日、第二ボタンはおろか、袖のボタンからネクタイに至るまで、全て取られるモテ男ぶりを如何なく発揮する。自らが築き上げた学園ハーレムの総括とでも言わんばかりに、爽哉の周辺は華やかさに満ちていた。

 しかし、そんな彼を神は祝福しなかった……


 彼女のストーカーに襲撃され命を落とした爽哉は、稀代のブサメンとして高校生活をやり直す現実を強いられる。学園の抱える問題、断ち切れない因縁、消化不良な想い……。ブサメンの自らと向き合う覚悟を決めた爽哉は、果たして絆を取り戻すことができるのか――

 今、試練の扉が開かれる。


【登場人物】

中間爽哉なかまそうや  イケメン高校生→ブサメン高校生

藤川千絵ふじかわちえ  爽哉の幼馴染

木崎優子きざきゆうこ  第三十六代生徒会長。図書委員

小澤詩織おざわしおり  攻守両立のコミュニケーションお化け

本八幡香奈もとやわたかな 大手健康器具メーカーの社長令嬢

宮永遥みやながはるか   陸上部。インターハイ優勝候補

皆川結衣みながわゆい  第三十七代生徒会長

本条鈴音ほんじょうすずね  第三十五代生徒会長。爽哉の姉的存在

中間涼香なかまりょうか  爽哉の妹

内藤亮介ないとうりょうすけ  爽哉の親友

大里拓馬おおさとたくま  ブサメン高校生→イケメン高校生


 たなびく雲の切れ間から青空が顔を覗かせる校舎の屋上で、グラウンドを眺めていた。木枯らしが吹き荒ぶ屋上は少し、寒い。俺は呼び出した人物を待っている。


 休学していた間に、文化祭は滞りなく開催された。昨年以上の盛況だったと、聞いている。結衣の晴れ舞台を見届けられなかった事が悔やまれる。昨年の文化祭の喧騒が耳の奥で鳴っていた。儚い感慨を打ち消すように、屋上の重い扉が開かれる。


「やぁ、待ってたよ……」

 振り向いた俺は、小さく呟いた。


「身体の調子はどうだい?」

 微笑みを浮かべたそいつは、後ろ手に扉を閉めた。鉄のきしむ音がする。


「あぁ、おかげさまでね。心はボロボロだが」

 俺は自嘲気味に笑った。


「休んでる間に何かあったの?」


「この歳にして、シュウカツってのをしてみたんだよ。就職活動じゃないぞ。身辺整理の方な。俺がこの世でできる、最期のご奉仕だ」

 身体が震えるのを北風のせいにして、俺は意識して淡々と述べた。


「何を訳の分からない事を言ってるんだ? 元気になったなら、それでいいじゃないか」

 俺の眼前まで歩み寄ったそいつは、小さく笑った。


「もういいだろ? かなみ……、いや……」




「黄昏の魔女」




 俺の呼び掛けに森崎かなみは立ち止まった。

 その表情は悲しげに曇っている。


「……君は何を言ってるのかな? 頭の打ち所が悪かったんじゃないか?」


 薄く笑うかなみは、俺の視線に気づいて目を見開いた。

 俺は手の中の小さな鏡に目を落としている。鏡の中には目の前の制服姿のかなみではなく、焦げ茶色のマントに身を包んだ黄昏の魔女の姿があった。


「……合わせ鏡、か……」

 かなみは観念したように、目を伏せる。


「どうして、気づいた?」


「最初は、俺の記憶違いだと思っていた。森崎かなみと話した記憶がないんだ。それどころか、授業を受けてる覚えも、イベントに参加している様子も……。とにかく一緒のクラスにいたという記憶が全くない。思い出そうとしても、頭に靄がかかったように霞むんだ。それでも全く気にも留めていなかった。これは魔女の特性なんだろう」


 かなみは神妙な面持ちで俺の話を聞いていた。小さく頷くと、先を続けるように目で合図する。


「次に不思議だったのが、生徒会長選挙だ。俺の記憶では、優子は浜中と一騎打ちになるはずだった。だが、お前が候補者に加わっていた。どこかで未来が変わったんだろう、大きな変化じゃないと、俺は気軽に捉えていた。しかし、付き合えば付き合うほどに、何故、お前が生徒会長に当選しなかったのか、不思議になるほどの力を見せつけられた。お前は俺を見張るために生徒会へ潜り込んだんだ。違うか?」


 かなみは小さく息を吐き出すと、ゆっくりと口を開いた。


「見張るつもりじゃなかった。君があまりにも不憫だったから……。少し手伝おうと思ったんだ。興味もあった。君の行動はなかなか面白かったんでね。間近で鑑賞してやろうと思ったわけさ。……ただ、調子に乗り過ぎたね。私についての記憶や感情は、すぐに消えてなくなってしまう。そういう術が掛かっている、はずだった。私が君に近づきすぎたんだ。反省しているよ」

 かなみは今にも泣きだしそうに、微笑んでいる。


「……決定的だったのは、二年生の文化祭だ。写真部の撮影会の列を見ながら、今回は天気に恵まれた、とお前は言った。一年生の文化祭は快晴だっただろう。お前の指す前回とは、俺がイケメンだった時の文化祭、あの秋雨に見舞われた文化祭だったんだ。その時に俺は確信した。森崎かなみは尋常ではないと」


「そっか。一年以上前から気づいていたんだね……。君は中々に胆力がある……」

 かなみは残念そうに苦く笑って、目を伏せた。


「今まで助けてくれたこと、礼を言う。お前には頭が上がらない」

 俺は身を正し、深く頭を下げた。


「フフッ、見ていられないんだよ。君には魔女すら動かす不思議なオーラがある。で、そんな君が私を呼び出したのには何らかの訳があるんだろう? 探偵ごっこがしたかったわけじゃあるまい」

 俺を見つめるかなみの瞳は色合いを変え、鈍い光を放っている。俺は思わず震えそうな身体を押さえつけて、大きく息を吐き出した。


「……俺の魂が消滅すると、この世にはどんな影響が出る?」

 一瞬、目を見開いたかなみは、暫くの間、黙っていた。黙って俺の瞳を覗き込んでいた。


「……逃げるのか」


「俺だけができる、最善で唯一の策だ。今までの総まとめとも言える」

 薄く笑って余裕振るも、その表情はピクリとも変わらない。すべてを的確に見透かされているようだった。


「……魂が消滅すると、君のいた痕跡のすべてはこの世から姿を消す」

 かなみは天を仰いで、静かに言った。


「時間が逆行して、俺の成したこと全てが消え去るのか?」


「そうではない。それだとこの世への影響が大きすぎるからね。君が存在した結果は忘れ去られるんだ。というか、何者にも意識されなくなる。今回、君と大里拓馬の時間が逆行したのは、かなり特殊な処理だと言っていい。それだけ大きな異常が発生したため、検証すべく時間を逆行させざるを得なかったのだ」


 それならば……今しかない……


「安心した。それなら大丈夫だ」

 笑って言う俺を見て、かなみは一層、神妙な面持ちになった。


 それならば……


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