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第七十二話/落陽①

 幼馴染の彼女と同じ大学への進学が決まり、国宝級イケメン高校生、爽哉の人生は順風満帆だった。卒業式を迎えたその日、第二ボタンはおろか、袖のボタンからネクタイに至るまで、全て取られるモテ男ぶりを如何なく発揮する。自らが築き上げた学園ハーレムの総括とでも言わんばかりに、爽哉の周辺は華やかさに満ちていた。

 しかし、そんな彼を神は祝福しなかった……


 彼女のストーカーに襲撃され命を落とした爽哉は、稀代のブサメンとして高校生活をやり直す現実を強いられる。学園の抱える問題、断ち切れない因縁、消化不良な想い……。ブサメンの自らと向き合う覚悟を決めた爽哉は、果たして絆を取り戻すことができるのか――

 今、試練の扉が開かれる。


【登場人物】

中間爽哉なかまそうや  イケメン高校生→ブサメン高校生

藤川千絵ふじかわちえ  爽哉の幼馴染

木崎優子きざきゆうこ  第三十六代生徒会長。図書委員

小澤詩織おざわしおり  攻守両立のコミュニケーションお化け

本八幡香奈もとやわたかな 大手健康器具メーカーの社長令嬢

宮永遥みやながはるか   陸上部。インターハイ優勝候補

皆川結衣みながわゆい  第三十七代生徒会長

本条鈴音ほんじょうすずね  第三十五代生徒会長。爽哉の姉的存在

中間涼香なかまりょうか  爽哉の妹

内藤亮介ないとうりょうすけ  爽哉の親友

大里拓馬おおさとたくま  ブサメン高校生→イケメン高校生


 幸せな気持ちでいっぱいだった。


 全てから解き放たれたように、俺の身体は軽かった。夜だというのにやる気に満ち溢れている。俺は決めた。優子と同じ大学へ行く。そのために受験勉強に集中しよう。未来があろうがなかろうが、関係ない。優子のため、ただそれだけのために残りの人生を尽くそう。天を仰ぎ、そう誓った。


 有り余った感情を発散させたくて、このままランニングにでも出ようかなんて、浮かれていた。家はもう近い。一度帰って、着替えるか、なんて考えはじめたその時、視界の端に影がちらついた。遠い街灯の薄明りに照らされて、白い花が薄桃色の帯とともに、暗闇にうっすらと浮かんでいる。それは見覚えのある浴衣の花紋だった。


「……千絵?」

 影の主は左右に小さくふらつきながら、肩で息をしている。


「……け、て……」

 かすれるような声が辛うじて聞こえる。


「……大丈夫、か?」


「た……す、けて……」

 今にも崩れ落ちそうなその身体へ駆け寄ると、抱き留めた。


「どうした! 何があった!」

 俺の胸に全身を預ける千絵の肩を揺さぶった。その顔が月灯りに照らし出された瞬間、俺は戦慄した。左の頬が尋常でなく腫れあがっている。


「だれも……たす、けて……くれ、なくて……」

 そうじゃない!


「何があったんだ! 教えてくれ!」


 よく見ると、浴衣ははだけ、靴も履いていない。千絵の白い足は薄汚れ、細かな擦り傷から血が滲んでいた。


「たく、まが……いえに、こいって……にげたら、なぐら……」


 そこまで言って千絵の声は嗚咽に変わった。


 俺は全身の血が逆流する感覚に襲われていた。頭が妙に冷静になっていく。震える千絵を強く抱きしめた。


「大丈夫……。もう大丈夫、だから……」




「おい!」




 唐突に暗闇から声が掛けられる。


「勝手に触るんじゃねーよ!」


 聞き覚えのある声。俺の心臓は早鐘を打って、今にも破裂しそうだった。


 大里拓馬!


 血の湧き上がるような怒りとともに、ナイフを腹に抉り込まれたあの日のトラウマが恐怖となってフラッシュバックした。


「てめぇ……中間、か……」


 俺を視界に捉えた大里は、ゆっくりと大股で近づいてくる。抱きしめていた千絵を隠すように背中へ預け、胸を張って大里と対峙した。


「千絵、戻ってきて。ほら、僕の所へ帰ってきて」

 大里は飼い犬にでも話しかけるように、優しく話しかけた。背中越しでも、千絵が震えているのが分かる。


「お前、何やってんだよ……。千絵はお前の彼女だろうが!」

 俺は辛うじて虚勢を張り上げる。大里はビクッと身体を震わせると、立ち止まった。


「……やっぱり、お前が邪魔するんだ……俺たちを、邪魔するんだぁ!」

 大里は子供のように地団駄じだんだを踏みはじめた。




「クソ! クソ! クソクソクソクソクソ……」




 その幼稚な行動に寒気が走る。俺は息を殺して、ただただ立ち尽くしていた。


「……優しい家族、きれいな家、学校には仲間がいて、千絵が幼馴染なんだもんな……。恵まれてる……。理不尽なくらい……。恵まれ過ぎている……」


 突然動きを止めた大里は、


「やっぱり、お前には消えてもらわないと、なぁ。あの時のように……」


 静かに呟いた。


 あの時……。理解できない表情を見せる俺に、大里は続ける。


「お前、まだ自分だけが逆行してるとでも思ってるのか……」

 逆行……。俺は息を呑んだ。そんな事、ありえない!


「ハハッ! 本当にそう思ってたみたいだな! 馬鹿がっ!」




「俺もおんなじなんだよ! 顔が変わっただけでなぁ!」




 目の前が真っ暗になった。膝がカタカタ震える。歯の根が合わない。


 尋常じゃない寒気に襲われた俺は膝をつき、吐いた。


お読みいただき、ありがとうございます。

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