第七十三話/落陽②
幼馴染の彼女と同じ大学への進学が決まり、国宝級イケメン高校生、爽哉の人生は順風満帆だった。卒業式を迎えたその日、第二ボタンはおろか、袖のボタンからネクタイに至るまで、全て取られるモテ男ぶりを如何なく発揮する。自らが築き上げた学園ハーレムの総括とでも言わんばかりに、爽哉の周辺は華やかさに満ちていた。
しかし、そんな彼を神は祝福しなかった……
彼女のストーカーに襲撃され命を落とした爽哉は、稀代のブサメンとして高校生活をやり直す現実を強いられる。学園の抱える問題、断ち切れない因縁、消化不良な想い……。ブサメンの自らと向き合う覚悟を決めた爽哉は、果たして絆を取り戻すことができるのか――
今、試練の扉が開かれる。
【登場人物】
中間爽哉 イケメン高校生→ブサメン高校生
藤川千絵 爽哉の幼馴染
木崎優子 第三十六代生徒会長。図書委員
小澤詩織 攻守両立のコミュニケーションお化け
本八幡香奈 大手健康器具メーカーの社長令嬢
宮永遥 陸上部。インターハイ優勝候補
皆川結衣 第三十七代生徒会長
本条鈴音 第三十五代生徒会長。爽哉の姉的存在
中間涼香 爽哉の妹
内藤亮介 爽哉の親友
大里拓馬 ブサメン高校生→イケメン高校生
「きたねぇな……こんな情けねぇ奴がいいのかよ……」
大里は呆れ果てたように呟いた。
「楽勝だと思ったのによぉ……このツラなら。散々我慢させられた挙句、コレだ……」
大里の足音が近づいてくる。一歩一歩、ゆっくりと。
見上げると、目の前に大里が立っていた。全ての感情を失った瞳で、俺を見下ろしている。
「もう、ウンザリだ……壊してやるよ。千絵の中の、こいつをよぉ……」
次の瞬間、大里の振り上げた足の裏が、四つん這いの俺の頭めがけて振り下ろされた。俺は避けることもできず、アスファルトで顔面をしたたかに打った。骨なのか、歯なのか、何かが砕ける鈍い音とともに、口の中に生ぬるい血の味が溢れる。
「やめてぇーーーーーーー!」
千絵の絶叫が辺りに響き渡った。
執拗に何度も振り下ろされる足。それでも俺は微動だにできなかった。あの日の恐怖が、死の冷たさがフラッシュバックする。怖くて身を縮める事しかできない。
「楽勝だと! 思ってたから! 見逃して! やってたのに! 誹謗中傷も! お前が! けしかけたんじゃ! ねぇのか!」
暴力が加速していく。俺は見誤っていた。大里の潜在的な思い込みの強さ。そして、嗜虐性を。容姿が良くなれば行動も正しくなるなんて考えて、気にも留めていなかった。
「邪魔なんだよ! お前は! お前が! 千絵の中に! 住んでる以上! 俺が! 救われねぇんだよ! 消えろ! 消えてしまえ!」
千絵の中に……。俺が……。住んでる、だと……。
痛みを超越した衝撃が、嵐のように俺の胸を掻き乱す。その瞬間、千絵が大里の足に掴みかかった。縋るように抱きついた千絵の髪を鷲掴みにした大里は、打ち捨てるように放り投げた。千絵の小さな身体が宙を舞い、風に舞う木の葉のようにアスファルトへ転がった。
刹那、俺は大里へ殴りかかっていた。今までの恐怖が嘘のように溶け、身体が動く。血が滾り、殺意だけが己の身体を突き動かしている。俺の拳は、大里の整った顔を正確に捉えた。
よろめき、二歩、三歩と後ずさった大里が、上着のポケットへ手を突っ込む。再び姿を現した右手には、見覚えのある獲物が握られていた。
サバイバルナイフ
息を呑む。俺は竦み上がる己の足を、叱りつけるように一歩踏み出した。ナイフの切っ先を突き出して、大里は既視感のある表情で俺を眺めている。
「懐かしいだろう……。決着をつけてやるよ」
俺は黙っていた。もはや語るべきことは何もない。言葉を交わせば、俺自身が穢れる、そう考えていた。
次の瞬間、大里は動いた。しっかりと握り締めたナイフを、俺の腹めがけて大きく突き出した。辛うじて躱し、大里の右腕にしがみつくと、関節を逆方向へ捻りこむ。腕の壊れる鈍い音が辺りへ響き渡った。
「うごぉおおおおぅ!」
雄叫びを上げて、大里はナイフを取り落とす。これで終わりだ。そう思った俺は、ふと違和感を感じる。見下ろすと、大里の逆に曲がった右腕に隠れるように、俺の腹部に一本のナイフが突き刺さっていた。俺は咄嗟に大里を突き飛ばした。
「へへっ……一本だと思ったのか……」
大里は歪な笑みを浮かべている。右腕はだらりと垂れ下がり、左腕は血で濡れていた。
「さよなら、中間爽哉……。消えてくれ……」
大里は左手でサバイバルナイフを拾いなおすと、胸元目がけて突き出した。必死に躱した俺は、最後の力を振り絞って大里の左腕に組み付いた。だが、力が入らない。もはや立っているのもやっとだった。視界がぼやける。もう、だめだ……。
俺は、また……。
その瞬間、けたたましいサイレンの音とともに、赤色灯の点滅が目に飛び込んできた。どうやら、千絵が警察を呼んだらしい。ヘッドライトの眩しい光に照らし出された俺たち二人の隣に、パトカーが横づけされる。叫び声を上げながら、警官が駆け下りてくる。俺の視界が捉えたのはそこまでだった。
俺は暗く冷たい海へ飛び込むように、意識を失った。
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