第七十一話/離愁④
幼馴染の彼女と同じ大学への進学が決まり、国宝級イケメン高校生、爽哉の人生は順風満帆だった。卒業式を迎えたその日、第二ボタンはおろか、袖のボタンからネクタイに至るまで、全て取られるモテ男ぶりを如何なく発揮する。自らが築き上げた学園ハーレムの総括とでも言わんばかりに、爽哉の周辺は華やかさに満ちていた。
しかし、そんな彼を神は祝福しなかった……
彼女のストーカーに襲撃され命を落とした爽哉は、稀代のブサメンとして高校生活をやり直す現実を強いられる。学園の抱える問題、断ち切れない因縁、消化不良な想い……。ブサメンの自らと向き合う覚悟を決めた爽哉は、果たして絆を取り戻すことができるのか――
今、試練の扉が開かれる。
【登場人物】
中間爽哉 イケメン高校生→ブサメン高校生
藤川千絵 爽哉の幼馴染
木崎優子 第三十六代生徒会長。図書委員
小澤詩織 攻守両立のコミュニケーションお化け
本八幡香奈 大手健康器具メーカーの社長令嬢
宮永遥 陸上部。インターハイ優勝候補
皆川結衣 第三十七代生徒会長
本条鈴音 第三十五代生徒会長。爽哉の姉的存在
中間涼香 爽哉の妹
内藤亮介 爽哉の親友
大里拓馬 ブサメン高校生→イケメン高校生
日が暮れると、花火大会が始まった。夜空に咲く大輪の花々を、二人土手に座って並んで見上げる。身体を寄せる優子に、俺は何も言えなかった。言う資格がないと思っている。こんなにも俺のコンプレックスは根強いのか、と落ち込んでいた。
果たして、そうなのだろうか? 浴衣を着て隣に座る優子に目を落とした俺は、千絵の浴衣姿を重ねていた。頭を振って、妄想を振りほどく。改めて美しい花火を上に見て、なお俺は目の前の醜い心と闘っていた。優子に恥をかかせるな、と。
それでも手放しで楽しむ気持ちにはどうしてもなれなかった。
花火が終わり、観衆が散っていく。
「帰ろっか……」
優子の呟きに促されるように、俺たちは帰路へと就いた。優子を家へ送り届けるために、来た時とは反対方向のバスへ、俺たちは一緒に乗った。バスはすし詰め状態で、身動き一つとれない。優子の身体を支えつつ、それでも俺たちは終始無言でバスを降りた。
騒がしさに包まれるバスを一歩離れた瞬間から、痛いほどの沈黙が降り注ぐ。先を歩く優子が突然立ち止まると、一息を吐いて囁いた。
「つまらなかった?」
俺はその顔を見たかったが、優子は振り向かなかった。
「そんなことはない。少し疲れてたのかも」
俺の言葉は欺瞞に満ちた言い訳に他ならない。
「そっか……」
優子は立ち止まったままだ。優子の正面に回り込んだ俺は、その表情を見て息を呑んだ。
「ごめん。迷惑だったかな、って。突然、押しかけちゃって……」
優子は今にも泣き出しそうな瞳で、笑っている。
「違うんだ! 優子は悪くない!」
俺は優子の華奢な肩を掴んで、縋るように叫んだ。
「じゃ、どうして……」
優子の顔から笑みが消える。そこには今にも泣き出しそうな瞳しか残されていない。
「……どうして、そんなに悲しそうな目をしているの?」
見透かされている。
熱帯夜に似つかわしくない悪寒が全身を覆った。
ふと、薄紫色の浴衣が目に入った。優子は、はしゃぐ様な気持ちで袖を通しただろう。そして、本を返すなんて電話して……。スマホを持つ手は震えていたかもしれない。それでも気丈に、俺を迎えに来てくれた。それなのに、俺は逃げるのか……。
――逃げるな!
「俺は……」
言葉を選ぶために、口籠る。
俺はなおも自分を罵った。狡猾な美辞麗句なんて、もういらない。今、必要なのは本心だ。心の底からの素直な気持ちだ。そうじゃないと、優子には届かない。届くはずがない。
「優子! 好きだ、本当に好きなんだ! ずっとずっと、お前が好きだったんだ!」
優子の瞳が見開かれる。限界まで達したかと思われた瞬間、一筋の光が頬を伝った。崩れ落ちそうな優子を支えて、抱きしめる。
俺の中で何かが溶けていくようだった。
本当は気づいていた。俺はどうしたって千絵の事が忘れられないのだ、と……。
人を愛する気持ちは消えない。特に、藤川千絵とは短い生涯の殆どを共有していて、俺の半身も同然だった。俺の人生そのものだった。容姿が変わっても、魂に刻みこまれた想いになんらの変りもなかった。亡霊のように常に俺につきまとっていた身を焦がす想い。それが今、尽き果てる寸前の蠟燭の炎の如く明滅している。やっと……。
やっと、俺は心の底からの悔恨の情を伴って、千絵を愛する気持ちに決別を告げた。
しばらく抱き合っていた。それでも優子の呼吸が治まる様子はない。
「大丈夫か?」
心配になってきた俺は、黙って腕に抱かれたままの優子を覗き見た。
「うれ、しい……。う、れ、しいの……」
嗚咽と、引き千切れるような声が響く。何度拭っても溢れ出す涙。顔を歪ませながらも、優子は笑っていた。その姿は今まで見てきた全ての中で、なによりも美しいと思った。
お互いの気持ちを確かめ合った俺たちに、言葉は必要ない。さっきまで痛々しいと感じていた沈黙が、今では心地いい。俺は優子の手を握ると、歩き出した。温かい気持ちに包まれたまま並んで歩く帰り道は、あっけなく終わりを告げる。見知った屋根が見えてくると優子は、また明日、とだけ呟いた。俺は、おぉ、と短く答えた。
振り返って小さく手を振る優子が玄関をくぐるのを見届けて、俺は踵を返した。
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