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第七十話/離愁③

 幼馴染の彼女と同じ大学への進学が決まり、国宝級イケメン高校生、爽哉の人生は順風満帆だった。卒業式を迎えたその日、第二ボタンはおろか、袖のボタンからネクタイに至るまで、全て取られるモテ男ぶりを如何なく発揮する。自らが築き上げた学園ハーレムの総括とでも言わんばかりに、爽哉の周辺は華やかさに満ちていた。

 しかし、そんな彼を神は祝福しなかった……


 彼女のストーカーに襲撃され命を落とした爽哉は、稀代のブサメンとして高校生活をやり直す現実を強いられる。学園の抱える問題、断ち切れない因縁、消化不良な想い……。ブサメンの自らと向き合う覚悟を決めた爽哉は、果たして絆を取り戻すことができるのか――

 今、試練の扉が開かれる。


【登場人物】

中間爽哉なかまそうや  イケメン高校生→ブサメン高校生

藤川千絵ふじかわちえ  爽哉の幼馴染

木崎優子きざきゆうこ  第三十六代生徒会長。図書委員

小澤詩織おざわしおり  攻守両立のコミュニケーションお化け

本八幡香奈もとやわたかな 大手健康器具メーカーの社長令嬢

宮永遥みやながはるか   陸上部。インターハイ優勝候補

皆川結衣みながわゆい  第三十七代生徒会長

本条鈴音ほんじょうすずね  第三十五代生徒会長。爽哉の姉的存在

中間涼香なかまりょうか  爽哉の妹

内藤亮介ないとうりょうすけ  爽哉の親友

大里拓馬おおさとたくま  ブサメン高校生→イケメン高校生


「妹が、申し訳ないね……」

 部屋に入るなり、俺は愚妹の行動を詫びた。


「相変わらずジョークのセンスがある妹さんね」

 優子の斜め上な評価に、俺は笑いを噛み殺す。


「で?」

 優子は責めるような目で俺に問いかける。


「で? とは?」

 俺の口からは間抜けな声が出た。


「で、どうでしょうか?」

 どういう事だ? 優子は浴衣の袖を張り、左右にゆっくりと揺れて見せた。あぁ……。


「とてもよく似合ってるよ。どこのお嬢様が道に迷っているのかと思ったよ」


「ありがとう……」

 優子は目を伏せて、はにかんだ。上気してリンゴのように紅い頬が愛らしい。


「喉が渇いたろう。何か取ってくるよ」

 ドアを開くと、忍者のように聞き耳を立てる涼香がそこで固まっていた。


「いやー、喉が渇いたでしょう。お飲み物をどうぞ!」

 涼香は何事もなかったかのように俺の隣を通り過ぎると、冷静な素振りで盆を持って部屋へ入ってきた。茶托にグラスを置いてペットボトルから茶を注ぎ、菓子器とともに優子に差し出して部屋を後にする。


「ごゆっくりー」


 にこやかに手を振る涼香を睨みつけると、勢いよくドアを閉めた。出歯亀めっ!


「んんっ! そういえば、本を返しに来てくれたんだったな!」

 俺は咳払いを一つすると、言い訳するようにわざと大きな声で言った。ドアの向こうの涼香にも聞こえるだろう。しかし、優子から返ってきた答えは理解不能なものだった。


「忘れちゃった……」

 え? それなら、なにしに来たんだ……。俺の頭は一瞬、真っ白になった。


「かさばるし」

 確かに、優子の携える小さな巾着にハードカバーが入る隙はないだろう。


「重いし」

 そうだな。ハードカバーは携帯性に優れていない。持って歩くには、不向きだ。


 とんち……かな?


 来訪目的を根底から覆す優子の発言の行間を少し汲み取ってみよう。夏、盆、浴衣……、さすがに朴念仁の俺にもわかってきたぞ。こういう雰囲気と暫く無縁だったから、腕が鈍ったのかもしれない。それに、忙しすぎて忘れていた。今日は……。


「そういえば、今日は夏祭りだったな」

 俺は白々しいほどに台詞セリフがかった声を上げた。


「一緒に行くか?」

 優子の瞳が輝きを放つ。その笑顔を見た時、俺は久しぶりに思った。


 あぁ、敵わない。何度生まれ変わっても、俺は木崎優子には一生、敵いっこない。




 日が落ちる前に、俺たちは家を出た。涼香の冷やかす声を遠くに聞いて、市役所の臨時バス乗り場へと向かう。

 一昨年を思い起こすように俺はバスの中を見回した。しかし、千絵の姿は見当たらなかった。寂しいような、ほっとしたような、ソワソワとした気持ちが胸を焦がす。隣には優子がいる。去年からは考えられない進歩だった。いや、イケメンだった俺でも優子と夏祭りへ行くことを想像できただろうか。そう考えると、運命の影は鳴りを潜め、かけがえのない偶然という一本の細い糸の上に立っている自分が思い起こされた。決して救われない、憐れな男が細い糸の上に佇んでいる。

 全力後ろ向きな悪魔に足首を掴まれたまま、バスは夏祭りの会場へ到着した。


 俺は上の空だった。全てが夢なんじゃないか。俺の家にやってきた優子を見た時から、白昼夢に囚われているような感覚にさいなまれていた。久しぶりに訪れた幸福を、俺は疑心暗鬼というレンズを通してしか見られなくなっている。


「何か考え事?」

 優子は不安そうに尋ねた。


「いや……。ここの所、忙しかったからかな。休むって感覚を忘れちゃったらしい」

 本心だった。あと、みじめな劣等感が少々。


「わかる! 私もそう。いつでも受験と生徒会の事で頭がいっぱい」

 優子は微笑みながら、首を何度も縦に振った。


 楽しまなくっちゃ。自分のためにも。優子のためにも。俺は敢えて陽気に振る舞った。射的に輪投げにくじ引きと続けて、亮介よろしく華麗なピロピロ笛を披露した。

 ふと、金魚すくいを見た優子が、私は金魚すくい苦手なんだ、とカミングアウトした。かわいそうな気がして、なんてささやかな呟きに俺も首肯した。


お読みいただき、ありがとうございます。

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