第六十八話/離愁①
幼馴染の彼女と同じ大学への進学が決まり、国宝級イケメン高校生、爽哉の人生は順風満帆だった。卒業式を迎えたその日、第二ボタンはおろか、袖のボタンからネクタイに至るまで、全て取られるモテ男ぶりを如何なく発揮する。自らが築き上げた学園ハーレムの総括とでも言わんばかりに、爽哉の周辺は華やかさに満ちていた。
しかし、そんな彼を神は祝福しなかった……
彼女のストーカーに襲撃され命を落とした爽哉は、稀代のブサメンとして高校生活をやり直す現実を強いられる。学園の抱える問題、断ち切れない因縁、消化不良な想い……。ブサメンの自らと向き合う覚悟を決めた爽哉は、果たして絆を取り戻すことができるのか――
今、試練の扉が開かれる。
【登場人物】
中間爽哉 イケメン高校生→ブサメン高校生
藤川千絵 爽哉の幼馴染
木崎優子 第三十六代生徒会長。図書委員
小澤詩織 攻守両立のコミュニケーションお化け
本八幡香奈 大手健康器具メーカーの社長令嬢
宮永遥 陸上部。インターハイ優勝候補
皆川結衣 第三十七代生徒会長
本条鈴音 第三十五代生徒会長。爽哉の姉的存在
中間涼香 爽哉の妹
内藤亮介 爽哉の親友
大里拓馬 ブサメン高校生→イケメン高校生
記憶をなぞるように、加賀谷正平は七月二十七日の未明に逮捕された。
車で北海道まで逃げていたものの、張り込んでいた捜査員に身柄を確保された。夏の北海道、行きてぇな。今の俺にはそれ位の感想しかない。
あれ以来、香奈から定期的に連絡が来るようになった。会社の状況を逐一知らせてくれている。サポーターの追加製造が順調とか、融資の一部が決まったとか、とにかく健太さんの会社は持ち直したらしい。今年の文化祭への協力も約束してくれているという。過剰在庫だったサポーターセットは一躍、主力商品へのし上がっていた。
夏休みを迎えた俺はというと、相変わらずだった。早朝のランニングで遥と参拝を済ませ、筋トレを終えるとシャワーを浴びる。午前中は図書館か生徒会室に顔を出し、優子と過ごした。
そんな俺も受験生である。午後からは、予備校へ通って大学受験対策に勤しんだ。なにせ生徒会に入ってからというもの業務に忙殺されて、学業は疎かになっている。学年順位は二桁へ落ち込んでいた。そんな中、志望校は未だに決まっていない。それは、卒業後の未来が俺に残されているのかどうか、未知だったからだ……。
この頃の俺は完全に呆けていた。燃え尽きたと言ってもいい。三年手帳を繰っても、事件らしい事件はこれ以上、何も記されていない。今年の文化祭も安泰だという。あとは大学受験に備えて、進路をはっきりとさせるだけなのだ。
しかし、やる気が出ない。これまでが波乱万丈すぎて、完全に気後れしていた。もはや、魂の天秤についても関心を失いつつあった。俺はやれるだけの事をやった。これ以上、心を揺さぶられるような出来事なんて起きないに違いない。
そんな時は決まって優子の顔が脳裏を掠める。俺は優子をどうしたいのだろう。たとえ両思いだったとしても、今の俺にどうこうする資格があるだろうか。こんな醜男に。ただ自分の魂を輝かせるために、重くするためだけに、優子の心をもてあそんではいけない。結局は無為な思考の堂々巡りを繰り返した挙句、元の考えに帰結するのがオチだった。
お盆へ入り、予備校が休みになった。英気を養い、お盆明けから更に頑張ろうという趣旨らしい。実際、お盆を抜けると、大学受験までノンストップのスケジュールである。予定表を覗き見るのも怖いくらいの過密っぷりだった。
そんな束の間の休息を満喫していた午後、図書館の休館も相まっていつもより激しい筋トレに励む俺のスマホが着信を告げた。
「こんにちは。どう、お休みは?」
優子からだった。
予備校がある日も合間を縫って、逢瀬を重ねていた。とはいっても、生徒会の手伝いで雑務をこなすか受験勉強をするかという、健全なものだったが……。毎日のように顔を突き合わせていたため、二日ぶりのその声をやけに懐かしく聞いた。
「どうした? 寂しくなったのか?」
「……」
茶化すつもりで放った俺のセリフに、優子は何も言わない。
「え、えっと、本当は、ななな、何?」
肩を透かされて、俺はどもった。
「……借りてた本、返そうかと思って……」
消え入りそうな声で、優子は呟いた。
「えっ⁉ あぁ、そんなの盆明けでいいのに」
「でも! 私、返し忘れちゃいそうだし! 実際、返そう返そうと思って、ずっと持って行くの忘れてたし! 思い立った今こそ! 返す時だと……思うし……」
優子らしくない、落ち着きのない様子で捲し立てる。
「じゃ、取りに行くよ。優子の家なら、わかるし」
「駄目! じゃなくって……、本来、借りた方が返しに行くのが礼儀でしょ! 私が、返しに伺います」
何を企んでいるのかわからないが、こうまで言うのだ。素直に従うべきだろう。
「わかった、わかった。俺の家の場所、わかるか?」
「大体」
「じゃ、近くまで来たら連絡してくれ」
「えぇ。三十分くらいで着くと思うから」
通話は切れた。
優子がウチに来る?
突然の出来事に嬉しさよりも、焦りが先行する。部屋を見回した俺は、一心不乱で筋トレ用具を片付け、普段は縁遠い掃除に取り掛かった。
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